第21話 狙いは俺だ

 バキバキと家を轢き潰しながら、破城槌がこちらに迫ってくる。


「王国が収蔵しない『神の残渣』があるなんて話、聞いたことねーぞ!」


 アベルが叫ぶ。


 ん……? だけどよく考えると……ちょっと待て。

 おかしいな。ノーヴァさんの作ったそれとは、構造が違う気がする。

 俺が昔見たときは、もっとゆっくり動く兵器だった。


 『おっ、やんのか? こっちにはバケモンあるんやぞ?』とノーヴァさんが煽り、そこに『今日中に着くならな~』とお決まりの返しをする。


 それが名物だった。禍々しい外見に高威力、いかにも人のモノを壊しそうな名前で、実際は他人に危害を加えない……調整された『攻城兵器 破城槌MK4』。

 あんな速度で移動して、バキバキ建造物を破壊するなんて、おかしい。


 ……多分、何か別の機関を流用して……ニコイチにしてあるんだ。


 急いで建物の中に引き返す。

 広間に戻ると、何人かの村人とラウラが地下室の蓋を開けていた。


「なんで戻ってきたんだ!?」

「すごい揺れを感じて……それで、みんな心配になって」

「分かった。それ以上はいい……とにかく、全員地下から森に退避させてくれ!」


 俺は声を張る。


「ま、待って! ここは大丈夫なんじゃ……」

「ごめん……無理だ……! あんなの使われたら、宿が1秒でぶっ壊れる!」


 揺れと地鳴りが空間を覆いつくす。

 サルートルが追い付き、俺に問うた。


「イツキ……君はアレの強さを知っているのか?」

「ああ。許せない……」


 ノーヴァさんの破城槌が、悪用されている。

 思い出に、べっとりと泥をかけられたような気分だ。


「とにかくみんな、まずは逃げて――」

「さあ、イツキ君! 着替えは終わりましたか!」


 突如として振動が止み、外から大きな声が聞こえた。

 奴と破城槌が、もうすぐそこにいる。


 こめかみを、冷や汗が流れ落ちていく。

 全員、その場から動くことができずに固まっていた。


「こちらは準備が出来ましたよ。早く出てきてほしいですね」

「……ええと……まだ、もう少し待ってほしいかな!」


 俺は振り返り、目で避難するよう促した。

 だが、誰も逃げようとしない。だから、さっさと逃げておいてほしかったのに……。


「冒険者ども! そこにいる半獣の少年を引き渡せ! そうすれば、これ以上の破壊はしない! 貴君らの抗戦に敬意を表し、金品も奪いはしないでおこう!」

「……断ったら!」

「愚問だね! 『イツキ君』を渡すか、ここで無残に潰れるかだ!」


 俺の足は、自然と前に出た。


「おい、イツキ……!」


 俺がどうなるか、それは分からない。

 だが、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。それに、この村を、これ以上破壊されたら……。

 あいつらは、ノーヴァさんとの思い出を踏みにじって、ヒョウドウとの思い出を壊していく。こんなのはもうごめんだ。


「待つんだイツキ、ここで今出ていけば、やつらの思うツボだぞ!」

「……あいつらの狙いは……確信はないけど、たぶん、どこかで『村』から『俺』に変わったんだ」


 予想が正しければ、あいつらは俺の能力を欲している。可能な限り俺を生かして手に入れたいんだろう。

 攻城兵器なんて持ってきておいて、目の前で止まったのもそれが理由だ。


「イツキはどうなるの!」


 突然ロークラの世界に転移してから、2、3週間。

 分かんないことだらけだったけど、リアルな建築を楽しめたり、しばらくぶりに仲間の良さを実感できたり、いいこともあった。


「なんとかなるでしょ」


 ラウラを見て微笑む。

 彼女は悲しい顔で、俺の頭の上を指差した。

 本当に、厄介な耳だな。


 大丈夫。今度こそ、本当に。


 俺は鹿の脚亭のカギを開け、扉を開いた。




 ◇◇◇




 下から見上げた破城槌は、やはりとんでもないサイズだった。

 やっぱりこれは、ノーヴァさんの作った攻城兵器で間違いなさそうだ。

 まったく、野暮すぎる改造しやがって……。


「お待たせ」

「ずいぶん待ちましたよ。なんですか、寝間着のままじゃないですか」

「ちょうどいいのがなくてさ……」


 ザイフェルトが、後ろに目配せをする。

 素早く甲冑の男たちが俺の両脇に立った。


「なあ。色々聞きたいことがあるんだけど」

「移動には時間もかかります。そこでゆっくり、お話ししましょう」

「それじゃ、せめてここで1つだけ」


 ザイフェルトの沈黙を、俺は肯定と受け取った。


「俺、どこに連れていかれるの?」

「二度言わせないで下さい。それを君に伝える必要はありません。君は私と一緒に来る。それだけです」

「処刑される……とかじゃないよね?」

「しませんよ、もちろん……」


 俺のリアクションを楽しむような、たちの悪い間。


「ただ、旅の途中で君が見せる態度によっては、手が自然に動いてしまうかもしれません」


 俺の両腕を、冷たく固い兵士たちの手が掴んだ。


 その時だった。


 遠くから、ドドド、と何かが迫ってくる音が聞こえた。思わず、音のする方向を向く。


「よそ見をするな」


 右腕を強く引っ張られる。

 だが、目が離せない。何かが、確実にこっちに来ている。

 それも、力強く、高速で……。


 突然、バギっ、と横の家が、こちら側に大きく膨らんだ。


「!? な、何事――」


 ザイフェルトが剣を抜こうとするよりも早く、家の壁がはじけ飛んだ。

 そこには筋骨隆々の、一頭の鹿の姿があった。


「オ、オジーチャン……?」


 オジーチャンはそのまま突進して、ザイフェルトを跳ね飛ばす。


 隊長! と多くの兵士が吹き飛ばされたザイフェルトに駆け寄った。

 オジーチャンは俺の目の前で、鼻息を荒げて顔を左右に振っている。

 どこに行ってたんだ、今まで。


 こうなることを見越して、わざわざ待機していたんじゃないかと思うようなタイミングだ。


 オジーチャンは、ふん、と小さく鼻を鳴らして俺を見る。

 その口には、緋に輝く石をたたえたペンダントがあった。


「それ、ラウラの……」


 俺は、それに引き寄せられるように手を伸ばした。

 見た目に反して、ずっしりと重い。

 緋の宝玉のようなものには、どこかに見覚えがあった。


「……マナクリスタル?」


 魔法MODでよく使われるアイテムに、形も色もよく似ていた。

 微量の魔力を蓄積しておけば特定のマシンを起動できる、いわば蓄電池のようなもの。


 持ち替えてその裏側を見ると、そこには金属で引っ掻いたような文字が刻まれていた。


『お前の手で完成させろ ヒョウドウ』

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