第22話 老鹿の助け
「ブルルルゥゥ……」
オジーチャンが、低い声で口を鳴らす。
まだ興奮しているのか、ゆっくり俺に近寄ってくると、ドンドン、と2回胸に頭突きをした。
それから、首をくいっと反対に振る。
「……もしかして、乗れって言ってんのか?」
「ブモッ!」
鼻息荒く、首を縦に振る。
なんだコイツ、ヒトの言葉を理解してる……? いや、待てよ。これが獣人の特殊能力ってやつか!?
いや、考えている暇はない!
俺は、オジーチャンの背中に飛び乗る。すると、彼は俺を気遣う素振りも見せず、一目散に駆け出した。
「ちょっ、はやっ、早いってぇぇっ!!」
ペンダントを持ったまま首に腕を回して、なんとか振り落とされないようにする。が、それでも体はほとんど宙に浮いていた。
「落ちる落ちる、ゆっくりっ、ゆっくり走って!」
やっぱり言葉なんて通じてないじゃないか!
土埃の中を駆け抜け、広場にたどり着く。
そこで、オジーチャンは急停止した。慣性に任せて俺の体が吹き飛ばされる。
着水。目の前が一瞬薄暗くなって、すぐに全身を冷たさが襲ってきた。
ざばぁっ、と勢いよく立ち上がる。
オジーチャンは俺を嘲笑するように口角を上げると、今度はゆっくり俺に尻を向けて宿屋のほうへと走っていった。
「ッおぉぉい!!」
オジーチャンは俺の声に反応しない。
姿が見えなくなって、俺は肩を落とした。
「なんでこんな所に連れてきたんだよっ!」
広場。水。
ここは……噴水の中だ。
振り返ると、そこには日に照らされて輝く、水を吹き出すオブジェがあった。
そこにペンダントが引っかかっている。拾うと、マナクリスタルがほんのり赤く光っていた。
「もしかして……」
マナクリスタルが光るのは、近くに魔法装置『マナソケット』があるときだ。
通常、マナクリスタルはマナソケットにはめ込んで使う。ただ見た目が地味なので、見失わないように双方を近づけるとマナクリスタルが光る性質があった。
ということは、この近くに……。
遠くから、おぉぉッ、と威勢のいい声が響いた。
マズい。あいつらが追ってくる……!
俺はインベントリを開くと、わずかに残っていた石材をかき集めた。
自動建築機を設置して石を入れ、村の外壁の10分の1の大きさ、厚さを4分の1に設定する。
これで、噴水の周りに高速で外壁を建てる!
なんとか、時間を稼がないと……!
◇◇◇
冷たい水に全身を浸しているせいで、手の感覚がない。
寒さで、奥歯も震えている。
マナクリスタルはソケットに近づければ光が強くなるはずだ。手を動かし続け、どこにあるかを探る。
その間にも、足音と声は大きくなっている。
「クソっ、なんだこの壁は! ザイフェルト様! これは!」
壁の向こうから激しい怒声が聞こえた。
ぐるりと小さい石壁で取り囲まれているせいで、音が反響して耳が痛い。
だが、今はそんなことに構っている余裕はない。
「イツキ君はこの中にいるようですね。破城槌を用意しろ!」
「かしこまりましたッ!!」
ヤバイ、あれでド突かれたら一瞬で石壁は崩壊する。
クソ、どこだ、どこだ、どこだ……。
「ッ……?」
足先に、コツっ、と何かが当たった。
そこだけ、わずかにブロックが盛り上がっている。
目を凝らし、そこを見る。
「あった……!」
マナクリスタルを近付けると、輝きはどんどん激しくなる。
間違いない。クリスタルを嵌めるための『マナソケット』だ。
水の中にマナクリスタルを沈める。
輝きで、暗い水底が照らされ、その輪郭がはっきりと浮かびあがった。
マナクリスタルは吸い込まれるように窪みにはまり込む。
キュゥイィン――。
カリカリカリカリカリ――。
内部で、何かが起動している。
激しくはないが、わずかに地鳴りのような音とともに振動も感じる。
この中に、いったい何が……。
ブォン……と音がして、目の前の噴水が幻のように消えた。
代わりに、ホログラムのようなものが現れる。
「うぉ……すっげ、魔法MODってこんな事出来んの!?」
思わず、その光に手を伸ばす。
映像をつまんで引っ張ると拡大。その手を離せば元の縮尺に戻る。
スワイプで構造を回転させて確認できる。
「これは……なるほど……?」
どこかで見たことのある機構だ。
炸薬を入れる場所がほとんどないところから見て、火薬式じゃない……これは……。
「破城槌用意!!」
なるほどヒョウドウ、これは俺にぴったりの『ブツ』じゃないか……。
こんなもん用意してるなんて、こっちの世界、そんなにヒマだったのか?
仕様は理解できた。ホログラムを弄って、噴水の見た目に戻す。
「てェェッ!!」
バゴォッ、という激しい音とともに、砕けた石の残骸が噴水に無数の波を立たせる。
風穴をあけられた南面から、太陽の光が差し込んできた。
「イツキ君……先ほどは妨害が入ってしまいましたね。迎えに来ましたよ」
ザイフェルトの声が、石の壁の内側に響いている。
俺は立ち上がる。前髪と指先から、ぽたぽたと雫が落ちた。
「その能力で穴でも掘って逃げるのかと思ったのですが、自分で退路を塞いだだけとは。それほど焦っていた、ということでしょうか」
オブジェの裏から顔を出す。
土煙の中のザイフェルトは、破城槌の前で腕組みをしているシルエットだけが浮かび上がっていた。
「抵抗はやめて下さい。村人さんたちに犠牲が出ますよ」
「……」
「大人しく出てきて頂けますか?」
「……」
「私からここに入ってもよいのですが……なぜか、罠の臭いがするもので」
「……バレてたか」
土煙が晴れる。ザイフェルトは……笑顔だった。
「イツキ君。君のその不思議な力……聞きたいのですが、それは破壊にも使えるのですか?」
「いいや、俺に物を壊す趣味はないんで。『山賊』のアンタと違ってさ」
「獣人の大工は手際が良く、よい仕事をすると聞きます。ですが、これほどの高速で建築する大工は聞いたことがありません……そう、神話以外では」
神話……プレイヤー神話か。
この男、俺をプレイヤーなんじゃないかと疑っているわけだ。
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