第10話 自動建築機と一括採取ツール
1階の広間では、デカい肉を囲んで飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが繰り広げられている。
俺はというと、ラウラからもらった村の地図を見て、巨大な図面を引いていた。
今までの建築は「いかに自然と調和するか」を大事にしてきた。だが、今回ばかりはそれを優先させていられない。
まずは、村の外とつながる東・南・西の道以外を、すべて囲む。
村は完全に外壁で守られている訳ではない。北側は、畑に害獣が侵入してこないように簡単な柵が設けられているだけだ。
あの辺りは俺の知らないエリアだから、おそらくはヒョウドウがやったのだろう。
さらに、今ある外壁には、ところどころに抜け穴的な境目が設けてあった。建築の時に決まった道ばかりを通るのが面倒というのもあって、建築を後回しにして近道代わりにしていた場所だ。
もともとアップグレードでここを埋めるつもりはあったから、ついでだな。
次に、石垣の高さ。
今は大体、1メートルから2メートル程度。不揃いだが味のある、悪い言い方をすれば防御壁としての機能が薄い壁だ。
これを、せめて3メートル近くまで積み上げたい。
本気で登ろうとしても、そう簡単ではない程度に高くする。さらに、最上段はネズミ返しのような機構も設けよう。
上には見張りを置けるようにして、まさに、城塞都市の壁のようなイメージだ。
最後に、門。
外壁がいくら立派になっても、出入り口が手薄ではどうにもならない。
今、下で大騒ぎしている冒険者に交代で警備して貰えば、24時間体制の監視が可能になるだろう。
「んで……」
正直、見た目も考なくていいとなれば、自動建築機を半日も置いておけば完成はする。
もちろん俺の美的センス的にはアウトだが、まずは攻撃を防ぐのが重要だ。
しかしそこで問題になるのは、あの男が使っていた魔法だ。
あの手の範囲魔法は、ほとんどのオブジェクトを通過してダメージを与える。ブロックにも貫通ダメージを与えるため、他人の建築物の近くで使うと……メチャクチャ嫌われる。
モンスターとの戦闘で使う場合は連発を前提にするらしいが……奴もその手を使ってくる可能性がある。
こんな事なら、魔法MODも触っておけばよかった。Wikiを読んでも実際に触ってマスターしないと、うろ覚えだ。
仕方ない、消去法で考えよう。……まず、上位の魔法MOD使いにありがちな「時空間をどうにかする」みたいなやつではなかった。転位系の訳がないし、デカい隕石を召喚するような物理的なものでも、水でも火でもなかった。そもそも、普通の魔法はあんなに激しく光ったりしない。
あるとすれば、雷か光。明るすぎてよく見えなかったが、電気のようなものが光の周りに渦巻いていた気もする。
……あ、そうだ、思い出した! ヒョウドウが昔、バグで大量発生したボス級MOBにふざけて飛ばした、あの技だ。あの時は20対2でダンジョンボスと戦う羽目になって、かなりヤバかった。あの魔法は雷撃魔法≪サンダー・クラスト≫。わざわざ叫んで連射していたから覚えている。
あの男が、次も同じ魔法を使ってくるかは分からない。だが、少なくとも雷撃の魔法を扱えることは間違いない。
雷撃魔法には……そう、サファイアが有効だ。
サファイアはに魔法抵抗があり、爆発に対する耐性もある。もし建材に使う事が出来れば、壁の強度は大幅にアップするだろう。
だが、サファイアの鉱脈に出会うまでにはかなり採掘しなくてはいけない。それこそ、地形が大きく変形するくらいに。
一括採取ツールを使ったとしても、サファイアが出てこなければ意味はないし、出てきたとしても……ダメだ。数が足りない。
それ以外に使えるものは……。
「泥……」
泥は、様々なダメージを吸収して無効化する特性があった。
だけど、具現化してリアルになった泥は、ほぼ液体だろう。壁の素材に練り込もうとしても、強度が下がるだけだ……。
コンコン、と部屋をノックする音があった。
「お~い! イツキぃ!」
「うわ、酔っ払い」
「邪魔するぞ」
「え、サルートルも!?」
入り口を見ると、そこにはいつもケンカしてばかりのアベルとサルートルが、肩を組んでケタケタ笑っていた。
「肉にヤバい薬でも盛られたか?」
「いいからいいから! お前来ねえから寂しくてよぉ!」
「迎えに来たぞ。ほら、行こう!」
アベルが、ぐんと俺の腕をつかんで立ち上がらせる。
「あ、ちょ、ちょっとぉ?」
引きずられるようにそのまま部屋の外へと連れ出され、階段を転がされ、広間の椅子に叩き込まれた。
「乱暴すぎる……」
「ほれ! 肉食え肉! ウダウダ考え込んでてもしょうがねえぞ!」
「ありがたいけど、今はそれどころじゃ……」
サルートルが、並べられたコップに、ぶどう酒を並々と注いでいく。
「ほら、今日くらいはいいだろう! あの賊もすぐには戻ってくるまい。考えるのは明日! 今日は楽しもう!」
……そうだ。その手があったな。考えてみれば当然だ。
「よし、サルートル! その手で行こう!」
「へっ!? 何だ?」
「おーい、ラウラ! この村の境界近くに、地下室のある家ってあるか?」
「ない……と思うけど……必要なの?」
「いや、無いほうがいい! ありがとな!」
俺はいても立ってもいられず、立ち上がって宿を飛び出す。
「なんだぁ、アイツ……」
後ろに呆れる声が聞こえて、俺は再び宿屋に顔を突っ込んだ。
「ラウラ、オジーチャンって背中乗っても怒んない?」
「え? ……うーん、オジーチャンに聞いてみないと……」
「分かった! 俺聞いとくわ! 乗れるならオジーチャン借りてくから!」
◇◇◇
日没が近かったが、俺はもうじっとしていられなかった。
無理やり跨ろうとする俺に、最初オジーチャンはイヤそうな表情を浮かべていたが、最終的には何とか背中に乗せてくれた。
手綱を持つと、オジーチャンは目的地へ動き出す。
俺とラウラ、オジーチャンが最初に出会った湖のほとり。
この近くで泥のありそうな場所は、あのくらいしかない。
さすが……俺が走るよりはるかに速い。大して時間もかからず、俺は湖にいた。
インベントリを開いて、一括採取ツールを装備する。そして、湖の底から泥を掬った。
ザバァァ……ン!
