第13話 え、俺って〇〇だったの!?
俺の仕事は、日に日に順調さを増していた。
最初は「よそから来た変な男」だった俺も、2週間近く滞在していると皆慣れたものだ。
その間に、壁を直して増強し、石畳を張り替えた。
宿屋の壁も直したし、民家もいくつか修復した。
仕事の合間にヒョウドウが作り足した村を見て、「あいつらしいな」と妙な感慨にふけることもできた。
「ラウラ」
俺は、今晩のおかずである「何かの動物の肉をローストしたモノ」にフォークを突き立てる。
「まだ直すところはある?」
「う~ん、どうかな」
ラウラはお盆を抱えたまま、口をへの字にした。
見て回った感じ、ほかのところも手直しくらいは必要だろうが、大規模な修復が必要なところはなさそうだった。
しいて言うなら、建材を豪華にしたり、マンションを建てたりしてみたいところだが……。
この前のコブレンツとかいうやつがまた来たら面倒だし、やめておいたほうがいいだろう。
それに、もし塀よりも極端に高い建物を作ったら、魔法の目標になってしまうかもしれない。
そのせいで建物が崩れたら、村にも甚大な被害が出る。
それだけは避けたい。
「よぉ、ここの雰囲気には慣れたか?」
そんな事を考えていると、アベルが何の断りもなしに俺の前にドカっと腰を下ろした。
安心感がある……というほどではないが、なんとなく見慣れた光景だ。
「まあまあ、かな」
村人からの白い目は、作業を続けるうちに『好奇の目』くらいには変わってくれたのだが、相変わらず変人扱いは受けている。
「ま、お前は変わりモンだからなぁ!」
結婚して子供を作ったり、出稼ぎで都会に出て行ったり、またある者はこの村に流れ着いて住み着いて。
やがて、年を取っていく。それが、この世界の普通らしかった。
村人たちにレベルなどのRPG的な概念は無く……もちろん、プレイヤーの能力もない。
どうやらこの世界の人間は、NPCなどとは違う存在らしかった。
確かにラウラみたいな『ハーフエルフ』とか、ロークラには居なかったもんな。
「あ、そうだ。獣人とかドワーフとかって、どっかにいんの?」
「……は?」
ふと気になった。冒険者設定といい、ハーフエルフといい、この世界は完全にファンタジーだ。
なら、それ以外の異種族がいてもおかしくない。
「まあ、いるにはいるぞ。この近くには多くないがな」
「へえー。どんな感じ?」
「どんなって」
何を言ってるんだ? そういう顔で、アベルがじろじろと俺を見てくる。
そういえばこの世界では「そういう種族がいること」が常識なのだ。変な質問をしてしまった。
「そうだな……ドワーフは、背が低くて器用なやつが多い。で、大酒飲みで職人気質。他は人間と大差ない」
そこまで言って、アベルは酒を飲んだ。
「それで、獣人は?」
「獣人は耳や角、尻尾があるくらいだ。ちょっと五感に優れてるやつもいるが、あとは人間とほとんど変わらん。動物と会話できる……なんて眉唾物の話もあるが、たぶん嘘だ。見てる限りな」
ふぅ、とため息が漏れる。
そっちはあんまり違いが無いのか。ものすごい身体能力とかだと思ってた。
「あー、そういえば、エルフやら獣人は職人みたいな仕事をしてることが多いな。エルフだったら魔法具を作ったり売ったり」
「じゃあ、ラウラはハーフエルフとしては特殊って感じ?」
「さあ。俺ぁ学者サマじゃないんでね」
アベルは肩をすくめる。
「あと有名なものだと……獣人は……まあ、言い方は悪いが『変人』が多いな。モノの考え方が違うのかもしれねえ」
「この村は人間ばっかりだよね」
「ま、ここは辺境だしな。都会に行けば……それこそルグトニアの街中には獣人街があるぞ」
「ふーん」
……さっきから気になってたが、なんか、アベルの視線が刺さっている。
チラチラとかいうレベルじゃなくて、ガン見されてる感じだ。
いくらなんでも見すぎじゃない?
