第14話 長命種
部屋に戻って、ベッドに体を放り投げる。
つまりこれはアレだ。外見変更系のMODの影響だ。
確かに、ふざけて外見を変えた記憶があった。
受け止めがたい事実。
悪い気はしないが、良い気もしない。
俺が『獣人』。
それよりも、さっきのあのアベルの目……。
「あぁ……恥ずかし……」
アイツからしたら、目の前の獣人が「獣人って種族はいるのか?」と聞いてきたんだもんな。
そりゃあなんて言っていいか分かんないし、哀れみの目にもなる。
俺は枕に顔をうずめて、足をバタつかせる。
「ぐうっ、はぁ」
ひとしきり恥ずかしがった後で、俺は改めて自分の体を確認することにした。
もう、これ以上恥ずかしい思いはしたくない。
普通の人間とどんな違いがあるのか、ちゃんと確認しておかないと。
まずは服を脱ぎ、風呂場にある鏡で姿を確認した。
体は人間のもの。手先や足先も人間と同じ構造だ。爪が少しとがっている気もするが、気のせいの範囲だろう。
さっき指摘された通り、耳は『ケモ耳』。犬か、猫か……そんな感じの三角耳だ。
それ以外の差は……。髪に埋もれた頭をペタペタ触る。すると、耳よりも前、目のちょうど真上くらいの位置に、小さなコブのようなものがあった。
ものすごく小さいが、これ、たぶんツノだ。
「ヤギとか羊のツノ……?」
耳は覚えているが、ツノなんて付けた記憶はない。
多分、ブロックがリアルになったのと同じ要領で、俺がこの世界に来るにあたって『現実化』が行われたときに、耳と一緒にツノも生えたのだろう。
摩訶不思議ではあるが、そんなふうに考えれば自分の体の変化にすら簡単には気付けなかった事も説明できる。
つまり、体が丸ごと『ついているのが当然』の状態に変わっていたから、分からなかったのだ。
あと、そうだ。獣人の定番といえば……尻尾。
お尻の割れ目の上、尾てい骨のラインに手をあてがう。
「あっ……ある……!」
と言っても、直径5cmくらいの小さな毛玉みたいなものだ。
「こんな事も気付かなかったのか……」
耳やツノは、がさつに頭を洗っていたら気付かないかもしれない。
でも、しっぽは気付くだろ、普通。
自分で、よく思い返してみる――。
騎士団が来た時。
修理をしている時。
ヤカラが来た時。
ヒョウドウの幻影と逢った時。
村に来た時。
ラウラと出会った時。
……いや、あったぞ?
なんだか自然すぎて気付かなかっただけだ。
……なんでだよっ!?
「俺、ケモ耳も尻尾も最初からあったんじゃん! う、うわぁあああああっ!?」
恥ずかしさと混乱で部屋をウロウロする。
ハッと気づいて、手のひらを見た。まさか、肉球があるとか言わないよな……!
ああ、良かった。人間そのもの……というか、現実世界の俺の手とほとんど変わらない。
……もしかしたら、それすらも自分で気づけないように『現実化』しているだけかもしれないが……。
そう考えると、なんだか怖くなってきた。
「獣人かぁ」
そんな事をひとりごちたとき、コンコン、と部屋をノックする音がした。
「イツキー? いるー?」
「ラ、ラウラ?」
「開けるよ」
「ちょ、ちょっと待て!」
俺は慌てて風呂場から出て、服を羽織る。
扉を開けると、そこにはラウラが、1冊の小冊子を持って立っていた。
「これ……参考になるか分かんないけど」
「……なにこれ」
「種族解説の本だよ。第3巻、獣人の特徴について……っていう」
「えっと、なんでこんなものを?」
「種族ごとの生活って少し違うからね。宿屋の主としては、彼らの住環境が気になる事もあるの」
表紙には、確かに様々な獣人が、様々なポーズで描かれている。
俺みたいにほとんど人間と変わらない見た目のヤツもいれば、動物に近い見た目のヤツもいるようだ。
「何か、思い出すかと思って」
「あー……ん、ありがと。明日の朝までには返すよ」
受け取って扉を閉める。俺はゆっくりと歩きながら、パラパラとページをめくり始めた。
◇◇◇
冊子から得られた情報はそこまで多くなかったが、どれも俺が知っておくべきものだった。
まず、もっとも重要だったことは、『内容が分かる』という事だ。
単語のような看板はあったし、日本語が通じているんだから文章が読める可能性も考えていた。
だけど、確信ではなかった。その疑問が解決したのは大きい。
彼らの文化は、まずプレイヤーが作った。だから日本語が通じる。
これは今後の情報を集めるのに、とても重要な事実だ。
……みんな、教えるの頑張ったんだろうなぁ。
さて次に、この世界には人間以外にも様々な種族がいるらしい。
その中でも獣人は特に変わり者が多い種族で、建築家やファッションデザイナーなど、クリエイターの比率が高いらしい。
獣人は長命種と短命種に分けられ、耳や尻尾だけといった人間に近い姿の獣人はエルフの寿命に近い。つまり、すごく長生きだ。
逆に、『立ち上がった動物』みたいな外見の獣人は短命で、2、30年程度しか生きられないらしい。
……だとしたら、俺は長生きできるのかもしれない。
確かに、俺と似た特徴の長命種の挿絵があった。詳細は書いていなかったが、たぶん、『現実化』の影響で、俺の種族はコレに書き換えられたのだろう。
ぱたり、と本を閉じ、ベッドに体を放り投げた。
さっさとこの本をラウラに返しに行ったほうがいいだろうか。
それとも――。
そんなことを考えているうちに、俺の思考は闇に溶けていく。
まあ、いいか。
村の人や冒険者たちは俺のことを受け入れてくれているみたいだし、記憶喪失ということにしておいてもらえれば、色々つじつまが合う。
俺が獣人だからと言って困ることもないだろう。
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