巨大な波が立ち、大量の泥が、一気に俺のインベントリに移動し始める。水かさは既に30センチほど下がっており、移動していく量の膨大さを物語っていた。
おまけに、砂や石も手に入っている。うん、これも後で使うから問題ない。とりあえず、今は大量の泥を集められれば。
「オジーチャン……俺のナイスアイディアを聞いてくれよ」
鹿ながら、俺の言ったことが分かるのか、ブルル、と唇を鳴らしている。
「なんだよ、聞いてくれよ」
頭を撫でてやると、ふいっと首を横に振り、その辺の草を食べ始めた。
「……つれないヤツ」
俺がオジーチャンとのほほんとしている間に、しっかり大量の泥が集まった。
あとは、これを持って帰って『コップに』注いでやればいいだけだ。
それから数刻、日がちょうど沈みかけた頃に、俺は宿へと戻った。
「遅えぞイツキ! お前の分の酒なくなっちまうからな!」
「構わない……それより、明日が楽しみだ――何しろ俺は酒を飲む前から、すでに酔わされているのかもしれない――自らの建築にな。それでは、ご機嫌よう諸君」
俺のセリフに、冒険者たちは誰も声を出せない。
一気に、視線がラウラに集まる。
ラウラがゆるやかに首を横に振ったのが、横目に見えた。
大丈夫。
明日には俺の言葉の意味が伝わるはずだ。
◇◇◇
「イツキ兄ちゃん!」
「モルディア……また来たのか」
俺が村の南で自動建築機を用意していると、モルディアがそばに寄ってきて、またキラキラと目を輝かせている。
「今日は何すんの! またあの服着る?」
「いや、今日はこの村をパワーアップする……昨日言った、<イベント・ホライゾン>作戦だ」
「カッケーっ!!」
……ノリノリなのに、なんだか、かえって調子が狂うな。
「今からこの機械を動かすから、近付くなよ。危ないぞ」
「うんっ!」
モルディアを少し遠ざけると、自動建築機をブループリントモードで起動する。
ブループリントモードでは、俺の設計図通り、村をぐるりと取り囲む形で3メートルの石垣を建築するように設定している。一時的に往来用通路もすべてふさぐが、これはすぐに壊せば問題ない。
その間に、ここに門扉を作る。実際に稼働するパーツは、自動建築機では設置できないためだ。
「はァ~……!」
モルディアが、ずっとキラキラした目でこっちを見ている。
「……作るの手伝う?」
「いいのっ!? やるやる! 俺も『最強を超える壁』作る!」
プレイヤー以外の人間に、クラフト能力はない。ここに来てから、俺は確信していた。
物を作る事が出来ないとか、建築する事が出来ないとか、そうわけじゃない。
手品のように虚空からアイテムを出し、何も無いところに家を建てる……そういう事が出来ない、というだけだ。
普通の人間に出来ることは、彼らにも出来る。建築も出来るし、道具だって作れる。
俺はロークラの要領で、門の外形を作った。空いた空間に鉄素材を埋めると、すぐにそれが具現化し、リアルな鉄の門が現れる。
鉄は貴重だが、今は仕方ない。
「え!? す、すげぇっ!?」
モルディアが目を丸くしている。そうだろうな。俺だって現実世界でこんなものを見たら、メチャクチャ驚く。
「何これ! 魔法?」
「違うよ。ほら、そこの上のとこ」
俺は門扉のてっぺんに、小さな木のピースを埋め込んでいた。
「あそこに絵を描いてくれ」
「絵? 意味あるの?」
「ああ。モルディアがこの門を最強以上にする、そのおまじないだ」
「わぁぁ!」
子供騙しだが……『子どもは騙せる』。……肩車してやると、モルディアは嬉しそうに何かを木に彫りこんだようだ。
「完成したか? ありがとな、モルディア」
「うん! こちらこそ、ありがとうイツキ兄ちゃん!」
彼はそのまま手を振って家へと帰っていった。いいことをしたような、そうでもないような。
自分で何か作るって、やっぱ楽しいんだよな。
走っていくモルディアの後姿を見て、俺はそんなことを思っていた。
振り返り門扉のてっぺんへ視線を向ける。
そこには小さな木のピースに、村を守った鎧の姿がデフォルメされ丁寧に描いてあった。
「……この門を最強以上に、か。本当にしないとな」
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