第23話 これが『神話』級

「そこで、君がどんな力を持っているのか知りたくなったのです。神話級の、その力の秘密をね」

「なるほど……それで?」

「少しばかり観察させて頂きました。そして……時が経つほどに、あなたの建築速度は上がっていた」

「……盗み見はやめてくれよ! いやらしいな!」

「申し訳ありません。ですが、我々はそれを見て思ったのです。今ならまだ……貴方を捕らえる事が出来るのではないかとね」


 ザイフェルト、こいつ……観察して、俺がこの世界――能力に慣れていない事を察したのか。

 そして慣れてしまう前に、一手を取ろうとしたわけだ。


 オジイチャンさえ来なかったら、確かにその作戦は成功していただろう。


「それじゃあ、俺を殺す気はないんだ?」

「いやいや、そうとも限りません」


 ザイフェルトの口角が、ぐいっと上がる。


「死んだあなたを解剖すれば、その秘密が分かるかも」

「冗談」

「ハハハ、もちろん嘘ですよ。ただ君が、村の人を守りたいという気持ちは嘘ではないでしょう? 分かったら、今すぐ出て来て下さい」


 なんだよ、もうちょっとこっちの話に乗って来いよ……。


「君が拒否すれば、破城槌が村を破壊します」

「それはヤだけど……奴隷もヤだなぁ……」

「では……。破城槌を反転させろ! 攻撃準備!」

「ストップ、ストップ! な、交渉しよ、交渉!」

「君という人は……」


 ザイフェルトは呆れたようにつぶやいた。


「交渉というのは、条件があってこそ成り立つのですよ?」

「えーと、じゃあ、そこの自動で建築ができる機械をあげる!」


 壁を作り終わって放置されていた自動建築機を、指さして言う。


「あれのおかげなんだよ、俺の力は! 拾ったんだアレ。あげるから勘弁して」

「ほほう、それはいい条件ですね」

「俺もさ、やっとこの村で楽しく生活できるようになってきた所なんだよ。だからさ」

「……イツキ君、何のつもりか分かりませんが、時間稼ぎはやめなさい」

「いやいや、単に俺のお願い、聞いてもらえないかなって……」


 素早くインベントリを開いて、あの『布団』を確認する。

 大丈夫、いつでも出せる。


「だから頼むよ、この通り!」


 頭を下げながら、インベントリから取り出す。

 そして、一直線にザイフェルトに向かって投げ――。


 ――るふりをした。

 ザイフェルトは、投げる動きをした瞬間に後ろに引いている。


「はあ。なぜフェイントをしたのか分かりませんが、無駄ですよ、イツキ君」


 もしそのまま投げつけていたら、やはり避けられていただろう。


「知っている技に引っかかる私ではありません。ましてや、そんな速度では」

「はー……そうだろうと思った。アンタ強そうだもん」


 俺は苦笑いして、布団をその場に敷いた。


「もう、俺は寝ることにするよ」

「イツキ君、そろそろ怒りますよ」

「……ああ、そう」


 俺は噴水に手をついて石の端を押した。カチリと音がする。

 それを確認してから、ゆっくり布団の上に腰を下ろす。


「いい交渉条件だと思ったんだけどなぁ」

「交渉決裂……ということでよろしいですか?」

「ああ、決裂決裂。もういいだろ? この話はおしまい」


 流石にイラ付いたのか、一瞬ザイフェルトは言葉に詰まった。

 俺は布団の中で横になり、頭を右手で支える。

 いわゆる、休日のオヤジのごろ寝スタイルだ。


「……では……破城槌を用意しろ! 村を破壊する!」


 破壊する?


