第8話 プレイヤーの力

「だ~か~らぁ~」


 宿屋を出て少し探すと、村の入り口近くで、冒険者たちが目つきの悪い男らと対峙していた。

 邪魔にならないよう家の影に身を隠し、様子を伺う。


「俺たちゃ、お前らがぼーっとしてる間に、ここらの魔獣をぜーんぶ退治してやったんだぜ?」

「兄貴に何回言わせる気じゃタコ!」

「そうだそうだ!」


 うーん、絵に描いたような『ヤカラ』さんだ。

 にしては、言ってる事は平和だな。


「まず、この村を守ってやった警護料。そんで、モンスター退治の『お駄賃』。これ、しっかり払ってもらわないと」


 平和じゃなかった。これは、みかじめ料ってやつか。


「貴様らが勝手にやったことだ。村には関係ない」

「あ~、いいのかなぁそんなこと言っちゃってさぁ」


 一歩前に出たサルートルの頭を、山賊のような身なりをした大男が、ポンポンと叩く。


「可愛いお顔がぐっちゃぐちゃになっちまうぜぇ?」

「気やすく触るな。臭いが移る」

「ッ……!」


 一瞬で、山賊の顔が真っ赤に変わる。


「兄貴! やっぱコイツらぶっ殺しましょう!」

「落ち着け。お前がクセェのは事実だ」

「がはッ!?」

「……なあ、冒険者さんたちよォ。俺たちは別にアンタらと争いてぇわけじゃねえんだ。金さえもらえりゃ文句言わねえ。なぁ?」


 つーかよぉ、と『兄貴』が笑う。


「そもそも、魔獣退治はオタクら冒険者の仕事だろ? んじゃあ、その代行料も貰わねえといけねえよな?」


 そうか、敵が居なかったのは、冒険者が退治していたからだったのか。


「ギャハハハ! そうだそうだ! てめぇら能無しの代わりに俺らがやってやったんだ! 金払え!」

「黙れ! 俺たちゃC級冒険者だ! お前らなんかよりずっと――」

「C級? それなら兄貴はS級かそれ以上だぜ! 冒険者制度なんて前時代の称号にすがるとは、情けねぇな!」

「そのとおり、冒険者はザコばかりだ。そんなだから、俺らが出張る羽目にもなるのさ」

「このッ……!」

「アベル、安い挑発に乗るな」


 山賊たちの目が、暗く光る。


「んで、どうする? 金払うのか、払わねえのか。……ハッキリしろ!」

「金は払わない。当然だ」

「……そんじゃ……好きにさせてもらうわ!」


 『兄貴』の号令に合わせて、山賊たちが冒険者たちに飛び掛かる。

 それに合わせて冒険者たちも抜刀し、応戦する。


「ヤバっ……これマジの戦闘じゃねえか……!」


 俺は慌ててインベントリを開く。だが、武器らしい武器はない。


 ガイン、ガギン、と激しい音が鳴り響く。火花が散る。

 中には傷を負い崩れている冒険者もいる。


「このッ……なんだこいつらっ……!?」

「はんッ! C級? 笑わせる!」

「バカにっ……しやがってぇっ!!」


 アベルが思い切り押し返し、切り付ける。

 切っ先が親玉の鼻先をかすめた。

 振りぬいたその先に彼の右肩がある。剣先が、そこへ――。


 直前、誰かが体当たりをした。

 ドン、と強い衝撃が、『兄貴』を横へと弾き飛ばす。

 ギリギリで剣先が逸れ、アベルの服だけを切り裂いた。


「サル助!」

「油断するな脳筋! 実力者だ!」


 サルートルが弓矢を構え、射る。飛んだ矢を完全に見切った山賊は、筋を避けて矢を叩き切った。次の瞬間――。


バシュウッ!


