第3話 再会

 勢いを付けて起き上がる。冷汗はとまらず、顔は火照っていた。

 だが、山積した問題はできる限り解決しておきたい。

 傍で美しい水を流し続ける噴水に、視線を向ける。


「やっぱりコレ、俺の『建築』だよな?」


 MODの仕様を悪用……いや、『利用』した、複雑な放物線を描く水の軌道。一見不規則だが、実は考えて配置された水の排出路。

 あえて白を使わない、調和を重要視したデザイン。


「てことは……」


 ゆっくりと辺りを見渡す。見れば見るほど確信する。

 村の広さ、街灯の装飾、街路樹の剪定方法……記憶と一致する。


「ここ……俺が作った村だ」


 それは、確信だった。『たまたま』でこんなに似ているわけがない。

 でも、だからこそ新たな疑問点が首をもたげた。


 じゃあ、なんでブロックじゃないんだ?


 ロークラは、ブロックを組み合わせて物を作るゲームだ。だからこそ大なり小なり、あるものは全て立方体の組み合わせで構成される。

 巨大な建築も遠くから見れば滑らかだが、近付けばブロックがくっついて出来ている事がわかる……はずだった。


 でも、今の俺に見える世界の滑らかさは、明らかに現実のそれと同じだ。


 足の重さ、流れる水の音、床の冷たさ、風が運ぶ香り、感覚のすべてと、俺がいるこの場所。ここに住む人々の見た目まで。

 なぜかは分からないが、全て現実になっている。



 っ! ……そうだ、それなら!



 突然思い至ってしまった結論を前に、俺の中の違和感が些細なことに変わる。

 だって、当たり前だろ!? サーバー内の全てがこうなっていてもおかしくないんだ。


 異世界ファンタジー丸出しの城塞都市!


 山のように大きい空飛ぶ帆船!


 一度入れば数日は迷う無数のダンジョン!


 すべてが現実になっているかもしれない!

 その壮大さを、表現したいロマンを、本当の現実として見てまわることが出来るかもしれない!


 最高だっ!!


 俺は叫びながら踊り出したい気持ちに駆られた。


――だが、ふと、その歓喜が小さくしぼんでいく。

 振り返り、家々を見る。煙突から煙が立ち、まばらに明かりの点いた家。現実になった、『俺たちの作った村』の、その生活。


「ヒョウドウにも、見せてやりたかったな」


 それは、ロークラの世界で仲良くなった友人のことだった。


 彼と最後に作っていたものが、まさにここ『アンサス』。……花という意味を持つ、辺境の村だ。

 ヒョウドウが亡くなったと聞いたときは、行き場のない感情を抱えたまま、この村を放置した。……何か月もログインすることが出来なかった。

 やっと悲しみが落ち着いて、もう一度サーバーにログインできた時も、完成していない噴水を目の当たりにして、涙をこらえられなかった。

 これを完成させてしまったら、あいつとの絆が終わる気がする。そんな気がした。だから、俺はここを完成させられなかった。

 改めて噴水を見上げる。あと少しで完成だったけど、これでもオブジェクトとしては機能して――


 あ、あれ? 完成してるじゃん。


 どう見たって、噴水は完成していた。少なくとも、見た目は完璧に。しかも、俺たちが計画していた通りに。

 おかしい、あり得ない。だって、俺がそんな事をする訳がない。

 無意識のうちに作った? そんなバカな。俺はあの後すぐ、村から出て放浪を始めたんだぞ。

 だとすれば、誰が。いや。あの噴水は俺しか完成させられないはずだ。

 あのバグじみた水源の配置が出来ることを知るのは、俺かヒョウドウくらい。アイツが死んだ今となっては、俺だけだ。


 ちょっと待て。そういえば、広場の奥に見える家は誰が建てたんだろう。俺の記憶にない家だ。

 アンサスの完成度は、明らかに上がっている。

 まるでアイツが作ったみたいに、アイツが言っていた場所に、アイツが作りたいと言っていた家が建っている。


 分かってる。俺は多分、混乱しているのだろう。さっきから、馬鹿げた妄想が頭を支配していた。

 でも、さっきから全部馬鹿げてる。


 それなら……ヒョウドウが生きてたっておかしくない……!

 アイツはこの世界にいて、村を完成させた。それがあり得ない事だなんて、誰が言える?


「ヒョウドウ! いるんだろ!」


 俺は、思わず声に出して彼を呼んでいた。そして、あたりを見回す。

 この村の、鍵のかかった家のどこかに、アイツがいるはずだ。


「俺だ! イツキだ! ヒョウドウ、お前生きてるんだろ!」


 一軒一軒、ドアをノックしてまわるか?

