第4話 一宿一飯


 『いい事思いついた。オジーチャンは人に慣れた野生動物。もし外で寝ているなら、そこにくっついて寝れば凍死はしないで済むだろう』


 などという、安易な考えで歩き出した俺はバカだ。

 全然見つからない。……あまり野生をナメるなよ、俺。


 完全に夜は更け、奥歯がガタガタと音を鳴らし出した。まずい、マジで死ぬ……。


「使えてくれ……インベントリ」


 つい口に出してしまったが、目の前に効果音と共に見慣れたUIが表示された。

 よし、使える!

 思わず、安堵のため息が漏れた。何かいいアイテムは……。


「いた、やっと見つけた」


 突然、後ろから声をかけられた。焦って、ついUIを閉じてしまう。

 振り返ってみると、走ってきたのか、息を荒げたラウラが立っていた。


「……なんで濡れてるの?」

「い、いやー、感動の再会をしまして。ちょっと袖を濡らしたといいますか」

「髪まで濡れてる。泣きながら逆立ちでもしたの?」


 袖を濡らしたという表現がこの世界でも通用したことは意外だし、見事なツッコミにも驚嘆する。

 うむ。さすが経営者というだけはあるな。

 詳しい説明を省きたい俺は、「てへへ」と照れ隠しのような何かで返答した。


「えっと、それで、文無し男に何用で?」

「ふふ、ちょうどいいタイミングだったみたい」


 鼻水を垂らしはじめた俺を見て、ラウラの表情は笑顔に変わる。


「やっぱり、うちに泊まっていって。それを伝えたくて、探してた。手伝いをしてくれれば、タダで――」


 タダ。その言葉に、自分の耳がピクリと動くのが分かった。体に再び活力が湧いてくる。

 俺は瞬時に頭を巡らせ、禁忌とされる秘技の一つを使う事とした!


 ジャパニーズ礼式――『土下座』

 無詠唱で行う事も可能な技だが、今回は詠唱が必要だ。


 俺はラウラの前で制動をかけると同時に、息を思いっきり吸い込む。

 そして、


「お願いします! わたくしイツキ、掃除洗濯残飯処理、おっさんの飲み相手からオジーチャンの散歩でもなんでもします!  だから、アルトラウラさん! あったかいご飯とお布団をください!」


 どこまでも響く大声で、しかしそれを一息で言い切る。


「い、イツキ……?」

「おねがいします! 死んでしまいます!」

「顔上げて……」


 その言葉に甘んじて顔を上げると、ラウラは目を細めて微笑んでいた。


「じゃあ、やってもらいたい事がある」


 よし! これでなんとか、明日への切符を掴めた。

 立ち上がり、「ありがとうございます!」と返事する。


 宿についたら、まずは体を温めよう。

 そして、キリキリと宿の手伝いをするのだ。


「あの、素人のワタクシでも出来ること、ですかね……?」


 進むラウラを追いながら、揉み手で質問する。

 いきなり会計とかを任された場合、俺は詰む。


「……」

「……アルトラウラ様……?」

「さっき言質とれたし、いいかな」


 つぶやいた後、ラウラはバツが悪そうな顔で答えてくれた。


「実は、宿はかなり古くて。色々修繕したいところが多いんだ。でも、直すのには結構お金かかるみたいで。イツキが大工なら、直せるかなーって」


 そういう事か。


「オッケー、任せてくれ。大工仕事には自信がある」

「うん、頼んだよ……でも」


 ラウラがじっと俺の顔を見つめた。


「そのまえに死なないでね……」

「……ぜ、善処します」


 あまりの震えに心配されつつ、俺は宿への道を進むのだった。




◇◇◇




 鹿の脚亭は、二階建ての宿だった。到着してまず目に入ったのは、一階でたむろする数人の男たち。

 いかにもファンタジーといった格好で、楽しそうに騒ぎながら酒を飲んでいる。

 どうやら昼までは受付として、夜になると大衆酒場として機能するらしい。


 俺は、着いて早々に風呂を借りる事ができた。

 スタッフ用と思しき小さなシャワー室だったが、体を温めるには十分だ。

 体の疲れも取れた気がして、ラウラにやるべき仕事を尋ねる。


「どこから直したらいい?」

「もう深夜だよ。明日のために英気を養っておいて」


 そういいながら、俺の目の前に料理が取り出される。さっきからしていた、いい匂いはコレか!

 俺自身も食べたいと言ったことをすっかり忘れていた、魚料理だ。


「んーっ! すげぇ美味い!」


 腹が減っていたせいか、それとも彼女の料理の腕がいいせいか。


 うん、両方だろう。何の魚かも分からないが、現代っ子の俺でも明らかに分かる上品な美味さ。唸らずにはいられない。


 正直、おかわりが欲しい……そんな事を思っていると、後ろから足音が聞こえてきた。


「ラウラちゃんの料理は美味いだろ」

「んぐ……あ、ああ」


 野太い声で話しかけられ、急いで口の中の魚を飲み込んでから振り返る。

 どうやら先ほど見かけた男性客のようだ。もうすっかり出来上がっている。


「兄ちゃん、見ない顔だな。旅人さんかい? ……となり座るぜ。なぁ、その魚の味付けマジで絶品だろ? この村の特産らしいぜ。あ、一口貰うぞ」

「あっ」


 夕方に会った村人達とは違い、距離をカケラも感じない遠慮の無さだ。

 止める間もなく、目の前で残り少ない魚の身が、飛び込んで来た指先に摘ままれて男の口へ吸い込まれていく。


「ひゃー、やっぱうめぇなぁ。ホント、ここは良い宿だ、酒も呑めよ。ラウラちゃん、こっちだ! こっちに酒だーっ!」


 何だ、このオッサン。

 クソ……とりあえず食った分は、色々と聞かせて貰うぞ。

 ついでに、やっぱりおかわりも。

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