 ――花火の打ち上がるような音が響き、空に一筋の白い雲が現れた。

 思わず全員の手が止まり、冒険者は後ろに飛びのいて距離を取る。


 何かを発したのは、親玉だった。


「これを見ろ! 何か分かるな!?」

「……貴様ら……賊のくせに魔法まで……」

「はッ、だから言っただろ。お前らはザコだと」


 彼の指先に、光が集まる。

 そしてそれは、冒険者たちに向けられていた。


「もう一度聞かせてもらう。金を払うのか、払わねえのか」

「……払わないと言ったら」

「はッ! 教えてやるギリはねぇ」


 光が大きくなっていく。


「答えろ! 払うのか、払わねえのか!」

「やめて!」


 突如、俺の後ろから声がする。ラウラが両手いっぱいの銀貨をもって、宿屋から走ってきていた。


「お金ならここに!」

「ラウラちゃん! ダメだってこんな奴らに!」


 アベルの声を押しのけて、彼女が山賊たちの目前に立つ。


「……これだけあれば、足りるでしょ」

「ちったぁ物分かりのいいヤツもいるじゃねえか」


 男の指先から、閃光が消えていく。


「お嬢ちゃんが、こいつらの雇い主かな? ハーフエルフか……ふぅん」


 彼の口角がぴくりと動き、後ろの男たちに目配せをする。


「残念だが、ちょーっとばかし足りないみたいだ、嬢ちゃん」


 数人の賊が足早に駆け寄り、ラウラの体を捕まえる。


「やっ、ちょっと放して!」

「足りねえ分は、嬢ちゃんで払ってもらおう……いいだろ、ザコ共」

「いいわけねえだろうが!」


 アベルが一歩踏み出して、大きく切りかかる。油断していた山賊の腕をかすめ、ラウラはそのまま地面に放り出された。

 素早くサルートルが転がり込んでラウラを抱えると、宿屋のほうへと逃げていく。


「ったく、これだから雇われモンは……」


 『兄貴』は眉間にしわを寄せ、再度指先に気を集中させる。今度は、指先の光がどんどん大きくなる。

 マズい! 細かくは分からないが、アレは多分、アルスノヴァの範囲攻撃魔法だ!


「クソ……!」


 何かないか!?

 再度インベントリを探し――そうだ、これだ!


 俺はすぐに、インベントリからポジトロンスーツを取り出す。ミニチュアサイズで取り出されたそれは、念じるだけで全身に装備された。

 近くの棒を手に取り、前へと駆け出す。


「待て!」

「ん……なんだお前、そのカッコ……」


 親玉の顔を、青白い光が照らしている。


「これ以上……村に危害を加えるな」


 ここは俺たちが作った村だ。思い出の場所だ。

 そして、今は村人の故郷でもある。


 だから、精一杯の虚勢を張らせてもらう。


「それ以上やるなら、お前らを倒す!」

「……は?」

「知ってるだろ、この装備。ポジトロンスーツだ」

「なに、ポジ……何? 知らねーよ」

「し、知らないわけあるかっ!」

「うるせぇ!」


 あ、駄目だ。こいつら、たぶん本当に知らない。

 この世界の住人だったら、もしかしてロークラの装備の知識があるのでは――そんな淡い希望は消えた。


「あとな、頓珍漢なこと言ってるとこ悪いが、手に持ってるそれァ、なんだ?」

「何って……」


 見るとそれは、棒きれですらなかった。そこら辺を掃除するための、ただの竹ぼうき。


「……今は話し合いの途中だ。お掃除がしたいなら後にしな。それとも、お前があの女の代わりになるか?」

「兄貴ィ、俺ァ女のほうが好みですぜ」

「黙ってろバカ野郎……おいクソ坊主! 分かったら、とっとと下がれ!」


 俺は、じっと男の顔を見た。


「お前の魔法は、人体や動物を貫通してダメージを与えるものだろ」

「……ほう?」

「もちろん、物理的な被害も出る……つまり、建物だって壊せる」

「そこまで分かってるなら、なおさら避けておいた方がいいんじゃねーか?」

「だから言っただろ。村に危害を加えるな」


 はんっ、と男は軽く嘲笑った。


「じゃあ、まずお前から――」


 男が手を振り下ろす。


 分かってる。ポジトロンスーツのエネルギーが十分にあるなら、こんなものは防ぐ必要すらない。

 だけど、今の残量は小数点以下。ほぼ0だ。だから……ほんの少し。ほんの少しでいい。

 コンマ数秒だけでも、使えてくれポジトロンスーツ!