 真面目に、そんな事を考える。狂人と思われてもいい。明日まで待っていることなんて出来ない。

 アイツに会いたい……ヒョウドウ、俺はまだお前に感謝の一つも言えていない!


「ッ……まぶしっ……!」


 目の端に居座っていた噴水が、突然鋭く光る。俺は足を止め、噴水を見た。


 なんだ? あの光はマナプールの――。


「――半分正解だ、イツキ」

「は……へぁ!?」


 突如名前を呼ばれたことで、我ながら間の抜けた声を出してしまう。


「だけど残念だったな。『お前がこれを見る頃には、多分俺は死んでいるだろう』」


 目の前に現れたのは、水と光が集まったような、不思議な人型だった。

 声も出せずにいる俺に、人型は話し続ける。


「久しぶりだな、イツキ。相変わらず、一人でもうるさい奴だ」

「ヒョウドウ……? ヒョウドウなのか!?」

「それも半分まちが……、ってうおおおっ!? 待て待て、止まれって!」


 噴水の人型に向かってダイブする。と、ヒョウドウの声が驚きで上ずった。

 『ヒョウドウ』に避けられた俺は、顔面から噴水に飛び込んで、全身びしょびしょだ。

 だけど、涙が隠れてちょうどいい。


「やっぱりヒョウドウじゃん!」

「だから『ちょっと違う』んだって! ホントに全然変わらんな、お前……とりあえず噴水から出ろ」


 促されるまま、俺は噴水から出て彼の前に座った。

 ヒョウドウは言い聞かせるように、ゆっくりと語り始める。


「いいか? この世界では、魔法アイテムは思念で動作する」

「ま、魔法……、そんなのがあるのか!」

「そうだ。とは言っても、ご存知『アルスノヴァ』によるものだがな」


 『アルスノヴァ』……つまり、魔法MOD。


「で、だ。俺はその魔法で動く、ヒョウドウの『コピー品』みたいなもんで、本人じゃあない」

「本人じゃない……? コピー品……?」

「聞きたいことがあれば、答えられる範囲で教えてやる」


 急な事で信じられないが、この姿が『コピー』というのが事実なら、やはり本人がいるということだ。

 妄想の域を出なかったヒョウドウの存在が、現実的なものに変わった。


「じゃ、じゃあ、聞くけどさ……」


 少し言葉に詰まる。このまま答えを知らず、希望に縋りたい気持ちもある。その思いを抑え、俺は直球で聞く。


「お前がコピーだとするなら、『本体』は、生きているのか? ヒョウドウ」

「あーっと。その話はちょっと難しいな。でも、たぶん死んでるぞ」


 あっけらかんと答える、ヒョウドウの幻影。

 死んでいる。それは――察していた。今さっき、自分で言っていた。

 一度はあちらで受け入れた現実を、もう一度実感する。


「だけど、勘違いするなよ。地球で死んだ訳じゃない。この世界に来て、ふつーに天寿を全うした。

 『俺』が作られた後に、事故とかに巻き込まれてなければ……だけどな」


 やはり来ていたのだ。ただ……タイミングが違った。


 ……なんだよ、それ。


 俺の表情から、気持ちを汲み取ったのだろう。幻影は笑顔を俺に向ける。


「俺は精一杯生きて、そして死んだ。だから、お前は悲しむな」

「……そんな事」


 そんな事言われても、無理に決まってる。


「悲しい顔するなよ、イツキ。ちょっとばかり出遅れただけじゃねーか。この世界は楽しいぞ? 憧れの『異世界転生』なんだからな!」

「何だよ『転生』って。俺は、死んでから来たわけじゃないし」

「なら異世界『転位』ってことだな。ま、俺以外は……みんなそうだったんだけど」

「みんな……? 他のみんなも居るのか!?」

「ああ。巻き込まれたのは1000人以上だ」


 1000人以上。つまりCNR鯖に居た参加者のほとんどが、こちらに来たということだ。


「正確には、『来てた』だけどな」

「えっ……」

「多分、みんな寿命で死んじまってると思う」


 分かってた。お前の言い草から、分かってたよ……。


「もう知っていると思うが、どうやらこの世界は、サーバーのマップがそのまま実体化したものだ。原因は誰にもわからん。

 ……まあ、俺がトラックに轢かれて死んだのが原因だって言ってたやつもいた」


 冗談きついぜ。そう笑う幻影。

 ヒョウドウ、お前……事故とは聞いていたが、そんなお手本のような異世界転生だったのか。


