第24話 兵器MOD

 鹿の脚亭の広間には、大量の料理が並んでいた。さらに料理の乗ったテーブルは広間から出入り口を通して村の大通りにまでつながっている。

 多くの村人が協力して、ちょっとした祭りの様相を呈していた。

 冒険者たちは昨晩からぶっ通しで酒を飲み続けている。ベロベロになって酔いつぶれて、そこらで適当に寝ているものもいれば、次から次へと酒を飲んでも少しも顔が変わらない奴もいる。


 俺はというと、ラウラの手伝いもせず、部屋からぼーっと窓の外を眺めていた。

 ひしゃげた鉄の門は、ザイフェルトたちの攻城兵器で破壊されたもの。

 砕けた一部の石壁も同じだ。


「はァー……」


 使っちまった。兵器MOD。

 あれだけ『二度と使わない』と心に決めていたのに。


 確かに、あの場面でアイツを使わなきゃ、俺は確実に拉致されていた。

 そのあとどうなるかは分からないが、どうせロクなことにはなっていないだろう。


 だけど。


 頬杖をついて、視線を下に落とす。


「……仕方ない、か」


 ここは、俺とヒョウドウが作った村だ。

 他人の建築ならともかく、ここなら直せる……村人達だって、気にしてはいない。

 だから結果オーライ、そんなふうに自分を納得させる。


 コンコン、と部屋をノックする音が聞こえた。

 こちらが返事をする前に、ラウラが部屋に押し入ってくる。


「あーっ! やっぱりここにいた」

「えっと、返事するまで待てない?」

「待てないよ! だって、主役がいないんだから!」

「主役って、俺はただの大工で――」

「はいはい!」


 ずかずかと近付いてきて、腕を引っ掴まれる。


「ちょ、ちょっと!」

「みんなイツキを待ってんの! 何しょぼくれてるの」

「しょぼくれてなんか……」

「ん!」


 ラウラは鋭い目つきで俺をにらみ、頭の上を指さした。


「はぁ……この耳……!」


 触らずとも分かる。どうせヘタれているのだ。


「イツキはただの大工じゃない。天才大工、でしょ?」

「……まあ、そうだけど……」

「謙遜するかと思ったら、全然しないんだ」


 彼女は呆れたようにつぶやいて、それから小さく笑った。


「とにかく、今日は村の存続記念! イツキのおかげで平和は保たれたんだよ」

「いや……」


 俺が来なければ、村はもっと平和だったかもしれない。

 なにせ、ザイフェルトがあんな兵器を持ってきたのは、俺の作った壁が原因なのだ。


「はぁ、もう」


 ラウラの平手打ちが、バシンと背中にクリーンヒットした。


「ッおぉッ!?」

「いつまでもウダウダ言ってないの! ご飯食べて、元気出して!」

「は、はいっ!」


 ラウラの強い語気には、なぜだか従わざるを得ないような強制力を感じる。

 俺は彼女の手を振りほどくように、階下へ向かって走り出した。




 ◇◇◇




「おお、イツキ! 来たか! 遅かったじゃねえか!」

「ちょっと、離れろアベル! 酒臭いって!」

「ァんだぁ? このアベル様が酒臭くて、なァにがいけねえってんだよぉ!」

「おい、サルートル! ちょっとコイツなんとかしてくれよ!」

「すまない。私も面倒事はごめんだ。自分で頼む」

「お、俺が主役じゃなかったのかよッ!!」


 大皿に乗った数々の料理。

 何日も籠城戦をするつもりで、ラウラが備蓄してくれていた食料を使った料理らしい。


「イツキちゃぁ~ん! アンサスの救世主だぁ~!」

「は・な・れ・ろッ!!」


 俺はというと、デロデロのグデグデに酔っぱらったアベルに捕まって、ぎゅうぎゅう抱き締められている。

 ほかの冒険者たちは、その光景を見て笑っているだけだ。


「誰か助けてくれよっ!!」

「恥ずかしがんなって! 男と男の熱い友情だろぉ?」

「友情を強制すんな! 酒が抜けてからにしろ!」


 俺はなんとかアベルを引きはがすと、ようやくイスに腰を下ろした。


「はぁ……ったく……」

「お疲れ様」

「よくも見捨てたなサルートル」

「君子危うきに近寄らず、だよ」


 サルートルはワインを傾けて、ほんのり赤らんだ顔でほほ笑む。

 どうやら、この世界には『ことわざ』まで伝わっているらしい。


「イツキ。悪いんだが、また鉄扉と石垣を直してもらえるか?」

「ああ、もちろん。半分は俺が壊したようなもんだし」

「……何を気に病んでいるか分からないが、君は村の英雄だぞ」


 アベルとサルートルは、あいつらが吹き飛ばされる様を宿の外で見ていたらしい。

 彼らにしてみたら、俺がヒーローに見えているのかもしれない。


「……ちょっと、夜風にあたってくる」


 俺は大皿からチキンらしき肉を1ピース取って口に放ると、立ち上がって外へ出た。


 涼やかな風が、頬を撫でる。

 昨日あんなことがあったばかりとは思えないほど、空気は澄み、穏やかに時は流れていた。

 村人たちも冒険者同様、ラウラの食事の提供を受け、酒を飲んでいるものもいる。


「兄ちゃん!」

「あ、君は……モルディア! 無事だったんだな」

「当然! 我を傷付けることなど、なんびとたりとて――」


 横に立っていた婦人が、モルディアの頭をゴチンと殴りつけた。


「いだッ!?」

「まーた変なことばっかり言って! ごめんなさいね、うちの子最近変なんですよ」

「あ、あはは……」


 俺のせいだと知ったら、俺もまとめて殴られそうだな。


「モルディア」


 俺はかがみ、彼の耳にぼそっと小さくつぶやいた。


「モルディアが手伝ってくれた門、吹き飛んじゃったからさ……明日、また直すの手伝ってくれよ」

「――わぁぁ……」


 彼の瞳がキラキラと輝く。

 そして、ポーズを取ってこちらをキッと睨んだ。


「ふ、ふんっ、待っておれイツキ! 明日は我が貴様を手伝ってやろう。だが、貴様もやがて我が門下に加わッ――」


 ゴチンっ!


「わあっ!?」

「だから! その変なのをやめなさいって言ってるでしょ!」

「ほ、ほどほどに……ね?」

「まったく……誰に影響を受けたんだか!」


 背中に釘を突き立てられたような錯覚に陥りつつも、俺はなんとかその場を後にした。

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