第19話 その狙い
「私は、あなたに用事があって来たのです。イツキ君」
「……俺にはないぞ」
インベントリには布団。
もう一発、いつでも行ける。
だが、不意打ちで避けられた攻撃が、アイツに通用するのか?
「手荒な真似はしたくありません。できる限り無傷であなたを連れ出したい」
「だからイツキは関係ねえだろって――」
「私が要求しているのは」
アベルの声を遮って、甲冑の男が声を張る。
「この村の全財産です。そしてイツキ君は、この村の財産そのもの」
「嬉しいお言葉だけど……俺はモノじゃないんでね」
「財産ですよ。モノって訳じゃありません」
男は甲冑の庇を開けた。
「お久しぶりです、イツキ君。いや……お久しぶりというには、あまりに日が浅いでしょうか」
「……やっぱりお前か……ザイフェルト」
彼の表情は、これまで見た山賊らしき風体とはまるで違う。
凛々しく、またどこかに無礼さを乗せた、野武士のそれにも近いように感じられた。
「ずいぶん口調が違うな」
「あのような話し方は本意ではありません。……目的のための役作り、とでもいいましょうか。こちらが、私の本来あるべき姿です」
「どっちが本当のお前かなんて、俺には興味ないけど」
「……二階と外では話しをしづらいですねえ」
俺はちらりと後ろを見た。ラウラが、心配そうな顔で俺を見ている。
「……それじゃあ、冒険者たちを全員一度開放してくれ。代わりに俺がそっちに出向く」
「イツキ!」
「いいでしょう」
サルートルの怒りの目を、ザイフェルトの声がかき消す。
「先に、冒険者を全員建物の中へ。それから俺がそっちへ」
「ふむ……」
彼の目が、じろじろと宿屋を見る。
細かくパーツを切り替えているが、見た目だけなら昨日までとまったく変わらない「古ぼけた宿屋」だ。
俺だって、ぱっと見たくらいじゃ要塞化されているなんて思わない。
「……まあ、いいでしょう」
ザイフェルトが目配せをすると、冒険者たちは彼から目線を切らずに、じりじりと後ろに下がっていき、やがて全員宿屋の中へと避難した。
建物の内部を通して、彼らの呼吸が聞こえる。
「これで全員です。次はあなたがこちらへ来る番ですよ」
「まあそう焦るなよ。俺、まだ寝間着なんだ。着替えるまで待ってくれない?」
ザイフェルトの目の色が、明らかに変わった。
俺は、振り返ってラウラに小さくささやく。
「下の扉、鍵をかけて外から開かないようにして」
ラウラは、察したように頷くと一階に飛び出していった。
俺は再び、壁の外を見る。
「イツキ君。私は、そこまで気が長くないものでね」
「昨日の、あのゴロツキみたいなのは演技だったんじゃ?」
「人間の本質はそう簡単に変えられません。半獣のあなたには通じない理屈かもしれませんが」
彼の口角が、くいと上がった。
「着替えには、どれほど掛かりますか」
銃が、首をもたげる。
あれが火縄銃だとしても、撃たれればもちろんタダじゃ済まない。
「なんだ。無傷で連れて行きたいんじゃなかったの?」
「……あなたは、その説明が必要なほど愚かではないでしょう?」
「そうだな……まあ、ちょっと待ってよ」
俺は、軽く咳ばらいをした。
「あのさ、どこに連れていかれるわけ? それによっても服は変わってくる」
「それは秘密ですが、まずは馬車のようなものに乗ることになるでしょうね。正直全裸でもいいくらいです」
「そりゃ困る。寒いのは苦手だ」
「獣人は寒さに強いと聞きますよ。なんなら、どこか途中の町で好きな服を買ってあげましょう」
「敏感肌なんだよ。気に入った服しか着れないし」
たったったっ、と小さな足音がこちらに駆けてくる。そして、「イツキ、終わった」とつぶやいた。
「……よし。それじゃあ、着替えて来ようか」
ザイフェルトの目が、俺の口元をじいっと見つめている。
「ルグトニアの部隊がこっちに来るまで待っといてくれよな!」
言い切って、一瞬で壁を閉じる。よし!
「ラウラ、一階へ!」
「きゃっ、ちょっ……!」
俺は彼女の手を取って、一階へ向かった。
「みんな聞いてほしい!」
外に聞こえないように気を付けつつ、俺は声を張る。
「今から、すぐにトンネルを通って逃げてくれ! 時間はここで稼ぐ!」
ばんッ!
どごッ!
建物を殴りつける音。砲撃の音。軽い衝撃。
梁からホコリが落ちてくる。
壕の中に隠れていた村人たちにもその衝撃は伝わったらしく、どよめきのような声が漏れ聞こえてきた。
「おいおい……あいつらは鉄の門をぶっ壊してこの村に来たんだぞ! 鹿の脚亭なんてひとたまりもない!」
「大丈夫」
自分に言い聞かせるように、そうつぶやく。
「この建物の強度は、鉄の門より遥かに上だ。大丈夫……!」
「大丈夫ったって……」
轟音に合わせて、壁が揺れ、天井がきしむ。
だが、揺れ以上のことは起こらない。
ありったけの資材を注ぎ込んで作ったこの要塞が、この世界でも通用するなら……。
少なくとも人力や火縄銃で壊すことなんて、到底不可能だ。
「いいから、早く! ここは平気だ!」
実際、プレイヤーはそういう能力を発揮して大活躍したという。
だったら、この世界で作られたものより『ロークラ』のMODアイテムの方が強い……はずなのだ。
ただの剣や大砲で壊せるんだとしたら、夢がなさすぎる。
だから、俺は信じる。MODの素材に対抗できるのは、MODの武器や魔法だけ。
ここを壊す方法は、奴らにはないはずだ。
「ここに、みんなでまた戻って来よう。そのために、命はつながないと」
ガタンと激しい音がして、また建物が揺れた。
外から、動物の雄叫びにも似た声が聞こえている。
「お前はどうする気だ」
「俺は……」
外の様子が気になる。
下手に顔を出せば巻き込まれるから、安易に外を見るべきじゃない。
だけど、戦況はどこかから把握しないと。
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