第15話 襲来?

 翌朝。ベッドから起き上がり、顔を洗ってから階段を下りる。

 なんだか、耳に水が入った感じがしてちょっと気持ち悪い。今まではそんな事なかったのに。

 意識するとそこから分かるようになる……みたいなシステムなのだろうか。


 カウンターをのぞき込む。


「ラウラー、おはよう」


 返事がない。

 というか、冒険者の姿もない。


「ラウラー?」


 広間に行く。

 しんと静まり返っている宿屋。

 耳をそばだてるが、何の音もしない。

 誰の寝息もない。


 ……誰も、ここにいない?


 俺は嫌な予感がして、宿を飛び出した。




 ◇◇◇




 村の正面を守る門の向こう側に、『アイツら』はいた。


「来やがった……!」


 ガラの悪そうな奴らの声が、扉の向こうから聞こえている。


 やっぱり、塀と門を作っておいてよかった。

 俺は自分のインベントリを確認しつつ、すぐに門のそばへと駆け寄る。


「だーかーらー! 入れろっつってんだろ!」

「入れるわけねえだろバカ野郎! ブッ飛ばすぞ!」


 アベルの口が悪いせいで、どっちが悪者か分からないな。

 俺は後ろのほうで腕を組んでいたサルートルに声をかけた。


「サルートル、また来たんだな」

「ん、ああ……」


 ふう、と彼はため息をつく。


「だが、何か様子がおかしい」

「おかしい? 聞く限り、相変わらず『強請ってそう』な感じだけど……」

「まあ、ほとんどそんなところではあるのだが」


 鉄門の向こうから、複数人のぎゃあぎゃあ騒ぐ声が聞こえている。


「……ちょっと聞いてみる」

「あ、おい……!」


 サルートルの制止を振り切って、俺は石壁の内側に設けておいた階段を上り、一気に塀の上へ。

 見下ろすと、あのリーダー格の男と目が合った。雷撃を放つ、あの男だ。


「そこのオッサン、話がある」

「お前か。名前は確か……」


 俺はこっそりと、インベントリに手をかける。いつでも布団MODを投げられるよう視界は外さない。

 雷撃はタメ時間があるはずだから、敵意があるなら先制で寝かしつけてやる。

 ……と思っていたが、その男はこちらに害意がないとでも言いたげな、優しい表情を見せた。


「まあいい。名前なんてどうでも。……その隠した手の裏で、また何か用意しているんだろ?」

「ッ……」

「その耳、図星だな?」


 ははっ、と軽く笑う。

 いつか絶対外してやるぞ……ケモ耳。


「ただの変わりモンかと思ったが……まあ、やめておけ。何を持ってんのか知らねえが、どうせお前が負ける」


 脅しかもしれない。だが、脅しじゃないかもしれない。

 この世界のルールや常識で、俺が知らない事はまだまだあるはずだ。


 冷汗が、ゆっくりとこめかみを流れ落ちていく。


「俺の名はザイフェルト。感謝するんだな。今日は忠告しに来てやったんだから」

「感謝だぁ? 忠告だぁ? どの口が言ってやがる!」


 後ろから、アベルの怒声が響く。


「いいから聞けよ。この村は俺の見立てじゃあ……かなりヤバい状態だ」

「あァ?」

「お前らは村から出ないから知らねえだろうが、ここから数里先の丘に、大量の賊どもが野営を開いてる」

「……だから何だ」

「お前らとはレベルが違う、全身鎧で完全武装した奴らだ。ありゃあ素人じゃねぇ、どっかの軍から放逐されたプロの盗賊団ってとこだ」


 俺から視界を外さずに喋る男の表情は、取引を狙う説得者の顔だ。

 あるいは、説き伏せたい詐欺師のそれか。


「適当言ってんじゃねーぞ」

「探りに行かせたモンが言うことにゃ、どうやらここが次の狙いらしい。このままだとあいつら、10日……いや、7日もすればここへ来やがるぞ」

「そんな話、信じるわけねえだろうが!」

「うるせぇボケ!」


 ザイフェルトと名乗った男は、騒ぎ始めたアベルを一蹴する。


「俺は会話が出来る奴に言ってんだ。てめぇみたいな脳筋冒険野郎は黙ってろ!」

「んだと……ッ……!」

「俺に嘘をつく理由なんかねえだろが! 黙って忠告を聞け!」

「だから、ンなもん信じねぇっての!」


 はぁ、と深いため息をつき、ザイフェルトは肩を落とす。

 そして、鉄の扉に拳を叩き込んだ。


「黙ってろつってんだろボケカスがぁッ!!」


 鉄門は、ゴゥン、と鈍い音を響かせる。

