第17話 一夜城作戦

「1日でなんて、絶対ムリだってば」


 ラウラの視線が突き刺さる。だが、俺もここで退く気はない。


「今日中にやりたいんだ。頼むよ!」

「……はぁ……」


「別に宿を使うのはいいよ、みんなのためだもの。でも……」

「大丈夫、ラウラ」


 俺の目に、青い炎が宿る。


「いざとなったらこの村ごと、俺が2倍のサイズで建て直してやるッ!」


 外壁や家をすべて強化するには素材が足りない。

 だから、今はこの手がベストなはずだ。

 ……たぶん。


「ふーん」


 ラウラがまた、耳を指差した。


「強がっちゃって」

「……うるせー」


 不安があるのはバレバレだ。

 思わずため息をつく。と同時に、吹っ切れて笑いが込み上げてきた。

 失敗を考えていても仕方ない。

 今できる最善を尽くすしかないのだ。


「で、前は誤魔化されたけど、イツキってどれくらい天才なの?」


 騎士たちに、布団を投げたときのことだろう。

 インベントリ云々を説明するのは気が引けて、あの時は逃げてしまった。

 この作戦を進めるとなれば、もう隠すことはできない。


「一日……、一晩あれば、簡単な城を造るくらいはできる」


 これまでのロークラ人生を糧に、誇りと自信をもって告げた。

 ラウラが少し呆けた表情になる。


「イツキ、そんな顔できるんだね」

「俺はいつだってこんな顔だよ」

「はいはい」


 どうやら、俺が本気であることは伝わってくれたらしい。


「でも、とりあえず人手は必要でしょ? 早速、私がみんなに声をかけて……」


 ラウラが立ち上がり、外に行こうとしたときだった。


 宿の外で、ざッ、と足並みがそろう音が聞こえた。

 ウソだろ! もしかして、もう襲撃が来たってのか!?


 軽い音がして、宿の扉が開かれる。

 その先に居たのは、冒険者たちだった。


「……イツキ、話は全部聞かせてもらった」

「サルートル……それに、みんなも……?」


 一瞬の不安は的中せず、冒険者たちは一様にニヤリとしている。


「深刻そうな顔で走っていくから、何かと思って聞いていれば……イツキは心配性だな」

「宿の外まで丸聞こえなんだよ。ちゃんと壁を直しとけ、バーカ」


 アベルが力強く俺を指差す。


「ただ――今までのお前から……村を守りてぇっていう気持ちは確かに伝わった!」

「アベルと意見が一致するのは癪だが……私も同感だ」


 サルートルは深く息を吐いた。


「君にしかできないことは多いだろう。でも、私たちだってこの村を守りたいんだ。どうか、手伝わせてほしい」

「……いいのか?」


 冒険者たちを見る。彼らはお互いに目を見合わせて、誰彼となくうなずいた。

 村が好き。

 その気持ちで団結した彼らを見て、熱いものがこみ上げてきた。


「みんなありがとう! 今日は忙しくなるけど、よろしく頼む!」


 「おうッ!」という返事が重なる。



 ◇◇◇



 作戦内容はこうだ。


 宿屋を要塞に改造し、地下にシェルターを掘って外の森まで繋げる。

 村人達はいったんそこに避難させて、一夜を明かしてもらう。


 同じタイミングで、壁の周囲には冒険者を立たせて警備し、ヤバくなったら要塞に撤退する。

 あとは要塞で籠城戦をしながら、村人たちが森に逃げるまで待つ。

 最後に俺がトンネルを自動建築機で無理やり広げ、石壁に詰まった泥を流し込んで通行止めだ。


 もちろん作戦の実行には、村人の協力が不可欠。

 冒険者たちは「連絡は俺がやる」「警備は俺が」と、自分たちで役割分担をしてくれていた。

 一通りの要請を終え、質問がある人はいないか聞くと、ラウラが手を上げた。


「はい、ラウラさん」

「これって、イチから建てたほうがいいんじゃない?」

「いや。今も監視されている可能性が高い。いまある建物を強化する形にして、出来る限り目立つのは避けたいんだ」


 テンションが高くなっていて、勢いで彼女の肩をがっしりと掴んだ。


「だから……君の助けが必要だ、アルトラウラ」

「わ、わかった」

「では他に、質問のある方!」


 俺の興奮具合に若干引きつつも、特に質問はされることなく、冒険者たちはぞろぞろと宿屋を出て行った。

 図面は俺の頭の中にある。あとは、それを形にするだけだ。


 深く息を吐いて、インベントリに手を伸ばす。

 ラウラが声を上げた。


「……ねえイツキ」

「何?」

「どうして、あなたはそこまでしてくれるの?」

「ここは、俺の……」


 続けようとして、彼女の目が俺の耳を追っている気がした。

 気恥ずかしさを察されたくなくて、俺はインベントリを漁った。



 ◇◇◇



「イツキ! イツキ!!」

「んだぁ……今日は……魚がいい……」

「目を覚まして!」


 バチン! と激しい一撃を頬にもらって、俺は強制的に目覚めさせられた。


「いった! あ!? ああ、アルトラウラさん……おは、ようございます」

「寝ぼけてる場合じゃない! アイツらが来たの!」

「……!」


 すぐに飛び起きる。

 食堂の床に開いた穴から、不安そうな顔をした村人たちが、小さく押し殺した声で何やら話をしている。

 見渡すと、すでに冒険者たちは完全武装して、目を血走らせていた。


「状況は!」

「……完全武装の奴らが、ワケの分かんねぇデカい武器で鉄の門をなぎ倒して、そのまま村に押し入ってきた! 門番は命を優先して撤退、民家は三棟やられた!」

「……イツキ、お前の言った通りになったな」


 サルートルが、ドアから視線を外さずにつぶやく。


「村人と一緒に、金目のものはこっちに全部引き上げてある。ぶっ壊し損だぜ、アイツら」


 アベルは、はんっ、と軽く鼻で笑った。


「こちらのほうが、一枚上手だったというわけだ」

「だが……壁は一瞬でやられちまった。なあイツキ、ここは本当に大丈夫なのか?」

「できる限りの強化はしたつもり。けど、絶対に大丈夫かというと……分からない」

「分からない、か……」

「大丈夫だ。イツキが気にすることじゃない。アベル、イツキはよくやってくれた。だろう?」

「……そうだな」


 アベルから漏れたため息。ふーっと、様々な感情が含まれたその息が、唯一の音になる。

 彼らにとって、ここは家なのだ。石垣をも一瞬で壊す兵器……その危機感は計り知れない。


「実はな」


 アベルが、ちらりと俺を見た。


「アイツら、交渉材料として『お前』を要求してるんだよ」

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