第16話 二度あることは三度ある
壁の上から降りた俺の背中を、アベルの手がバンバンと強くたたく。
「やったじゃねえかイツキ! あいつらを追い返したぜ!」
「ああ……」
「……イツキ?」
ザイフェルトと名乗った男の、あの目。
なんか、すごくイヤな予感がする。
「……腹でも痛えのか?」
「いや……とりあえず、さっき壁が壊された場所がないか確認してくるよ」
頭の中に湧いた鈍い感覚を拭えないまま、俺は門を出て、表へと回った。
石壁には数か所、魔法が表面を壊した跡があった。だが、仕込んだ泥は表に出ていない。俺の思惑通りだ。
穴の開いた壁を大きく取り除き、そこに新品の石をはめ込む。
すぐに周りの石壁となじんで、元通りの壁が出来上がった。
俺は、振り返った。
鉄門の前に、ザイフェルトの影を見る。
あの顔。驚くでもなく焦るでもない、あの余裕。
アイツは多分――嘘をついている。
そもそも反応からしておかしい。
少し見ていない間に、突然数百メートルの石壁が出来ていたら、普通は驚く。
もし人力でこれだけの石を積み上げるなら、村中総出で朝から晩まで働いても足りない。それは冒険者や住人の反応でも明らかだ。
近づく過程で知ったのだとしても、どういうことだと聞いて来ることすらなかった。
少し前にあった敵影レーダーのこともそうだ。
あのとき、レーダーは木の所にいる少人数に対してだけ反応し、『アイツら』には反応していなかった。
だとすれば、奴らはあんな態度だったにもかかわらず、村に攻撃をするつもりは無かったという事になる。
風が吹く。俺は敏感に反応した耳を掻いて、思い至った結論をひとりごちる。
「偵察か……」
出たのは、その言葉だった。
ザイフェルトの目的が「この村の偵察」なのだとしたら?
遠くから壁を作る俺を監視していた――これはいわゆる、隠密偵察だ。
そして事情を知るラウラを浚おうとし、冒険者と一戦交えようとした――これは威力偵察というやつだろう。
石壁をわざわざ剣で攻撃し、魔法を撃ち、鉄門を素手で殴ったこともそうだ。
務めて冷静。……冷静に、事実を確認している。
この村の情報を探り、斥候を送り、次の手を探っている。だとすれば、すべて納得がいく。いや、正確には……矛盾しない。
確証があるわけじゃない。だけど、あり得る。
だったら。
俺だって、一介の中二病男子である。
孫子の兵法だって流し読みくらいはしたし、ミリタリーなWikiを漁ったりもした。
だからわかる。あれだけ自然に作戦を実行できるなら、あいつらは戦いに慣れている。
「……勘弁してくれよ」
思わず、口から言葉がこぼれ出た。
俺は駆け出して村へ戻ると、まだ笑っているアベルたちを押しのけて、宿屋へと向かった。
◇◇◇
ラウラは、終始無表情だった。
さすがに突拍子もないと思ったのだろう。宿の入り口に箒を立てかけ、壁にもたれかかったまま首を傾げている。
「あいつらは、ただの盗賊じゃない。行動には何か意味があるはずだ……すぐに対策を考えないと」
「……イツキの意見はよく分かった。けどね……」
深く息を吐くラウラ。それから、困ったように笑った。
「信じろってほうがムリだよ。だって、アイツらそんなに頭イイとは思えないもん」
「そりゃ……言動はそうだけど……裏の意図が」
「イツキが作ってくれた石壁も、アイツらぜんぜん壊せなかったし」
「だから……それはただの偵察で……」
「それにさ、アイツらの要求は『敵が来るから護衛の金を出せ』だよ? なんでわざわざ、『敵が来る』なんて警戒されるような事を言うの?」
「う……いや」
「村に入るための適当なでっち上げって線の方が、まだ納得じゃない?」
「……」
自分の耳が萎びていくのを感じる。
「あいつらが言ってた一週間後と、前後2日は念のために警備は厳重にする……で、あとはいつも通り。なんだかんだ、今までボロボロの塀でもやってこれたんだし。イツキの壁があれば大丈夫だよ」
「……」
否定できない。
奴らが詐欺師のようなものなら、脅しのために嘘をついていると思う方が普通だ。
「そうだ! 今日はリフレッシュしてきたら? 今まで頑張ってくれてたんだし、たまには何も考えずに、ぼーっと……」
