第27話 現れた賢者

 アンサスの村は晴天に恵まれていた。

 窓の外では鳥がオジーチャンの鼻先で鳴き、羽を食われそうになったりしている。


「イツキ、バター落ちてる」

「んぁ」


 トーストの上から、テーブルにバターがぼとりと落ちていた。

 俺は塊を指先で摘まみ上げ、皿の端に置いてから立ち上がり、「フキンある?」と聞く。


「最近ぼーっとしすぎだよ。はい」


 ラウラが少しだけ温かいふきんを寄越す。俺はそれでテーブルを拭いた。木目にバターがほんのりしみ込んで、跡が残っている。


「働きすぎなんじゃない?」

「そうかもしれないけど……早く直さないと、みんなの生活もあるし」

「家が壊れてる間はさ、みんな宿に泊まってくれるから。私としては、あんまり急いで直さなくてもいいんだよね」


 いやいや。ラウラに『がめつい』面があるのは知っていたけど。

 でもそれはさすがに邪道っていうか、ちょっとダメなんじゃないの?


「……冗談に決まってんじゃん」

「ホント?」

「ホントダヨー」


 ラウラと目線が合わない。まあ、田舎の宿屋なんていったら、そりゃ儲からないだろうからな。半分くらいは本音なのだろう。でも……。


「昨日で、とりあえず全員の家は直せたから、もう明日にはみんな出ていくぞ」

「えッ」

「……アルトラウラさん?」

「……」


 でも、俺は知っていた。

 ラウラが、村人に無償で食事を提供していること。その村人たちが、美味い美味いと飯を食うのを笑顔で見守っていること。

 だから単純に、みんなが帰るのが寂しいのかな。だとしたら可愛いとこあるよな。


「イツキ、なんか変なこと考えてるでしょ」

「さあね」

「はぁ……罰として晩ご飯の食材調達を命じます」

「……俺、まだ壁とか直さなきゃいけないんだけど。石畳も穴だらけだし」

「終わったらでいいから。よろしくね」


 彼女はお盆を抱きかかえて、俺に背を向けて歩き出した。


 ラウラに伝えた通り、家の修繕はほとんど終わっていた。

 とはいっても、とりあえず雨風がしのげる家に戻したって状態だが、それで今は大目に見てもらおう。

 細かい装飾を直すのは、申し訳ないが後だ。


 村の外壁は、泥がこぼれてしまったので石で置き換えている。機能は損なわれたが、見た目は元通りだ。

 ただ鉄扉はひしゃげたものを取り外しただけなので、再設置が必要である。


 あとは石畳だ。破城槌でボコボコに傷付けられた地面は、総入れ替えになる。

 とは言え、これは自動建築で何とかなりそうな気がする。


 最後の問題は、ロマン兵器を解体したあとの噴水だろう。

 あれは、俺とヒョウドウがそれなりに時間をかけて作り上げた、村の数少ないランドマークである。できる限り元に戻してやりたい。


「あと何日かかるかな」


 そして、修繕が終わったらどうしようか。

 もう少し……ここにいてもいいのかな。だとしたら、俺のやることって、一体なんなんだろう。

 

 俺はパンにかじりつく。バターの塩味がほとんどない、ただの焼いたパンだ。味気ないのは……ぼーっとしていた俺が悪い。




 ◇◇◇




 インベントリを確認して、鹿の脚亭を出る。

 今日の目標は、鉄扉を再建することだ。それを終えたら、午後からは石畳に着手しつつ、噴水にも手を入れる。

 とりあえず「形だけでも」普通の噴水に戻しておこうと思う。いつまでも水を止めっぱなしにしておくと、ボウフラとか湧きそうだし。


 村の入り口まで歩いていくと、門の外側に気配があった。

 人と……馬のいななきだろうか?


 俺は息を殺し、そっとひしゃげた鉄門に近付いていく。


「ここじゃな!」


 馬から飛び降りた、軽い足音が聞こえる。

 また騎士団が来たのか? それとも、まさか……。


「ん……そこのお主」


 声がどこかから聞こえた。

 だが、視線の先には誰もいない。


「お主!」


 声は……下から?


