第9話 冒険者ギルド!?
「なるほど」
宿屋の広間で負傷者の手当てをしながら、俺はようやく、この村が置かれている事情を理解した。
「この村には、城塞としての機能が全くない。しかも大きい国から離れてる。だから、盗賊に襲われやすいんだ」
「そういうことだな」
サルートルはラウラに入れてもらった紅茶をすすりながら、ふう、と小さくため息をついた。
どこまで行っても、人間の敵は人間ってことか。
「これまでは盗賊といっても、人間から獣に成り下がったような奴ばかりで、大した強さじゃなかった。……だから正直、今日のやつは危なかった」
「俺様の『伝説の剣』のおかげだな! みんな、俺様に感謝するよーにっ!」
アベルが胸を張る。
……まあ、本当の所を言ったって、信じてもらえやしないだろう。
俺は、「すごいすごい」と適当に相槌を打つ。
サルートルは軽く咳ばらいをして、アベルの自慢を斬り捨てた。
「さっきも言った通り、俺たちはC級の冒険者集団だ。自惚れではなく、そこらの腕っこきより遥かに強い。しかし、今日のアイツ……あれは魔法使いだ」
「魔法使い……って、珍しいのか?」
「めったにいないな。冒険者のランクでいうなら、魔法使いの時点で全員C級以上の実力がある。アイツは、剣術も筋が良かった……B級でもおかしくない」
広間が、沈黙に包まれる。
俺は無知をいいことに、聞いた。
「あのさ、冒険者の階級って、なんの意味があるんだ?」
「……そうだな。イツキが知らなくても無理はない。簡単に説明すると、冒険者の等級はE級からSSS級まである」
「SSS級……じゃあ、C級は?」
「下から数えた方が早い」
サルートルは真顔で言う。
「だが、弱い訳ではない。『SSS級』や『S級』というのは、貴族が権威付けのためにつけている称号なのだ」
その顔は、皮肉な笑いを浮かべていた。
「S級以上には貴族しかいない。もちろん、実務なんて危険な事には手を出さない」
「なんだそりゃ」
「不満を言うものもあるが、『冒険者』という権威を維持するには、仕方のない事なのだ。彼らがS級を名乗るからこそ、冒険者という職の価値が落ちない」
「じゃあ、A級は?」
それを聞いて、アベルが横から顔を突っ込んできた。
「A級はなぁ、元々冒険者でバリバリやってたオッサン達が、働けなくなったころにやっとなるンだぜ」
「つまり……記念、みたいな?」
「いい得て妙だが、A級は『英雄』だ。戦闘で死ぬことは許されず、衰えるしかない。だから、高レベルの実務を行っているのは大半がB級やC級だ」
冒険者ギルド……ファンタジーではよく見る設定だけど、現実だと複雑な背景があるんだな。
「だがな、B級の大半は貴族の子飼いだ。そん中じゃ、俺やサル助みたいなのを雇うのが最高の選択って事になる」
「ふーん……冒険者って、どのくらいで雇えるんだ?」
もし俺が旅に出るとなったとき、護衛として付いてきて貰えれば心強い……。
この宿には常に10人を超える冒険者がいる。一人当たりの金額だけでも知っておきたい。
「おっ、いいところに気付いたな。お前が想像するより高ぇぞ。だが……俺たちは冒険者だ。普段はまともなものを食えず、その金を稼ぐために冒険者をしてる」
「そうだ。お前も知るとおり、住む所と飯はとても重要なのだ」
「えっと……もしかしてみんな、俺と同じ立場?」
「「正解だ」」
サルートルとアベル、それに周りの冒険者たちの声もハモる。こりゃあ仲がよろしいこって。
「俺たちは衣食住の世話を受ける代わりに、タダで警護を請け負っている」
「で、暇な時は住人の手伝いもする。これが酒代だな」
効率がいいっちゃいい暮らしだ。
「でも、そんなC級に匹敵する奴らが、なんで盗賊まがいの事なんかしに来たんだろ?」
その問いには、誰も何も答えなかった。
「……みんな、なに黙ってるの」
部屋の奥から、ラウラが声を上げる。
「C級だかB級だか知らないけど、とにかく今は追い返せた。それで良かったでしょう!」
誰も、何も言わない。
「……はぁ……まったく。今日は昼からパーッと肉祭り! さっさとシャワーを浴びて、30分後にここに集合!」
「は、はいっ!!」
ラウラの突然強くなった口調に、冒険者たちは慌てふためいて一斉に部屋へと戻っていく。
嵐が去った後の広間には、俺とラウラだけが残された。
「……イツキ、聞いていい?」
「なんだ?」
「この前、壁を強化してたって言ってたよね」
「うん。……それが何か?」
ラウラがゆっくりとこちらに近付いてくる。同時に、声が小さくなっていく。
「あれ、本当?」
「……もちろん、本当だ」
「じゃあ、今日壁の修理が終わったっていうのは?」
「それも本当」
「外の壁、ちゃんと『無欠の鉄壁』<グレイテスト・ウォール>になってる?」
あ、伝わってたのか……ちょっと恥ずかしい。
そんな事を言おうかと思ったが、ラウラの声はあくまで真剣だった。
……俺も、真面目に返そう。
「いいや。先に直せって話だったから、途中からはただの壁になってる。今までと同じ、ただの石垣だな」
「最強に、できる?」
彼女がぎこちなく笑い、声を震わせる。
「嘘でもいいからさ」
「……それは無理だ」
世界の外から来た俺には、まだ実感できていなかったものがあった。
それは死の恐怖もそうだし、みんなの期待や不安もそうだ。
……そういったものすべてが、まだ仮想現実の上にあるような感覚だったのだ。
だが、目の前で微かな望みを託す少女を見て、俺の中に、ふつふつと湧き上がる感情があった。
「どうして――」
「それは!」
彼女のすがるような言葉をさえぎって、大声を上げる。
「このイツキ様が仕上げた壁は、最強をも超える! 『無欠の鉄壁』を過去のものとし、時空をも捻じ曲げる『理を逆巻く断崖』<イベント・ホライゾン>! 安心しろ! この壁が、バンディットなどに臥すわけがないッ!!」
「……イツキ……」
この俺の言葉に、ラウラが震える。
「さっき……魔法が直撃してたもんね……いっぱいお肉食べて、明日からもまた頑張ろう……!」
彼女は目に浮いた涙を拭いながら、厨房へと走っていった。あれ……? なんか、誤解されてる?