 俺はほうきを構えて、突進した。


「おぁらああああッッ!!!」


 ほうきを持った右手を差し出して、男の放った魔法の軌道を変える!

 あとは野となれ山となれだ。


「バカ野郎! イツキ!」


 誤算は、アベルだ。

 俺が無謀な戦いを挑んでいると知り、飛び出してきたらしい。


 俺が伸ばしたほうきと魔法の間に、アベルの突き出した『伝説の剣』が挟まる。


「何してんだおっさんッ……!」


 ほうきが剣に当たる。

 ポジトロンスーツの力を加えたほうきの一発は、目の前の魔法なんかよりはるかに激しい閃光を放って、剣を吹き飛ばした。

 魔法は歪んで消し飛び、剣は弾丸のように地面に突き刺さる。手に持っていたほうきも、一瞬で砂塵のように消えていた。


 ヤバッ、どんな威力だよ!

 そんな台詞が、頭の隅をかすめる。次の瞬間、衝撃波が俺の髪を後ろへと引っ張った。


「ぐあぁぁッ――!?」


 ならず者たちが、冒険者たちが。風圧で後ろへと倒れる。

 爆心地にいる俺は、そのままゆっくり地に足を付け、瞬間、静寂を聞いた。


「な、なんだ、今の……あ、兄貴! 兄貴のですよね、今の!」


 山賊が数人、ゆっくり立ち上がりながら、「やってやりましょうよ!」などと口々に言っている。だが、その声は一様に震えていた。


「……帰るぞ。興が醒めちまった」


 男は、俺に背を向けた。


「そんなァ、兄貴! せめてあの女だけでも!」

「帰る」

「兄貴ぃ……!」


 文句を言いながら、男たちは小走りに村を去っていった。


 俺はそこまで見届けて、ようやくその場にへたり込む。


「たす……かったぁ……」


 今までは魔法なんて、喰らってもゲーム上のことだった。生身で食らいかけるとあんなに怖いのか。

 でも、ポジトロンスーツのおかげで痛みはまったくない。

 その代わり、強烈な恐怖が襲ってきている。


「おい、イツキ! すげえな!」

「ああ……これ、ポジトロンスーツって言って――」

「見ただろ! これが伝説の剣、奇跡の力だ!」


 アベルは立ち上がり、ドヤ顔でこちらを見下ろし、手を差し伸べている。

 そうか……そうだよな。こうなるよな。


 傍目には剣がすごい勢いで魔法をはじき、吹っ飛んだように見えたようだ。


 手を取って起き上がり、はしゃぐアベルや冒険者を尻目にポジトロンスーツをインベントリに戻す。

 壊れた石畳を見ると、吹き飛んだ剣は20メートルほど吹っ飛んで、見えないほど深々と石の地面に突き刺さっていた。


 引き抜くのも大変だが、……この石畳、直すの難しいだろうな。


 なんせ、何十年、何百年とすり減ってきた風合いがある……少し穴を埋めるだけならともかく、こんなに欠けてしまっては、再現するのは至難の業だ。

 特に、こんな風にリアルな世界では。


「どうした、壊れた床なんか見つめて。そこの剣が欲しくなっちまったか? まあでも、アレはなかなか高いからなぁ。ただの旅人にはもったいないかもしれん」

「確かに、すごかったな」


 俺はうわの空で返事をしてから、冒険者たちを見た。


「……そうだ、ラウラは」

「無事だ」


 戻ってきたサルートルが手を挙げた。

 肩から、力が抜けるのが分かる。


 ふと、インベントリを覗く。ポジトロンスーツのバッテリー残量は、今度こそ完全にゼロになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る