第18話 見えすいた罠
「お、俺?」
俺はこの村とは無関係の……という訳でもないが、お客さんのような存在だ。
そんな俺を最初から指定してくるなんて、やはり襲撃者は――。
――ザイフェルト。ならず者の親玉。
きっとあいつだ。
あいつは言っていた。『お前みたいな能力のあるヤツは、絶対に最初から狙われる』と。
「……分かった」
仕方ない。俺が出て行って時間を稼ぐしかない。
相手の本当の強さがわからないんじゃ、ここだってどのくらい持つか分からないのだから。
「おい、何が分かったんだ」
俺が一歩踏み出したところで、アベルがその前に立ちはだかる。
「何って……そいつらの要求は俺だろ」
「待てイツキ、君は自分が何を言っているのか分かっているのか?」
サルートルも、じとっと冷たい目で俺を睨む。
「分かってるよ。でも、いきなり殺したりは……」
しないはず。だって、そんな事をしたら交渉の意味がない。
そこに、はぁ、とアベルが深いため息をつく。
「あいつらがお前を呼ぶ理由が、『邪魔なイツキという男を殺したいから』じゃないなんて、お前に分かるのか?」
「いいか、イツキ。あいつらは本気だ。そのくらいはやる。お前だって自分で当ててみせたじゃないか。奴らはプロだと」
「……」
大丈夫だ。俺が出て行って何とかしてやる。
そう言いたかった。だけど、体が勝手に震えている。今は、この異世界が俺のリアル。
死んだら、肉体も精神も、現実世界で死ぬのと変わらないんじゃないか。
そう、ここは現実……。
ちょっと止められただけで覚悟が揺らぐなんて、俺は惨めだ。
冒険者たちは、みんな体を張って村を、ラウラを、そして俺を守ろうとしてくれているのに。
俺には、その勇気がない。
「下がってろ」
アベルは俺の心中を読んだのか、にやっと笑って一歩前へ進み出た。
「待てアベル、俺が……!」
「聞いてくれ、イツキ。これで大丈夫だ。お前を差し出さない限り、奴らはこちらに危害を加えられない。お前の手がかりがなくなっちまうんだからな」
「でも……!」
嘘だ。危害を加えない根拠なんてない。拷問……脅迫……手段なんていくらでも――。
「――私たちは君を信じたぞ、イツキ。君は、私たちを信じてくれないのか?」
サルートルの言葉に、俺は何も言い返せなかった。
◇◇◇
アベルとサルートルが、宿の外へと出ていく。
俺は急いで2階に上がり、壁を少しだけ開けて隙間から外の様子を覗いた。
こんな状態、信じて待てと言われても無理だ。
ピンチになったら――。
俺はインベントリを開く。
そこには、例の『布団』があった。
「……遅いですね」
黒い甲冑を身にまとった男は、飽き飽きしたように深いため息を漏らした。
故意に聞こえるように発されたその声音はしかし、今までの『ならず者』とは全く異なる口調だ。
しかし、その声には聞き覚えがあった。
宿の外にいるのは、その一人だけ。そこにアベルとサルートルが近づく。
「どうも、先ほどは逃げている所を追いかけてしまって申し訳ありません」
「……」
「それで、彼を引き渡すという話は……了承して頂けましたか?」
「フン。あいつなら、もうここにはいねぇ」
「いない?」
アベルは腕を組んでのけぞっている。
その姿勢は、剣も抜きづらいしあんまり良くないんじゃないか、とは思うが……。
彼なりの威嚇のポーズなのかもしれない。
「奴なら、ちょちょっと壁を直してどっかに消えたぜ。なァ?」
「ええ……彼は旅の大工らしくて。こちらの問題に巻き込むのは酷でしょう? そういうわけで、彼は居ません。お引き取り願えますか」
「ほう……」
「ねえ、イツキ……」
「ッ!? ……ラウラか……何?」
後ろから話しかけられ、俺の体が跳ねる。
「ここ……大丈夫なんだよね?」
「素材は頑丈だから……多分。……破壊されるよりも、村人全員分の食料があるか、そっちのほうが心配かも」
冗談めかして答えると、ラウラがじっと俺を見た。
「こんなときに言うことじゃないかもしれないけど……オジーチャンの姿が見えないの」
「え……もう地下壕に避難してるんじゃないの?」
「ううん、普段はうちの裏庭にずっといるんだけど……今日は朝からいなくて……」
野生の勘が働いたのだろう。散々ラウラのお世話になっておいて薄情な気もするが、動物だからな……。
「オジーチャンは、そこらの草を食べていればどうにかなる。そのうち戻ってくるさ」
「……それに……朝からペンダントもなくて……」
「ペンダント?」
「ほら」
ラウラが自分の首元を指す。
もしかして、彼女と最初にあったとき首にかけていたものだろうか。
普段はあんまり印象になかったが、言われれば時々していたような。
「あれ、とっても大切なものだったのに……落としちゃったのかなぁ……」
「大丈夫。あいつらが帰ったら、オジーチャンも帰ってくるし、ペンダントもゆっくり探せる。俺も探すの手伝うから」
パァン!!
急に乾いた音がして、俺とラウラは肩をビクつかせた。
間違いなく、音は外からだった。
慌てて、俺は外を覗く。俺の頭の上から、さらにラウラが覗く。
石畳に穴が開き、煙が吹き上がっている。
「次は外しませんよ」
アベルの頬を裂く、一筋の線。
そこから赤い血が、ゆっくりと垂れ流れている。
彼は瞬き一つせず甲冑の男を睨みつけていた。
「何度言われても答えは変わらねえ……アイツはここにはいない」
「……強情ですねえ」
甲冑の男が、歴史の教科書でしか見たことのない武器に火薬を装填していた。
長筒の先端に火薬を詰めている。あれは、『火縄銃』……?
「それでは、まずは見せしめとして……」
「待て!!」
思わず二階の壁の隙間から、大声で叫ぶ。今すぐにでも撃つ、そういう雰囲気だったからだ。
俺は叫ぶのとほぼ同時に壁に手を這わせ、周囲を一気に『収納』して、反対の手から『布団』を投げつけていた。
甲冑の男はそのトラップに、引っかか――らなかった。
視界をアベルから外さず、火縄銃の狙いすら変えずに、後ろに一、二歩下がっただけ。それだけで、避けた。
もちろん、何かが飛んで来たら避ける、というのは戦闘では基本かもしれない。
だが、布団が奴のもとに届くまで1秒の猶予もなかったはずだ。
「まったく……いきなり物を投げるなんて」
甲冑の向こう側の表情が、俺にも透けて見えるようだった。
じぃっと、サルートルの目が俺を冷たくにらみつけている。……勝手に姿を晒したからだろう。
アベルだけは額の冷や汗を拭い、肩を下した。
「いるじゃないですか」
甲冑の男はにやりと笑って、銃口を下に向けた。
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