 ザイフェルトは、自身の拳を見て、数度手を握って、開いた。


「あー、痛いな。こりゃ本物の鉄か……」

「てめぇ、さてはバカだろ?」

「アベル、その辺にしておけ」


 あきれ顔のサルートルが、アベルの肩を後ろに引っ張った。


「おい、ザイフェルトとやら。見てのとおり、この村には鉄と石の防護壁がある。盗賊団も退くしかないだろう」

「そりゃあどうかなァ……」

「それに『嘘をつく理由がない』と言っていたが、お前たちの狙いは護衛料だ。それは……嘘をつく理由になるんじゃないのか」

「……かもしれねぇな」


 また沈黙が場を支配する。


「おい、塀の上のガキ」


 ザイフェルトは俺を指差した。


「お前はどう思う」

「どうって……」


 困惑している俺を見て、ザイフェルトは続けた。


「お前みたいな能力のあるヤツは、絶対に最初から狙われる。捕らえて奴隷に……そういうやつらだ」

「……それは、ヤだな」

「知ってんだぜ。この前の『鎧』……、一発だけしか使えねーんだろ?」

「……」


 一瞬の沈黙。しかし、それは答えているも同じだった。


「だったら大人しく――」

「俺たちを抜いて話を進めるな。結局、お前たちの目的は脅迫だろう」


 話を聞いてやる義理はない。声を上げたサルートルはそう言って話を終えようとする。


「とにかく、お引き取り願いたい。忠告はありがたく受けとるが、我々にはキミらの保護は必要ない」

「……こっちが下手に出てやったらよぉ……」


 明らかに、ザイフェルトがイライラし始めた。腕を組み、片足を何度も揺らしている。


「アニキ、もう構うこたぁありませんって! やっちまいましょうよ!」

「……」


 ザイフェルトが、ちらりと俺を見る。

 次の瞬間、彼の後ろで子分が次々と剣を抜き始めた。

 なんだよ、結局これか! これじゃお前らが武装組織じゃないか!


「そこのガキ」

「イツキ……名前はイツキだ」

「……イツキ。お前は冷静なようだから言うが、金で解決出来るんだぞ? お前からも、そっちにいるバカな冒険者たちに伝えてやってくれ」


 俺は、ちらりと門の内側を見た。全員、首を横に振っている。

 今度は、門の外側を見る。


「あー、もうアニキのバカ! 俺もうガマンできねえっす! ボコって分からせましょうや!」


 突然、中の1人が壁を剣でガンガン叩き始めた。

 ザイフェルトは「あーあ」と小さく漏らし、目を閉じた。


「時間切れだ。コイツらは俺よりもっと気が短い。交渉決裂。お前らは全滅だな」


 ふん、とザイフェルトが笑う。


「やっちまえ!!」

「っしゃぁああ!! 破壊だ! 全部ぶっ壊してやるっ!!」


 地鳴りのような男たちの咆哮が響く。すぐに各々が一斉に壁に攻撃をし出した。

 よく見ると、剣ではなくハンマーのようなもので崩そうとしていたり、中には魔法らしきモノを撃ち込んでいる者すらいる。


 なんだこいつら、完全に壁を壊しに来てるじゃないか。


 ザイフェルトは少し後ろに下がって、じっと腕組みをしてその様子を見ていた。


 だが、魔法対策はもちろんのこと、そもそもが石の壁だ。

 中に泥の層があるとはいえ、しっかりと組まれた石垣はそう簡単には壊れない。


「はっは~ッ! だから言ったろ!」


 ビクともしない壁の様子に、アベルはのけぞって天を仰いで笑っている。

 ザイフェルトは……。


 その表情は、まったく曇っていなかった。それどころか――。


「……笑ってる……?」

「もうやめとけ」


 ザイフェルトが号令を掛ける。


「この村の『防護壁』はマジモンだ。悔しいが、流石の俺たちも無理だろうな」


 台詞に反して、彼の顔は悔しそうに見えない。


「仕方ねえ……金にならねえなら、俺らは先に消える。後で後悔しても知らねえからな」

「へっ! 一昨日来やがれザコどもが!」


 ザイフェルトが、また俺を見た。

 なんだ? 何が言いたいんだ、あの目……。


「いいか、最後の忠告だ。奴らは7日後に来る。それまでに、せいぜい女子供くらいは逃がしておくんだな」


 ぺっ、とその場に唾を吐いて、ザイフェルトは踵を返す。

 それに従うように、ぞろぞろと男たちは森へと帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る