第12話 聖王国騎士団


「あー、すみません……用事があるので」

「待てと言っているだろう!」


 ガシャリ、と鎧の男が音を立てて石畳へと飛び降りる。


「おいお前、コイツは」

「はい」


 彼の後ろには、さっきまでそこで門番をしていたはずの、サルートルが立っていた。

 かなり苦々しい顔をしている。ふーむ。どうやら鎧の男は『偉くて嫌なやつ』らしい。


「彼はイツキ……ただの大工です」


 サルートルが答える。ただの、と言われるのは心外だ。せめて「凄腕の」くらい言ってほしかった。


「大工! その身なりでか? 笑わせるな。腕など、枯れ木のような細さではないか!」


 アッハッハ! と、先頭の男が甲高く笑う。それに合わせるように、後ろを付き従っていた2人の甲冑も身を揺らした。


「ふん。ではイツキ」

「……はい」

「この村の防塞は貴様が作ったのか?」

「だとしたら、なんなんですか」

「質問に答えろ。貴様が作ったのか?」


 なんで、コイツはこんなに高圧的なんだ?

 なんだか、ちょっと腹が立ってきた。


「私が作りましたけど」

「そうか。では、誰の許可を得た?」

「許可? 許可っていうか……依頼を受けた、みたいな」

「誰が依頼したのだ」

「えーと、宿屋のアルトラウラさんですね」

「ほう……あの娘か……」


 甲冑の中で表情は見えないが、声色で分かる。俺も嫌な気持ちになっているが、コイツも相当キレている。

 後ろにいた男たちに目配せをすると、そいつらは宿屋へ向かって走っていった。

 あー、なんかヤバい気がする。


「……イツキとやら。この村はルグトニア聖王国の支配下にあり、我らが領である。こういった類のものを、勝手に造ってはならんのだ。もっとも、貴様のようなよそ者には分からんだろうが」

「ル、ルグトニア……!?」


 知ってるぞ、その名前!

 巨大城塞都市『ルグトニア』! 日本最大のサーバーであるCNR鯖の中でも、1、2を争う規模の空想建築だ!

 なんだよ、あそこも実体化してたのか……すげぇ、すげぇ! 見たい、見たあいっ!


「面妖なポーズを取るんじゃない。貴様に言う事はまだある」


 ……あれ。でも、だとしたら、どういう勢力図になってんの?

 この村は開拓中の地区で、マップでいえばかなり端の方だったはず。

 ルグトニアって、マップのド真ん中にあるんじゃ……?


