第26話 王と貴族と

 ステンドグラスの外では、雨が降っていた。

 大きな背もたれに体を預けたルグトニア聖王は、いまはこの部屋にいない。

 十数人の貴族、聖王の臣下にあたる各地方の領主たちが顔を突き合わせ、聖王の着座を待っていた。


「新しい『残滓』のレプリカが出来ましてね」


 ロマンスグレーの長髪を後ろで一つに束ね、エルフの男が襟の糸くずを払いのけながら言った。


「うちの陶工と鍛冶工を集めて、三か月で作らせたのです。切れ味が全く落ちない、新しい合金の剣を」

「はっ、合金。ベリス殿の発言は戯れが過ぎる」


 ベリスと呼ばれた男はピクリと眉根を動かして、隣席の男を睨みつけた。


「……何ですって?」

「冶金術を捏ね繰り回した程度で、神の御業たる『残滓』の複製を名乗るとは」


 ベリスに睨み返した短身の男は、黒い髭が顔中を覆っている。これは、この世界で知られるドワーフ族の特徴そのものだ。


「ま、確かに『小人族』なんぞに作らせていては、寿命の尽きる前に完成させることは難しいでしょうがね。我々の技術は神秘に到達しています。依頼すれば、たいていのことはやってくれますよ」

「ハハハ、神秘ときた。一体どんな頼み方をしたのか、見てみたいものですな」


 イワノフと呼ばれたドワーフはわざと自分の体を抱くように両腕で肩をさすると、「おお、怖」とつぶやく。


「イワノフ卿。貴殿は『残滓』も、そのレプリカすらも所有していない。焦る気持ちもわかりますが、嫉妬は醜いですよ」

「それはどうかな」


 二人がにらみ合いになった所で、もう一人――小太りの男――が話に入ってきた。


「いや、ベリス卿。イワノフ卿は最近、炎が無限に出る魔法具を鹵獲したと聞きましたぞ」

「流石はオタラ侯爵! お耳が早い。どこかの誰かと違って」


 イワノフは得意げになり、ベリスを鼻で笑う。


「今はその魔法具――炎舞<エンブ>を、調査・研究させているところでね。来月にも機構が明らかになり、レプリカも作れることでしょう」

「貴方のそれも冶金術ではないですか」

「生半可な金属であれば容易く熔かせる火力が出ますのでな。どこかの『合金』程度なら、耐えて数秒といったところ」

「……生半可な金属か、お試しになりますか?」

「二人とも、おやめなさい」


 オタラが声を低くしていなす。


「ベリス子爵。貴殿の領地では、これまでも神の残滓がいくつも見つかっている。貴殿が作らせたという『玉鋼』の剣の事も、よく聞き及んでいますよ」

「恐れ入ります、オタラ侯爵」

「あなたが誇りに思うのは分かります。しかし」


 オタラがあたりを見回す。

 その視線をベリスも追いかけた。

 会議室にいるほとんどすべての貴族の視線が、ベリスに注がれている。


「ここには自領で神器の数に恵まれない方も、多くいらっしゃいます。……侯爵たる私を含めてね」

「オタラ卿、そのような意図があったわけでは」

「もちろん。分かっていますとも」


 彼は微笑みを浮かべている。だが、瞳は笑っていない。

 ベリスのこめかみを、汗が流れ落ちていく。


「よいですか。子爵のあなたが聖王の御許に呼ばれているのは、ひとえに神の残滓のおかげです」

「……もちろん、心得ております」

「そうですか、それなら良かった」


 オタラは深く息を吐く。


「この会議で見たのが貴方の最後の姿……なんて事になってしまっては、寂しいですからね」


 沈黙が、場を支配する。

 ベリスは何も言えず、奥歯をぐっと噛み締めた。

 オタラはそれを見て満足したのか、イワノフに再び声をかける。


「先ほどの、コブレンツ副騎士団長の伝令は本当ですか?」

「信じられない事ですが、あの男の言うことです。間違いはないでしょうな」

「素晴らしい。神の残滓を見つけたとなれば、それは大手柄」


 オタラは大仰に腕を広げる。そして、すぐに下した。


「……まあ、アンサスは聖王の直轄領ですから、我々に手出しは出来ませんが」


 つぶやくような言葉に、イワノフは「そうですね」と相槌を打つしかできなかった。


 コブレンツの伝令内容はこうだ。


 1つ、辺境の村アンサスに、神の残滓と思しき攻城兵器を所有する賊の襲撃があった。

 2つ、村に眠っていた『神の残滓』と村民の協力によって、賊を撃退した。

 3つ、戦闘で村側の神の残滓は焼失し、賊の所有していた神の残滓は消息不明である。


 オタラが、ちらりとベリスを見た。

 アンサスなどという辺境の村で2つも見つかって、なぜ私の元では見つからないのだろう。

 この男の領地を攻め滅ぼし、残滓を奪い取ってやろうか。

 ……しかし、大義名分をどうするか。


 ゴゴウ、と大きな音が響く。


「聖王猊下ご到着!」


 お付きの兵隊の号令に合わせるように、貴族たちはザッと一気に立ち上がる。

 白髪交じりのあご髭を撫で付け、ルグトニア聖王がゆっくりと椅子に向かって歩いていく。皆、顔を伏せたまま、目線でその姿を追っている。

 そして、椅子に腰を下ろして、テーブルに肘を突いた。


「座れ」


 その低くしわがれた号令に合わせ、貴族たちは一斉に着座する。


「……諸君らの懸案は、よく分かっておる。相も変わらず、神の残滓のことであろう」


 案ずるな、と聖王は笑った。


「すでに対策は講じた。アンサスの村に隠されていたものについては、公式に破壊されたものと見做す。もう一つは……」


 全員が、その続きの言葉を聞こうと息を呑む。


「諸君らの知るところではない」

「……聖王猊下、恐れながら」


 オタラが顔を向けた。


「行方不明になった神の残滓は、攻城兵器と伺いました。そんなものが野に放棄されているとあれば領民に不安が広がります」

「そうか。では、その憂いを拭ってやるがよい。それができる爵号は与えておる」

「し、しかし、兵器などを放置しては悪用の危険が……。つきましては、ぜひわたくしに鹵獲の命をと!」

「侯爵……オタラ侯爵」


 聖王は、ふぅ、と深くため息をついた。


「件の攻城兵器は、既に我が国の主権地を離れた。もし次に相見えるとすれば、その国との戦が始まった時だけだ」

「戦……戦争ですか!?」

「早合点するな。その国と戦など、あり得ぬこと」

「それはいったい……」

「『賢者の丘』だ。分かったら下がっておれ」


 聖王の瞳の色が変わる。オタラもこれ以上は食い下がることが出来ず、「失礼いたしました」と頭を下げた。


 ステンドグラスの外では、まだ雨が降っている。

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