「えっ、ちょ、ちがっ……俺は元気だ! 健康そのものだ!!」
多分、というか確実に、あらぬ誤解を与えたな……。
俺はがくっと肩を落とした。
◇◇◇
とは言え、いつまでも落ち込んでいる暇はない。
今はまだ、昼を少し過ぎたくらいだ。壁を強化する時間は十分にある。
さすがに今すぐ戻ってくるとは考えにくいが、早くやってしまうに越したことはないだろう。
ラウラが怯え、俺に頭を下げた理由。
それは、「もう一度あの男たちが戻ってきたら、今度こそみんな無事では済まないかもしれない」そういう恐怖だ。
俺もそう思う。数日以内にまた来られたら、今度は凌げない。そうなれば冒険者たちは殺され、ラウラは浚われてしまうかもしれない。
ポジトロンスーツの充電残量は、ゼロ。
充電するにはMODの上級設備が必要不可欠で、今すぐには回復出来そうにない。
相手は屈強な男。格上なうえに、人数も多い。
対して俺は、ただのゲーマーだ。俺自身には何の力もない。
だが。
建築ガチ勢には、建築ガチ勢なりの意地がある。
俺は再び『グレイテスト・ウォール』改め、『イベント・ホライゾン』計画を前に進めるために、村の外壁の前に立つ。
現在の壁の高さは、ギリギリ人の首から下が見えない程度。
とりあえず積んでおいた石垣……と言った風情が、素朴で平和な村をイメージさせる。
この辺も全部、俺の設計ではあるんだけどさ。まさか盗賊に狙われる「弱そうな村」になるなんて、思ってなかったよ。
『グレイテスト・ウォール』では、この外壁の高さはそのままに、ただ新品にして強化するという計画だった。
ここからが、『イベント・ホライゾン』計画。とりあえず背を高くして隙間もなくし、外界と断絶させたうえでカッチカチ。これだ。
ギミックの組み込みなどは、後から付け足しても間に合う。
すでに作ってある分はひとまず置いておいて、「先に直せ」と言われたところから、改修再開だ。
「なあ、兄ちゃん!」
気合を入れた所で、急に声をかけられて振り返る。そこには、この前の少年がいた。
確か名前は……。
「モルディア、だっけ……」
「母ちゃんには嘘だって言われたけど、実はオレ、見たんだ」
少年は俺の質問に答えず、足元に近付いて俺を見上げた。
「あのさ! あのさ! こわい顔のおじさんが来たとき! 兄ちゃんの着た服、光を跳ね返しただろ!」
「あ、いや……」
キラキラ光る眼の視線が飛んでくる。俺は苦笑いをした。
おそらく、アイツが放った魔法をポジトロンスーツが吹き飛ばした瞬間を見たのだろう。それか、『伝説の剣』を、地面に叩き込んだ瞬間か……。
「きゅうにグレイテストなんとかって言うからヤバい人だと思ってたけど、よく考えたら……にいちゃん、魔法使いなんだろ!?」
「そ、そう思う?」
「そうだよ! すげーよ! ねえ兄ちゃん! 俺、大人になったら兄ちゃんみたいになれっかな!」
「……ふん……」
ヤバい。こんなに持ち上げられたら、中二の血が騒ぎまくる。
「我のようになるなど……やめておいたほうがいいぞ……」
「なんでなんで!」
「過去の業を背負い……それでも自らの意志では止められぬ飽くなき欲望に突き動かされ――」
そうだ。止められない欲望に突き動かされて。
……俺は。
「に、兄ちゃん?」
「ふん。とにかく、やめておけ……平穏な暮らしが一番だ。孤高は孤独……誰にも理解されぬ一人旅よ……」
「……なんか……カッコよく見えてきた!」
うむ。無垢な子どもを洗脳してしまったようだ。
「ほら、とりあえずお母さんのところに戻って、『イツキはちゃんとした人だった』って言ってきて」
「は~いっ! ……我をこの世に生み落とした存在に伝えてくるっ!」
モルディアが駆け出していく。小さくなる背中を見つめて、俺の心の中に、彼の将来に対する深い不安が広がっていった。
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