第6話 解釈変更

「これが、『プレイヤー神話<クラフターズ・ローグ>』だ」

「こんなこと言っちゃアレだが……オメエ、母ちゃんいねえのか?」


 アベルの視線が突き刺さる。

 俺は半笑いで、「ああ、そんな話もあったね」と言わんばかりの表情をした。もちろん、聞いたことなどないのだが。


 つまりこの世界では、様々なMODを使って建築をしていたロークラのプレイヤーが、世界を作った神『プレイヤー』として語り継がれている、ということだろう。

 次世代に伝えた――そうヒョウドウの幻影も言っていた。


「何なら、俺たち冒険者の始祖ギルドだって、プレイヤー達が作ったって話だぜ?」


 『冒険者なんていかにも』なんて思ってたけど、まさかの冒険者システムを作ったのもプレイヤー?

 ウソだろ……自分で異世界ファンタジーを作り出したってのか。


 ……俺も一緒に参加したかったよチクショウ!


「んでよぉ、コレ」


 アベルがニヤっと笑って、背中の剣を引き抜いた。


「これがそのプレイヤーと同じモデルの剣なんだよ」

「はァ……また始まったよ、アベルの剣自慢」


 サルートルは俺の背中をトントンと叩いて「聞き流せ」と耳打ちする。


「プレイヤー仕様と同じ剣が今でも作れるってのもスゲぇ話だけどよ、コイツは斬れ味抜群、リーチも充分、おまけにこのブツでこの軽さときてやがる」


 立ち上がり、軽く振り回す。

 ブンブンと空を切れる音がする。

 当然、こんなもの食らったら死ぬ。凍死するなら、剣でだって死ぬはずだ。何より俺の直感が「ヤバイ」と言ってる。


「こいつは縁起物でな、プレイヤーの加護で1度だけ奇跡が起きるってのは有名な話だ。冒険者じゃないにしても、そこらの野犬をぶん殴れるくらいの武器は用意しておくべきだぜ。コイツはちと高いが……短剣だって十分だ。……おっとっと」


 どしゅっ、と鈍い音がして、目の前のテーブルに剣がめり込む。アベルは剣を取り落としていた。

 分厚い木のテーブルは裂け、木片が飛び散っている。


 どんな威力だよ……。


 雑談でざわついていた酒場が、一瞬でシンと静まり返る。

 アベルは首を傾げ、椅子に腰を下ろした。


「ひっく……酔っちまったかなぁ……」

「お客さん?」


 少し遠くから、低く唸るようなラウラの声が聞こえた。


「おぉ~、ラウラちゃん、お酒おかわりおねが~い」

「毎週毎週、よくも飽きずにウチのテーブルを……」


 はぁ、と声が漏れて、それから冷たい視線が酒場をぐるっと見回した。


「誰も彼を止められないんですね」

「あっれ~? ラウラちゃん怒ってる? ごめんねっ」


 アベルは明らかにおどけて、さっきまでよりも調子よく言っている。

 さすがに通用しないだろ……。


「アベルさん、でしたっけ?」

「おぉ~っ!? 俺の名前、覚えてくれてたんだぁ! さすが若女将アルトラウラ! 将来の天才経営者!」


 ラウラは酒が並々入ったジョッキを手に持って、張り付いた笑顔でゆっくり近付いてくる。


「さすがにそろそろテーブル弁償してくださいね?」

「ごめんごめん、酔っぱらっててさぁ~! ほら、コイツ……イツキだっけ? この田舎モンにプレイヤーの剣を見せてやりたくて!」


 え、俺? 今俺が悪いことにされそうになってない?


「縁起物の剣で、縁起でもないことしてくれて……本当にいつもありがとう。でも、3週連続でテーブル破壊しちゃったら、もうその剣で起こせる奇跡は使い切っちゃったかもね」

「あっはっは! ウマいこと言うねぇ!」

「これでしっかり頭冷やしてね」


 ラウラがジョッキを振り上げ、アベルの脳天に――ゴンっ!!

 グラスが割れ、酒が飛び散り、アベルが「おぎょッ」と変な声を出して背もたれに体を預けた。

 酒場に静寂が訪れる。


「イツキ」

「は、はいッ!!」


 こ、殺される……!