「でも!」
ラウラの気遣いを遮り、大声を出してしまう。……俺は知っていた。
「何かあったときに、後悔したくないんだ」
目も合わせられずに俯いて、ギュッと拳を握りしめる。
ラウラからの言葉はなかった。
いっそ、俺一人で先手を打つべきなのかもしれない。
そして杞憂なら、俺が恥をかくだけで済む。でなければ……。
そんなことを考えていると、地面に伸びるラウラの影がこちらへ近づいてきた。
俺の手が、柔らかく小さな手に包まれる。
「わかった。イツキには不思議な力があるみたいだし……少しは信じるよ」
顔を上げて表情を読む。その顔には、「しょうがないなぁ」と書かれていた。
場所を変えて椅子に座り、水を片手に推理を始める。
いったん、情報をまとめる。
まず、やつらは一度目の襲撃で村の防衛力を把握した。
冒険者の実力や村の構造を確認することで、自分たちが攻め入るのに不足がないかを調べたのだ。
そして、折を見て引き返した。
もし王国騎士が大量の仲間を連れて現れたら、一時的に占領できたとしても、すぐに撤退する羽目になる。
だから一度退いたように見せ、増援到着の日数と規模を確認した。
ザイフェルトが、俺の『布団MOD』に気づいている素振りを見せたのも、これで説明がつく。
動けなくなった王国騎士コブレンツを、どこかで監視していたのだ。
そして今日。
俺の建築でどこまで村が強化されたのか、奴らは再び確認をしに来た。
壁を執拗に叩き続けたのも、どの程度の力があれば破壊できるかの最終確認だったのだろう。
あとは丁度いい量の爆薬とか、泥をも打ち消す強力な魔法……それでも駄目ならデカイ梯子でも用意すれば、やつらの攻める準備は万端だ。
だが、ここでラウラに言われたことが気になってくる。
奴らはなぜ、わざわざ敵が来るなんて忠告をしたのか。
そんなのは自分たちの襲撃を警戒させるだけで、何の利点もない。
「うーん、どれだけ準備しても勝てるって余裕……な訳はないよね」
「……逃げるための猶予時間を設けてる、とか……」
用意周到に村を襲う準備をする奴らだ。こんなリスクを無駄に冒すとは考えにくい。
単なる警告だけでなく、日にちの指定……何かが引っかかる。
「奴らの指定は7日後……」
「じゃあ、それまでに準備しないとね。王国に連絡したりとか、みんなを避難させたりとか」
「そっ……それだっ!」
突如合点のいく理由をひらめいて、俺はガバッと立ち上がった。
「そう思わせるのが、奴らの狙いなんだ!」
叫ぶ俺に、ラウラは首をかしげる。
「ど、どういうこと?」
嘘をバレにくくするには、本当の情報の中に、嘘を混ぜるといいと聞く。
敵が攻めてくるのは本当。で、7日後というのが嘘なのだ。
「7日後っていうのは、まだ時間があると油断させるための嘘なんだよ!」
少なくとも一週間は余裕がある……そう勘違いしてしまうように。だから、奴は何度も念押ししていたのだ。
つじつまを無理やり合わせている感覚だが、筋は通る。
「……じゃあ、本当はいつ来るの?」
「早ければ早いほど、奴らは有利になる。明日とか……下手すれば今日にでも……」
ラウラも理解し始めたらしく、表情が真剣さを帯びる。
「で、でも、イツキの壁なら大丈夫じゃ……」
「さっき、奴らは『俺たちでも無理そうだ』なんてわざわざ口に出していた。今までの事を参考にすれば、つまり嘘ってことだ」
日にちの指定と同じ手法。
やつらには壊せないと思わせる演技。
「もし、イツキの言うとおりになるなら……どうすればいいの」
最悪の場合、今夜にでも敵は来る。
防衛を破壊できるだけの余裕がある敵が。
なら、勝つ方法は一つ。
「アイツらがまだ知らない事を……やってやる」
簡単なことだ。
奴らは俺が、壁や内装を直す所だけを見てきた。奴らにとって、俺が作るものは『早い』だけで、それ以外は普通の範疇なのだ。
だから今日も、あいつらは余裕綽々だった。
――なら、それ以上のものを見せてやればいい。
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