第20話 神の残渣<ざんし>

 残ろうとするラウラを無理やり地下シェルターに押し込んで、俺はオリハルコン製の蓋を閉めた。内側から鍵をかけるように言い含める。

 宿に残ったのは既に俺だけ――と言いたいところだが、やっぱり思い通りにならないヤツってのはどこにでもいる。

 2人の冒険者と俺は広間で円になって、じっと押し黙っていた。


「サルートル、この宿屋に、外から見てもバレないような窓とかはないのか?」

「さあ……イツキこそ、何か心当たりは?」

「いや……」


 不気味な静寂が鹿の脚亭に広がっている。このまま過ぎ去ってくれれば一番いい。

 ここに籠っている限り、相手はこちらに手を出せない。占領する事も出来ないから、タイミングを見計らって帰るしかないだろう。


 とは言え、悔し紛れに周囲の家を全部壊すとか、そういう嫌がらせをやっていく可能性はある。

 向こうがどんな兵器を持っているか把握して、追い払うための手を考えなければ……。


「この宿は採光性ってやつが抜群でな。日当たりの悪いのは廊下か風呂か、物置くらいしか無ぇ」


 アベルは何かのカードをシャッフルしながら、ぶつぶつとつぶやく。


「……窓から以外となると……屋上くらいだな」

「屋上? 内側から上がれるの?」

「物置から上がれるらしいぞ。掃除中のラウラから聞いたことがある」

「サル助」


 アベルがニヤっと笑ってサルートルを見る。


「お前の分も配ったぜ、ほら座れよ」

「……こんな時にカードなど触っていられるか」

「酒飲むよりゃマシだろ」

「そのような気分ではない」

「……んだよ」


 アベルの視線が俺に移る。


「おめぇは」

「……俺もパス、かな」


 はぁ、と彼は大きくため息をついて、頬の傷痕を拭った。


「イライラしてても仕方ねえっつーの」


 アベルとサルートルは、ザイフェルトと戦ったとき勝つことが出来るだろうか。

 ザイフェルトは剣術から魔法まで使え、鉄砲まで持っている。


 アベルの手が、誰も拾わなかった5枚のカードを山の一番下に戻した。


 ごぅ……。


 低い音が、遠くから聞こえる。


「今の音……?」

「何か聞こえたか?」


 俺の耳が、真後ろを向いている感覚があった。意識せずに、音が鳴ったほうに動いてしまうようだ。

 音の方向は、正面玄関よりさらに奥。村の入り口に近い場所……?


 ごッ……ぎぎぎ……。


「なんか……山崩れみたいな……地鳴り……?」

「誰か、何か聞こえるか?」

「いんや……おらっ、俺は3枚カードチェンジだ!」


 どどどど……ばぎばぎばぎッ……ぎぃ……ぎぎぎぎぃぃッ……!


「……来てる……こっちに何かっ……!」


 俺は階段を一段飛ばしで駆け上がる。

 北側の物置部屋から屋上。

 使ったことのないルートだが、物置部屋の位置は分かる。あとはそれっぽいところを伝って……最悪天井を壊して上れば……。

 俺の脳裏に、ラウラがニコニコしながらハンマーを掲げている絵が浮かんだ。

 安心してください、アルトラウラ様……壊したらちゃんと直しますから……。




 ◇◇◇




 屋上にたどり着いた俺が見たのは、村の道路に立ち込めている土煙だった。


「イツキ……!」


 後ろから追いかけてきたサルートルが、焦ったように名前を呼ぶ。

 俺は眼下を指差した。


「あそこ……石畳のはずなのに、なんで土煙が」

「おいおい、いきなり走るなよ」


 遅れて、アベルが顔を覗き込む。


「ありゃ……なんだ……」


 土煙に太陽光が差して、そのシルエットが浮かび上がってくる。

 この宿の3階部に匹敵する、巨大な外見。

 ゆっくりとその上端が、光を浴びる。


 漆黒に輝く、四本の支柱。

 そこに吊り下げられた一本の槌。先端には金属光沢をもつ、禍々しい羊の顔が取り付けられている。

 何らかの熱機関で動いているのか、後方からは白煙が上がっていた。


「あれは……『ノーヴァ』さんの……!」


 俺は、その姿に見覚えがあった。

 あれは兵器の再現建築で有名な『ノーヴァ』さんが、科学MODを組み合わせて作った『攻城兵器 破城槌はじょうついMK4』だ!

 ロークラで見た時も機能美に感心したものだったが、リアルで見ると羊の顔の描写のリアルさなんかは別格だ。流石実物……すごいっ!


「イ、イツキお前、なんで笑ってんだ……」

「笑ってる場合ではないぞ!」

「んな事言ったって、あれはノーヴァさんの……」

「ノーヴァだか老婆だか知らねえが、ヤバい! ありゃ『神の残渣ざんし』だぞ!」

「神の……?」


 記憶喪失はこれだから……そういう顔で、サルートルは顔を強張らせる。


「プレイヤー達が残した神話兵器や装備をそう呼ぶんだ。信じられないほど強力で、まさに神の残滓……!」

「あぁ……」


 そういえば石畳に消えたアベルの剣も、プレイヤー装備のコピーだという話だ。

 いまだにそこまで知名度があるのは、実物がまだあるからなのか。その一つが、ノーヴァさんの破城槌ってわけだ。

 プレイヤーがかつて作り、オーパーツと化したアイテム……。

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