「お願いしたいこと増えちゃった」

「なんでも! なんでもします!」

「テーブル直すのもお願い……今度でいいから」


 ラウラは背筋が寒くなるような笑顔でそう言うと、キッチンの奥へと帰っていった。

 彼女の背中が完全に見えなくなったのを見て、俺はゆっくりアベルに近付く。


「……あ、あの……」

「は~……アルトラウラちゃん、やっぱ可愛いなぁ~……ツンなところが、またたまんねぇ……」


 ……ひとまず元気そうで何よりだ。

 俺は「なんか、すみません」と頭を下げて、部屋へと戻ることにした。

 恒例行事なのか、アベルの心配をする冒険者はいないらしい。ゆっくりと酒場に雑談の声が戻っていった。




 ◇◇◇




 客間の裏にあった古いベッドでぐっすり眠った俺は、日の出と共に目覚める。

 全然寝た気がしないが、目がギンギンに冴えていた。なんて言ったって、ロークラの世界で自由に遊べるのだ。

 しかも、自分は『神話で神にされてるヤツら』と友だち。……俺の中二病が逸らない訳がない。


 軽快な足取りで1階に降りると、ラウラが昨日の割れたビンの破片を捨てているところだった。


「おはよう」

「あ、おはよ……」


 彼女はまだ眠いのか、パチパチと何度も瞬きをして、気の抜けた声で言った。


「朝、早いんだね」

「ゆっくり眠れた。客間用じゃないとは思えないね」


 俺は腕をグルんと回して、「で」と彼女を見た。


「どこから始めればいい?」

「そしたら、まずは村の外壁……割れてるところがあるから、そこを直してきてほしい」

「任せとけ」

「……いいの?」

「え、何が?」

「いや、だって、宿じゃなくて『村の外壁』だよ?」

「うん。元から直す気だったし、丁度いいじゃん」


 言ってみただけだったのに。そういう顔だ。

 俺のやる気を不審がっている彼女を尻目に、俺は意気揚々と宿を出る。


 まあ、この世界の時間で何十年、何百年という時間が経っているわけだから、建物や壁が古くなるのも仕方ない。

 その間、建築の技術を持った人間――この世界で言うところの『プレイヤー』――も現れず、朽ちていく一方だったのだろう。

 そう考えればむしろ、何百年も崩れていない事に驚くべきなのかもしれない。


 彼ら自身に、プレイヤーとしてではない『普通の建築能力』は無いのだろうか? 


 ……そういえば、ラウラは「お金がかかる」と言っていた。無い訳ではないのだろう。

 

「さて、と……」


 ヒョウドウの教えに則り、インベントリを表示させるのには成功している。

 だけど……実は何かの勘違いで、『インベントリは出せてもアイテムは使えない』なんて可能性もまだある。

 そうなったら、俺は安請け合いした仕事すらこなせない、最速ホラ吹き野郎だ。


 ……あ、なんか急に怖くなってきた。

 インベントリ、インベントリ……思い浮かべろ……頑張れ俺の脳細胞……!


 インベントリっ!


 ぽわん、と気の抜けた音がして、目の前にそれは現れた。

 ほんの少し使えなかっただけのはずだが、かなりの安堵感がある。親の顔より見たUI、ってヤツだな。


「どっかで拾った石……土……この辺は修理に使えるか……あと鉄鉱石……」


 目の前にあるインベントリをタッチすると、ポロンと素材が落ちる。

 よし、呼び出しは成功だ……!


 ありがたいことに、素材はそのままブロックとして出てくるようだ。

 土が『リアル土』で出てきたらたまったもんじゃないからな。


 落ちた土は地面につくと同時に膨らみ、砂場のように盛り上がった。


 ああ、ブロックは自動で『解釈』されて、解像度とかが上がった状態で実体化するのか。

 それでみんなの建築も、あんなにリアルになっているわけだ。納得納得。


 そんで次が、布団……? ああ! 『布団MOD』の布団か。

 出してみると、本当にリアルな「ただの布団」だ。

 とりあえず間違って踏まないように、布団はすぐにインベントリに戻そう。


 成功。

 インベントリの出し入れに問題はなさそうだ。


 あとは、一括採取ツール、自動建築機、音メガネ……。


「改めてみると汚いインベントリだ……」


 クリエイターズワンド、敵影感知レーダー。

 どれも建築にあれば便利なものだが、ほとんど使っていないものも多い。

 ……ただ、今はこのアイテムが、とんでもなく心強い仲間に見えて仕方ない。


「あっ、これは! ポジトロンスーツ! と思ったけど、充電が……」


 ポジトロンスーツは、科学MOD「テクノロギア」の最終装備だ。PVP以外で、装備していて死んだとは聞いたことがない。

 身につけられれば最高に頼もしい存在だが……。


 今は、その充電残量が小数点以下。つまり、ほぼ『重たい鎧』である。早めにエネルギークリスタルを充電してやらないと。


「でも……中二心をくすぐるよなぁ……」


 黒光りするボディに、赤黒いライン。

 分解補修可能なパーツの機能美。

 リアルになったからわかる。やっぱり、これをデザインした奴は天才だ。


「もったいないからしまっとこ」


 腐っても最強装備である。後々充電方法が分かれば、これは十分使い物になるはずだ。

 手放すなんて選択肢はない。


「んで……」


 結局、建築に役立ちそうなのは、石と土と、あとは自動建築機くらいか……。


 俺はあたりを見回した。

 まだ、村が動いている気配はない。遠くから、鶏の鳴き声が響く。


 ひんやりとした爽やかな早朝の空気に、少しずつ明るくなっていく家々。

 ロークラの……この世界の、新しい一日が始まろうとしていた。


 少し遅れたけれど、俺もみんなのようにこの世界を楽しもう。

 そしていつか……俺も頑張ったって……あいつらに胸を張ってやるんだ。

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