「お主! ココじゃ!」

「え、小っさ……」


 大の大人を想像していた俺は、そのあまりの背丈の低さに拍子抜けして、思わずそう漏らしてしていた。


「ちょいと聞きたいことがある」

「……子どもがこんなところに居たら危ないぞ」

「誰が子どもじゃ! いいからワシの話を聞け!」


 耳の先がとがっている。ハーフエルフのラウラより長い……という事は、エルフ族だろうか。

 だとしたら、俺より年上の可能性はあるな。


「ワシはな、『賢者の丘』の長じゃ。話があって、ここに馳せ参じた」

「『賢者の丘』……?」

「……なんじゃお主、知らんのか。賢者の丘はのう、ここからずーっと、ずーっと、ずうぅぅぅッと遠くにある、魔法に満ちた大国じゃ!」

「えっと、お兄さんは仕事が忙しいので……他を当たって頂ける?」

「マジなんじゃって!」


 はぁ、と女の子がため息をついて、首を横に振る。


「よいか? 賢者の丘の長として重要な話がある。この村の代表者を呼んで欲しい」

「……代表者……?」


 そういえば、この村の代表って誰なんだろう。村長なんて聞いたこともないし、もしかしてラウラなのだろうか。

 いや、ラウラはあくまで宿屋の主人のはず……。


「なんじゃ、おらんのか?」

「うーん、俺には分からないな」

「ならば、それでもよい。ワシとしては『犯人』の身柄だけ寄こしてくれれば」


 はん、にん……?

 突然の不穏な言葉に、俺は眉をひそめる。


「ワシは事件の犯人を引き取りに来たんじゃ。聞いておらんか?」

「……ちょっと知らないです」

「数日前の事じゃ。この村から、バカでかい建築物がワシらの街に飛んできた」

「建築物……?」

「とぼけるでない。ルグトニアからの報だぞ。この村が巨大な鉄の塊を吹き飛ばしたと」


 え……もしかして、あの攻城兵器?

 俺の顔から、血の気が引いていくのを感じる。


「それだけならまだしも! よりにもよってそれを『賢者の塔』にブチ当ておったんじゃ!」

「と、と仰いますと……」

「『賢者の丘』最大の研究施設、国の象徴ッ! というか、ワシの居城じゃ! 犯人め、よっくもやってくれおって!」


 そのこめかみには青筋が立っている。


「……あうぅ」

「なんじゃ、何を涙目になっておる」

「あの……お、俺……」

「ほう。お主、ワシと共に悲しんでくれるのか。そうじゃ、外道の行いであろ? 賢者の塔は真っ二つ。ワシの生活はお手上げじゃ」

「うぐぅ」

「分かったな。だからワシは犯人を探し出す事にした。ほら出すのじゃ! 犯人を!」

「あの……ぼくが……」

「なぜ小声になる! はっきり喋らんか!」

「ぼくがやりました……」

「っ!? なんと!?」

「ぼくがですね……敵が来たので、村を改造して……最終的にはこう……」


 ああ、自分でも聞いていられない。手で顔を覆う。

 力が抜け、膝から座り込んだ。


「だから、犯人はぼくだと思いますぅ……」

「……おっ」


 声が途切れる。何かを掴んだ音がした。


「お主が! あの鉄クズを吹き飛ばした張本人かっ!」

「こ、ごめんなさい、なんでもッ――」


 バシィンッ!!


「っぐふぉぉおおッ!?」


 股間に、強烈な痛みを感じた。

 たまらず、その場でうずくまる。


「このバカもんがっ!」

「んぐぅ……! な、なにを……」

「大賢者プラムとは! このワシのこと! 股間で覚えておくがよいッ!!」


 バシッ! バシッ! バシィンッ!!


「プラ……ム……」


 両手で必死に股間を抑えながら、名前を呟く。聞き覚えのある名前だ。

 どこかで……。頭の中で、必死に記憶を辿る。

 そうだ、プラム!


「プラムって、『あの』変態賢者、プラム!?」

「だっ、誰が変態だっつうんじゃ!!」


 バシィンッ!!


「おふッ!?」


 杖が、手の隙間を潜り抜けて再び俺の股間に直撃する。

 こいつが俺の知っている『プラム』……プレイヤーの、あのプラムなのか!?

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