「最初に異世界に来た時は大変だったぞ。この世界の住人と戦争したり協力したり、モンスターを退治したりな。まさに『ファンタジー!』って感じの大冒険だった……!」


 コピー品は、ヒョウドウとまったく同じ笑い方をした。

 それからふと、夜空を見上げる。


「でも、それから何十年も経って、みんなジジイやババアになったころには、作ったものを次世代に伝える事に注力してた」

「メチャクチャ満喫してるな……」

「そうだ。お前が居なかったのは残念だが、みんなそれなりに充実してたと思う」


 懐かしい口調だ。偽物だとは、到底信じがたい。


「この世界では何年……何十年経ってるんだ?」

「俺は50年目あたりで噴水に作られた存在だから、それ以降は分からない。だけど、もう何世代も交代してるんじゃないか? 100年とか、200年とか」


 暗い思考がまた頭をよぎり、俺は肩を落とす。

 みんなが一生を使って世界を冒険していた間、俺は一体何をしていたんだ。


 彼らのことに少しも気づかなかった罪悪感――。


 ――いや、俺もみんなとファンタジーしたかったよ! 罪悪感よりはるかにそっちのほうが強い。なんだよ、異世界転位に遅刻って!


「ハハハ、状況は大体つかめたようだな」


 水が、彼の笑う胸の動きに合わせてバシャバシャと跳ねる。


「……いいかイツキ。この世界は刻々と変化している。だけど、この村のように『残っているもの』も多い。いつかお前が暇になったら、みんなの残したものを見て回ってくれ」


 ぐっと、声が低くなる。


「それまでは……今のお前が出会う問題を解決することに、全力を尽くすんだ」

「俺が出会う、問題……?」


 幻影は言いたい事が言えて安堵したらしい。笑顔で嘆息する。話の終わりは見えていた。


「俺の消費期限はあと少し。……『なお、このテープは自動的に消滅する』ってやつだな」


 分かっていた。姿も声も少しずつ影が薄く、小さくなっていたから。

 俺は少しでもヒョウドウの顔を目に焼き付けようと、顔を上げる。

 そこでヒョウドウが、思い出したかのような表情をした。


「っと危ない! 忘れてた。お前、夜に外にいるけどな。現実世界と一緒で、凍死とか餓死とかあるんだぞ。今すぐ拠点を造れないなら、まず泊まる所を探せ!」

「あ……え!?」

「こんなところで寝てたらソッコーで死ぬぞ、バカヤロウ!」


 なんかいい感じで終わりそうだったのに、突然怒鳴られてしまった。でも、ごめん。


「あっ、そうだ『造る』で思い出した! お前アイテムのクラフトとか、装備とか分かってるか?」

「いや……」

「ヤバイヤバイ、時間が無い! とりあえずいいかイツキ! 頭の中でインベントリを思い浮かべればいいだけだ。それでいける! プレイヤーの能力は強い。使いこなして生き残れ! あっ、あとそうだ! この未完成の――」


 プツン――。


「おっ、おい! 嘘だろ!? そんなお決まりの終わり方あるかよ! おい、おいって!」


 急いで立ち上がり、噴水を覗いたり叩いたりしてみるが、応答はない。

 未完成の何だよ! 重要なメッセージがいいところで聞こえなくて――みたいなやつじゃないか!


「大事なことはメモするとか、最初に言うとかさ……」


 ベンチに座りなおし、天を見上げた。

 途切れた日記は、得てして続きが肝心なんだぞ。


 なにはともあれ、最も重要なことはヒョウドウが残してくれた。

 この世界の成り立ち、生きる方法、そして……みんなの遺産。

 アイツ、俺がここに来ること、知ってたみたいだった。


「これで、お別れは2回目か」


 他にも、メッセージを残している奴はいるのだろうか。

 世界中を探せば、何人かの『コピー』と話せる機会もあるかもしれない。


 ……懐かしい顔ぶれに思いを馳せる。


「はッ、ハックション!」


 そういえば、噴水に飛び込んだせいで濡れていたのだった。とりあえず早く暖を取らなければ。

 ヒョウドウは普通に凍死すると言っていた。『噴水にダイブした』が死因なんてゴメンだ。


 少し伸びをして、立ち上がる。

 一瞬噴水が光った気がして、俺はじっと水面を見つめた。

 けれどそれは、月明かりが反射したに過ぎなかった。

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