「あの壁は、一両日中に取り壊せ」

「……? はあっ!?」

「聞こえなかったか。取り壊せと言っておるのだ」


 甲冑の男は高圧的に続ける。何を言ってるんだ、コイツは。


「私はルグトニア聖王国騎士団副団長、コブレンツ。私の命令は王国騎士団の命令であり、王国騎士団の命令は聖王の意志である。聖王に逆らうなら――」

「コブレンツ様、アルトラウラを連れて参りました」

「……ご苦労。アルトラウラ嬢」


 コブレンツは俺からラウラに向き直り、低い声で言った。


「お前がそこの男に命じて外壁を増築させたというのは、真か?」

「……はい」

「貴君は知っているはずだな。この地は自然と調和した形であるべきで、それを王国も望んでいると。それを斯様な石の塊を積み上げ――」

「ですが」

「――ですがではないッ!」


 コブレンツの怒声に、樹に留まっていた鳥が飛んでいく。


「アルトラウラ嬢。貴君が我々に変わり、この地の自治を手伝ってくれていることは、私も重々承知している。手荒な真似はしたくない」


 急に、優しい声を出す。だが、その本質は何も変わっていない。


「壁を、取り壊させなさい。もう一度言うが、王国騎士である私の命令は、聖王猊下のものと等しい」

「……」

「大工」

「……なんすか」


 元の村のままにしておくのが王国の意思。……それは大いに喜ばしい。

 しかし俺の中には、ふつふつと別の感情が湧いている。

 これは、間違いなく『怒り』だ。


「壁を取り壊せ。さもなくば、私はアルトラウラ嬢を逮捕し、王国へ連行しなければならない」

「そうすか」


 俺はラウラの顔をちらりと見る。

 大丈夫。彼女の瞳には、まだ抵抗の色が見える。

 俺の気持ちと、おんなじだ。

 よおし、急に勇気が湧いてきたぞ……。


「いいか! 壁を取り壊――」

「――だが、断る!」


 俺は素早くインベントリを開き、中から大量の布団を取り出した。

 そう、布団MODの『布団』だ。

 ツールや魔法が使えるなら、当然これだって使えるはず。


「おらぁっ! おやすみなさ~いっ!」


 コブレンツ目掛けて投げつけた布団たちは、本人にクリーンヒット。

 残った二人の騎士も、慌ててコブレンツに駆け寄り……三人まとめて布団に寝転がる事になった。


「あ、え!? な、なんだこれは!」

「いや~、どうですか? 俺の布団の寝心地は」

「ふざけるな、寝心地など分かるかっ! わ、私は甲冑を着ているんだぞ!」


 なんだか変なやりとりだ。しかし、布団MODのパワーは伊達じゃない。

 特定の手順を踏むまで、奴は横になったままだ。

 本来はモンスターやらを強制的に布団に寝かす、ある種ネタのようなMODなのだが……まさかこんなところで使えるとは思わなかった。


「さーて、どうしてくれようか」


 俺は近付いて、甲冑の外側を軽くデコピンする。


「人の腕を枯れ木呼ばわりしやがって。なにがルグトニア聖王国騎士団だ。その枯れ木さんにまんまと捕まってんじゃねーか」

「かっ、解放しろ! このっ……私にこんなことをして、どうなるか分かっているのか!」

「知るかっ! ……ん?」


 兜の面皰を上げ、そのご尊顔を拝む。


「あれ、顔真っ青じゃん」

「う、うるさいっ! いいから早くこのトラップを解除しろ! 命令だ!」

「寝っ転がりながらそんなこと言われても」


 コブレンツは、掛布団にしっかり手をかけている。布団にしっかりもぐりこんで寝るタイプのようだ。


「可愛い寝方すんだな、コブレンツ副団長」

「ッ~~!!」

「壁は壊さない。この前、山賊に襲われたんだ。村を危険な目には合わせられない」

「それは我々王国騎士団が……!」

「どうにかしてくれる? トラブったら30秒で駆けつけてくれる?」


 無理だよな? と俺はダメ押しした。


「どうしても王国……っていうか、アンタが認めてくれないっていうなら――」


 俺は、腰に手をまわした。


 今、俺のインベントリに武器は何も入っていないし、体にも何も装備していない。

 だって、これからパン屋のドアを直しに行くところだったんだから。


「わ、わかった! わかった! 今は認めよう! ルグトニア聖王国騎士団副団長の名にかけて、このアンサス村に防塞を設けることを承認する!」

「……分かってくれればいいんだ。ありがと」


 俺は立ち上がり、噴水の前のベンチに腰を下ろした。


「さあ、お前の要求は呑んだぞ! 早くこの布団を何とかしてくれ!」

「え、そんなこと言ったっけ?」

「はっ?」

「俺は村の壁を壊さないという、あつ~い想いを伝えた。副団長サマはそれを聞いて、感動に打ち震え、壁の設置を承認した。それだけでしょ?」

「な……ひ、卑怯だぞ貴様ッ!」


 俺はちらりと、コブレンツについてきていた冒険者たちへ目配せをした。


「コ、コブレンツ様……今日はもう帰りましょう……これ以上大声を出すと、村中の人間がこのお姿を見てしまいます」

「このまま帰れるか! 馬は! 税の回収は! そもそも、私は立てないのだぞ!」

「とりあえずわたしたちが荷台に乗せますから……それで、馬は一緒に連れていきます。税金は次回にしましょう?」

「う、うぉぉぉッッ!!」


 無念なのか何なのか、コブレンツが叫ぶ。


「副団長サマ、荷台に積むの手伝いましょうか?」

「……」


 彼はすっかりふてくされて、もう何も言わない。

 俺は一団が去っていくのを遠目に見ていた。

 布団MOD……効果抜群じゃないか。こんな事なら前回も、これを使っとけばよかった。


 ガシャン、と大きな音がして鉄扉が閉まり、また村に平穏が戻る。

 はぁ、と深くため息をついて、ラウラを見た。

 ラウラは俺の顔をじーっと見ている。


「何か付いてる?」

「何……今の……」

「あ」


 そうだ。彼女は布団MODの存在を知らない。というか、建築する所だって見た事がないのだ。


「て、手品?」

「……」


 彼女は疑念のまなざしを向けている。


「ごめん、パン屋のドア直してくる!」


 そうごまかして、俺は広場を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る