第5話 クラフターズ・ローグ

「旅人っていうか……これからなるところ?」


 まさか『この村の制作者だ』と言うわけにもいかない。


「ここらも最近は物騒だからな……武器はちゃんと使えんのか?」

「ぶ、武器? まあ、簡単なものなら、多分、人並み程度には……」


 突然飛び出した恐ろしい単語に、顎を引いてしまう。


「簡単じゃいけねえなぁ」


 ガッハッハ、と男は大仰に笑い、ほかの男たちの顔を見る。

 周りは彼ほど酔っていないみたいだが、皆一様に「そりゃいけねえよ」などと言ってニヤニヤしている。

 こ、怖い……。


「武器ってのは、こう、パワフルで、エレガントでねえとなぁ? げふっ」


 男のゲップには、酒のニオイが混じっていた。

 俺は精いっぱいの愛想笑いで「そ、そうですねぇ」と返す。


「俺らみたいに『冒険者』でもなけりゃ、武器には無頓着かもしれんが……旅をするんなら、防具ばっかりじゃ戦えねえぞ?」

「ぼ、冒険者……?」

「なんだその顔。まさかオメエ――」


 そこでガッツリ肩を組まれ、真横でジョッキを傾けられる。

 「ひっ」と声をあげて真っ青になった俺の顔色なんて、全然見えていないのだろう。


「冒険者もいねぇところから来るなんて、オメエはどんだけ田舎モンなんだ? だーっはっはっは!!」

「おいおいアベル、その辺にしとけよ。お前はいっつも酒癖が――」

「だーまってろサル助ェ!」

「サルートルだ! いい加減名前くらい覚えろ!」


 アベル、と呼ばれた男の腕に力が入る。


「ちょっと、首が……締まる……!」

「あ、おお、悪ィ!」


 ガラガラの声で謝りながら、アベルが俺の肩を解放した。

 少し遠くで立って俺たちの話を聞いていた『サル助』ことサルートルが、こちらに向かって歩いてくる。


「冒険者ってのは、簡単に言うと賞金稼ぎだな。市民の困りごとを解決する何でも屋だ」

「もっとも、そこのヘッポコサル助みたいなのに任される依頼は『警備~』だの『店番~』だの、雑用ばっかりだけどな」

「フン。だが、アベルのような脳が筋肉で出来ている者には、引っ越しの依頼ばかりが来るぞ」

「あ゛ぁッ!?」


 顔は見えないけど、俺には分かる。横のアベルのおっさん、怒りで髪が逆立ってる。

 それが、ゆっくり垂れて、小さなため息が漏れた。ジョッキを傾ける。


「……平和なのは何よりだが、こう何も事件がないんじゃ、俺たちみたいな冒険者ってのはなかなか厳しいんだよ」

「色々、あるんすね」


 俺は適当に相槌を打って、ラウラの料理に手を付けた。

 やっぱりうまい。だけど、今そんなことを言ったらまた話が振り出しに戻りそうだ。

 ぐっとこらえて、ゆっくり咀嚼した。


 いつの間にか、俺の隣にサルートルが座っている。


「君、名前は」

「イツキです」

「イツキ……冒険者のことも知らないとなれば、相当な辺境の出身と見える」


 辺境というか……異世界?


「それならば、この世界が作られた伝説も知らないのではないか?」

「バカオメェ、いくら何でもCRAFTER'S ROUGE<クラフターズ・ローグ>を知らねえ奴がいるわけねえだろ」

「フン。私はそういう辺境出身者を何度も見た事がある。残念だが、物を知らないのはお前の方だ」

「ぶ、ぶっ殺すぞサル助ェ! イツキとやら、オメエもなんか言ってやれよ!」


 なあ、と顔を覗き込まれて、俺は目をそらす。


「……ウソだろ……世界って、やっぱ広ぇんだな……」


 アベルはまた酒をあおって、小さくしゃっくりをした。




 ◇◇◇




 その昔、この世界には多くの動物、豊かな自然があふれていた。

 人間はいたが、言葉を使わず、道具も使えない。まさに動物のような存在だった。

 そこでは、人間たちはかろうじて集団で生活することを知っており、自然の地形を利用した洞窟や村に住んでいた。


 ある年、人間たちは大きな災難に見舞われた。

 川が氾濫し、山は燃え、狩るべき動物はみな姿を消した。木の実さえもなく、枯れ果てた野には、大量の猛獣が棲みついた。

 人間たちは滅びに向かって進み、全員が死を覚悟した……その時だった。


 彼らの前に、人間たちに姿のよく似た、3人の若者が現れた。


 1人は言葉を巧みに操り、誰も記録できない言葉を発した。

 すぐに川の氾濫は癒え、山は鎮まり、森に鳥たちが帰ってきた。


 1人は転がっていた木と石から、不思議な装置を作り上げた。

 すぐに猛獣は追い払われ、野には花が咲いて食糧へと変わった。


 最後の1人は道具を作った。農地を作り、農具の存在を教えた。

 獲れた作物を入れる箱を作り、人間は洞穴から、家に住むようになった。


 3人の若者は、自らを『プレイヤー』と名乗った。

 そして、自らの手で作った都市を人間に与え、そしていつしか姿を消した。


 プレイヤーのその後を、私たちは誰も知らない。

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