「出来るもんならな」


 瞬間、ゴゴゴ、と鈍く大きな地鳴りが響く。

 破城槌の振動とは違う、まるで地獄から響くような音。


「なっ、なんだ、……この音は!」


 布団に寝そべったままの俺の後ろ――噴水があった場所が、二つに裂ける。

 水が地下に吸い込まれ、代わりに、地面から巨大な兵器が姿を現した。

 ゆっくりと、その全貌が露になる。


 全長10メートルはあろうかという、巨大な砲塔。


「な? 交渉しておいたほうが良かっただろ?」

「どうして……こんな巨大な兵器が……突然……!」

「さあね」


 否が応にも笑みがこぼれる。


「今の間に、こんなものを作ったというのですか!」

「んなワケないじゃん。いくら早いって言ってもさ。お前も見てただろ、俺の建築速度」

「では、なぜっ……!?」

「この村を最初に作ったヤツの趣味じゃないかな。いわゆる、プレイヤー……神様の」


 そう、これは俺とヒョウドウの趣味。あいつが死んだことで諦めた、ロマン。

 遥か昔の冗談を、奴は実現させていた。


「こんな『隠し要素』が好きなんて、イカした神様もいるもんだ」

「信じられん……!」


 カリカリカリカリ、と砲筒が回転する。

 天を向いていた銃身が、俺の背中に照準を合わせた。

 その先には、ザイフェルトと、ノーヴァの破城槌。


「待て! 今それを撃てば、君も無事では済むまい!」


 俺はリラックスしまくった姿勢のまま、口を開く。


「大丈夫。コレ、『ノックバック判定を起こさせる兵器』らしいんだよね」

「ノックバ……? 何?」


 ノックバック≪吹き飛ばし≫判定。

 つまり『空気砲』みたいなものだ。当たった敵を遠くに吹き飛ばす大砲。

 これだけで命を落とすことはない、非殺傷兵器。


「簡単に言うと、人間とか物をノーダメージでドーンと吹き飛ばす装置だよ」

「吹き飛ばす……自分ごとか!」

「いや……」


 俺のニヤニヤが止まらない。左手で布団を指差す。

 ザイフェルトの顔から血の気が引いていく。


「俺が寝てるコレ。見てたなら知ってると思うけど、強制的に動けなくなるっていう代物なんだ」


 そう、布団はノックバック判定を無視できる。つまり、俺は『動けない』。


「さっき投げようとした布団、実は避けない方が正解だったってワケ」

「……イツキ君、交渉しようじゃないか」

 ジリジリと後ずさりするザイフェルト。

 だが、人間の足でこのロマン砲の範囲と射程から逃れるのは不可能だ。


「我に刃を向けたこと、地平の果てで後悔するがいい……ザイフェルト……いや、咎人よ!」

「ぜっ、全員撤退しろ! 退避だあッ!!」


 やってやれ、イツキ。――そんな声が聞こえた気がした。


「無限反動砲<アンリミテッド・ノックバック> ―華の守護者(ジャッジ・オブ・アンサス)―」


 俺の背中を貫いて、透明な爆発が起こる。あたりの石畳が裏返り、円形に吹き飛んでいく。

 球状の歪みが石壁を全て破壊し、ザイフェルトたちと破城槌を巻き込んだ。


『何だこれはっ……!』

『ぐわあっ……!』

『うわぁぁぁ……!』


 吹き飛ばされていくザイフェルトと兵士、それに破城槌。その風切音が、どんどん小さくなっていく。

 設計図通りなら、奴らは文字通り、地平線の果てまで吹き飛ぶ。

 ノックバック判定はゆっくりと消え、最後には着地できるようになっている。命までは取らない……はずだ。多分。


「決まった……!」


 脳内にヤバい汁が出てるのが分かる。

 直後、背後でガチャガチャと構造物が崩れていく音が聞こえた。


 ヒョウドウとかつて話していたことが、瞬時に脳裏に蘇る。


『秘密兵器は一回限り! いざという時に使うのさ』


 お前と俺で完成させた……秘密兵器を!

 使ったぞ、ヒョウドウ!


 ……二度は使えない、お前の形見を……!

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