第11話 イベント・ホライゾン

 モルディアに手伝ってもらった南門のほかに、あとは東西の扉も制作する。

 本当はすべてバラバラのデザインにしたかったが、仕方ない。


 自動建築機が作っていく壁が時計回りに村を取り囲む間、まずは西側の壁の門扉部分だけを丁寧に削り取る。

 もちろん物理法則を無視できないから、なるべく上のほうから、ちょっとずつ削り取っていく。

 それから、扉の設置だ。

 同じ方法で、東も制作する。最後に、戻ってきた自動建築機が南門を壊さないうちに、停止。


 3時間程度の間に、立派な石垣と門ができた。

 我ながら、なかなかの効率である。


 一度宿屋に戻ると、冒険者たちは広間で談笑していた。

 さすがに日がな一日酒を飲んでいるわけでもないようだ。


「悪い。冒険者たち全員で、交代しながら門番をやってほしいんだけど」

「なんだ、門番? 門がないのにか?」

「作った」

「……あん?」

「ちょっとついてきてくれよ、アベル」


 困惑している冒険者の中から、アベルを無理やり引っ張り出して外に連れ出す。

 村の端まで行くと、そこには3メートル超の巨大な鉄の門と壁があった。


「え? ええ!?」

「俺が作った」

「ウソ、だろ?」


 アベルは何度も目をこすり、それから自分の頬をペシペシと叩いた。


「……イツキお前、何もんだ?」

「だから、大工だってば。凄腕の」


 そういって笑ったが、アベルはまるで恐ろしいものでも見るように俺をじーっと見て、すぐに宿屋へと戻っていった。

 少し待つと、ゾロゾロとみんなが現れる。


「バカ言っちゃいけねえ、そんな簡単に城壁やら鉄の門やらが――」


 そこで、冒険者たちの言葉が止まる。


「というわけで、俺はまだ壁の強化が残ってるから、警備お願い」


 クックック、驚いているな……?

 言葉も出ない冒険者たちを尻目に、俺はドヤ顔を見せたのだった。




 ◇◇◇




 さて、ここからが「魔法吸収装置」の組み込みだ。


 自動建築機のブループリントモードによる建築では、素材は一種類で、複雑な模様も作る事は出来ない。

 つまり、目の前にある壁は、いわば『巨大な岩』。


 そんな岩に、泥を組み込む必要がある。

 最初は壁を全部くりぬいてタンクに……なんてことも考えたのだが、泥は粘度が高いとはいえ、液体の性質がある。一か所を大きく壊されたら、流れ出して壊滅的な被害が出る可能性も否定できない。


 壁の上に登り、50センチほどの大きさの穴を地面まで掘る。そしたらまた50センチ離れて、また掘る。

 つまり、『互い違い』に掘ってゆく。横にもずらしてまた掘って……壁を上から見た姿は、まさに市松模様だ。


 その市松模様に少しだけ土を入れて、泥を注ぐ。


 うん。この構造なら、泥のマスを貫通しようとする魔法はシャットアウトできる。

 さらに泥に土を混ぜておくことによって、泥の流出を抑える効果も期待した。

 土には魔法を吸収する能力はないが、泥は仕様上、魔法を受け止められる。土が混ざっていても関係ないはず。


 互い違いに掘ったのは、壁の内部に隔壁を作るためだ。泥が一気に流出して防御力が低下しないための仕掛け、ともいえる。

 ラウラにした『地下室』の確認もそのためで、近くに巨大な空洞があったら、染み込んだ泥がそちらに一気に流れ込み、倒壊するリスクが出てくる。

 もちろん地盤の固さは確認済みだが、地下室は後から掘られたりしていたら、見ただけじゃわからないからな。

 壁の近くにそういう物が無くてよかった。


 この構造で、魔法は何とか防げる……ハズだ。

 実際に戦闘で使った経験はないから、これでどうにかなるという確信はないが、今は信じるしかない。


 効率よく作業を進めると、ほどなくして最強の壁を超える防壁、『イベント・ホライゾン』は、組みあがったのだった。


 俺は腕を回し、想像通りの姿になった『建築物』に満足する。

 正直、このあたりの雰囲気には似つかわしくない、仰々しい見た目にはなってしまったが、これで、例のヤカラさんくらいなら簡単に跳ねのけられるだろう。


 縁起でもないが、俺はまた、アイツと対峙してみたいとさえ思っていた。

 この城塞都市と化した村で、あいつの魔法をしっかり受け止めきれる。それを実証してみたい。

 だが、縁起でもないことは考えるべきじゃないと、頭を振って自分を納得させた。




 ◇◇◇




 鹿の脚亭には、どこか懐かしいにおいが漂っていた。

 醤油のような、食欲をそそられるにおいだ。


「あっ、イツキ!」


 裏口から入ると、厨房に立ったラウラが目を見開いて、こちらにずかずかと近付いてきた。


「え、なに、なになに?」


 ただ事じゃない様子に、俺は思わず後ずさりする。


「イツキ!」

「な、なんでしょう、アルトラウラさん……」

「オジーチャンから聞いたよ!」

「何を……」

「湖に行ったんでしょ」


 昨日の夜、オジーチャンを借りて、泥の採取に湖へ行った。

 ……って、オジーチャンから聞いた? 会話できんの?