「何だよ? なんか顔についてる?」
「うーんとな……お前さ、やっぱ記憶が無いんだろ」
「ん……」
なんと答えればいいか迷っていると、アベルが先に口を開いた。
「何かのショックで記憶をなくす奴は時々いる。まあ、『プレイヤー神話』も知らないくらいだ。……ただの田舎者かと思ってたが、それなら仕方ねえ」
「……かな」
勘違いしてくれたようだし、それに乗っかろう。
「この世界での過去の記憶はない」のだから、一応合っているわけだし。
「元気出せよ」
アベルは立ち上がり、俺の肩をぽんぽんと叩いてどこかへ行ってしまった。
珍しい。アイツ、まだ飯も食べてないはずなのに。
別の所で酒でも飲み始めるつもりなのだろうか。
ラウラが飲み物を持ってきてくれたのは、それから3分ほど経ったあとだった。
「ちょっとイツキ。アベルから聞いたよ」
「え、何を?」
「……記憶喪失だって」
ラウラが椅子に座り、俺の顔を覗き込む。
「どこの村出身とか、家族はとか、本当の名前はとか」
「……名前がイツキってことくらいしか」
何もかも覚えている。でも、この世界でそれを言っても、また白い目で見られるだけだろう。
「じゃあ、思い出すまで、ここにいていいから」
ラウラの目は、深い慈悲に包まれていた。
俺は、思わず笑ってしまった。
「何笑ってるの」
「いや……助かるなと思って。ありがとう。居させてくれて」
そうはいったものの、なんか騙したみたいで後味が悪い。
それに、この村の修理が一通り終わったら、もっと世界を見てみたいというのもあった。
世界がどうなっているのか。俺が作ったものは残っているのか。
ここで、みんながどうやって生きて、そして――どうやって死んでいったのか。
「……イヤ、だった?」
「え?」
「ずっとここにいるの、イヤなのかなと思って」
「そういう訳じゃ……」
ただ、と、思わずその先を言いそうになった。
ラウラの好意をムダにするのも悪い。時が来たら適当にごまかして、傷つけずにここを出ていこう。そのほうがいいはずだ。
「ラウラって、時々俺の心が読めてるみたいだな」
「イツキは分かりやすいもの」
「そうかなぁ」
俺は視線を、目の前の飲み物からラウラに移す。
「ほら、今だって。水を飲みたいと思ったでしょ」
YES、まさにその通り。
「はいはい、流石は宿屋のベテラン店主ですね! 出会った時から、心が読めるのかなと思ってました!」
嫌味たらしく言ってみたら、ラウラの表情が曇った。
「いや……私じゃなくても、イツキはすっごく分かりやすいよ」
「そ、そんなに? 俺って、そんなにわかりやすい?」
「いや、だって、それ」
彼女が俺の頭を指差す。
振り返る。壁しかない。
「いや、それだよ、それ」
再び指を差されたのは、やっぱり俺の頭だ。
「頭がどうかした? まさか頭が悪い……みたいな……」
そんな事を言われたんだとしたら、マジでショックだ。
「違うよ。そうじゃなくて、ほら、触ってみて」
何を言いたいのか分からないが、言われた通りに上に手を伸ばす。
もふっ。
「へぁッ!?」
突然襲われた謎の感覚に、悲鳴を上げる。
なんだこりゃ!? ふかふかと柔らかくて、熱があり、ぴくぴくと動いている。
「お、俺の頭に動物が乗ってる!」
「何言ってるの。違う違う」
ラウラの目が笑っている。
「それ、イツキの耳でしょ」
「え!? はぁ!? いや、ちょ……ええ?」
困惑で、知性が下がっていく。
「動物? 耳? おッ?」
「あの……お、落ち着いて?」
「こ、これが落ち着いていられるかってんだ!」
触った耳が、ピンとまっすぐ天を指す。
あ、これ本物だ。
「つまり、これが俺の耳……ってコト……?」
「うん。考えてる事、全部耳に出てるよ」
「はぁ……んー……」
「記憶喪失だもんね……大丈夫、ゆっくり自分のいろんなことを思い出していけばいいよ」
ラウラはまた慈悲に満ちた目で俺を見つめると、にっこり微笑んだ。
「いっぱい、ご飯作ってあげるから。おかわりもしていいよ、獣人さん」
「……い、いただきます」
触ったままの耳がへたりと垂れた感覚がして、俺は手を離した。
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