「ちょっと、欲しい素材があってさ」

「素材?」

「ああ。建築用の……壁に必要だったんだ」

「そんなことより! 湖に行くなら先に言ってよ!」

「え?」


 ラウラが俺をにらんだまま、まな板を指差す。


「魚!」

「……はい?」

「魚、もっと欲しかった!」

「……あの、食材足りないってこと?」

「足りないわけじゃないけど……あの」


 ラウラの覇気が、急に弱まっていく。


「昨日、勢いに任せて3日分のお肉を使い切っちゃったから……」

「えぇ……それ俺、悪くなくね?」


 明らかにムッとした表情を浮かべる彼女を見て、「ごめんなさい」という言葉がつい口をつく。


「それで、壁はどう?」

「ああ。できたよ」

「……ねえ、冗談はいいってば」

「いーや、壁はできた。ついでに、でっかい門も」


 何を言ってるの。そういう表情でこちらを見る。


「ラウラちゃん、マジだぜ」


 声を上げたのはアベルだ。その声色は、真剣である。


「ずっと厨房に居たから分からなかったろうけど、オレらの中じゃ、さっきからその話題で持ちきりだ。なあサル助」

「うむ。イツキは口だけでは無かった……そういう事なのだろうな」


 それを聞いて、彼女のつぶらな目がゆっくり開いていく。

 俺を押しのけるようにして、ラウラは宿屋から飛び出していった。

 後ろを付いていくと、ラウラは壁際であたりをきょろきょろと見まわしている。


「……ホントに……完成させたの……?」


 鉄門の前では、冒険者たちが交代で守衛をやっている。その様子はランタンの明かりに照らされて、なんとも頼もしげだ。


「だから言っただろ? 我の手にかかればこの程度のこと――」


 ニヤリ、と口角が上がってしまう。


「朝飯前だ」

「あ、晩ご飯の続き、作んないと」


 弾む声で、ラウラが宿屋の中に帰っていく。

 あれ? 俺、今もしかしてかるーく無視された?


「……まあいいや」


 鼻の頭をこすると、泥が袖に移った。

 晩ご飯の前に、俺も風呂に入ってきたほうがいいな。




 ◇◇◇




 俺が一日で村の外壁を増強したことは、翌日には村中に知れ渡っていた。

 そりゃそうだ。朝起きて外を見たら城壁がありましたなんて、何事だって話にもなるだろう。


 当の俺はと言えば、今までの白い目なんて無かったかのように、子供には「すげー」、おばちゃんには「イツキ君」、おじさんには「兄ちゃん」、そう呼ばれて、なかなかチヤホヤされたものだった。

 残念ながら、この村にはラウラ以外に年頃の娘はいないようではあったが……まあ、それはいいだろう。


 それから、俺は自分の持てる力を惜しみなく使った。

 虚空からアイテムを取り出す俺を、村人たちは新種の魔法使いか何かだと思ったようだ。


 宿屋の壁も直し、民家も直し、農地もちょっと広くして。

 それから、『伝説の剣』がブチ込まれたままの石畳も直した。

 アベルは「ここを観光名所にしろ!」と言って聞かなかったが、問答無用で埋め立てた。ドンマイ。


 今日は朝から、パン屋の扉の立て付けが悪いということで、それを直す予定になっていた。

 ロークラ世界では立て付けなんて気にしたことなかったけど、やっぱり現実と一緒だから、そういうことも起こってくるんだろうな。

 もしかしたら柱も歪んでいるかもしれない。だけど、大規模に修繕しようとすると二階を解体してからじゃないと。

 ……重力の影響をモロに受けるのが、建築を難しくしている。

 とは言っても、この世界の住人が普通に建物を建てるのに比べれば、はるかに容易いわけだけど。


 宿屋を出てパン屋に向かう。

 途中、噴水の前に差し掛かった時に、馬がいななく声が聞こえた。


 音のほうを見ると、門を押し通ってくる騎士のような姿の男が3人見えた。

 その後ろには、アベルたちと似た装備の男たちを引き連れている。

 騎士護衛の任務を受けた冒険者といったところだろうか。


「どけ!」


 馬に乗った男たちの一団は、噴水の前にいる俺に向かって声を上げる。

 いや、どけっていうか……このまま噴水に突っ込む気なのか、お前ら。

 変な奴ら、と思いながら、俺は噴水の前を通り過ぎて、パン屋へとさらに歩を進める。


「……ん? 待て……貴様、見ない顔だな」


 うわ、このパターンは!

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