第2話 ロールプレイ
どれほど歩いただろうか、日は完全に沈んでいた。
案内された場所は、村というのがぴったりの小ぢんまりとした集落だった。
道はすべて石畳か土で出来ており、20軒ほどある家も木や石で作られていた。
しかし、建築は目先の綺麗さがすべてではない。本来であれば、草原の真ん中に壮大な城があったりする方が不自然なのだ。
リアルさを求めてこういう村を作るのも、やはりそれぞれのプレイヤーのロマンである。
とはいえ、害獣用のトゲを完全に無視して、『オジーチャン』がそこら辺を歩いているのはどうかとは思うが。
「この街は、いいテーマで作られてる。風情があって俺は好きだ」
「うん、私もこの場所が好き」
自分に近しい感性の持ち主が作ったのだろうか。
一つ一つの家や公共のベンチまで、こだわりと配置に親近感を覚える。
しかし、よく観察しながら歩いていると、その親近感は違和感へと変わっていった。
「……これ、変だぞ」
「何が?」
思わず、かがんで石畳を撫でる。ざらついた感覚が手に残った。
見ると、指先に付いた砂粒が風に飛んでいく。
焦り立ち上がって、見渡した。
どこで見覚えのある光源の配置に、風景と人工物のバランス、地形を利用した家屋。
なのにどれもこれも、ゲーム内のブロックでは表現できないリアルさを備えていた。
「あり得ない……」
そう、あり得なかった。
このゲームは、すべてがブロックで出来ているはずだ。丁寧に作っても、こんな質感にはならない。
景色が遠くなるような感覚。考えていて、自分で混乱してきた。
ここ、ロークラの世界だよな?
俺が眉間にシワを寄せていると、ラウラが慌てて声をかけてくる。
「あの……ごめんなさい。何か思い出させたなら」
どうやら俺の表情で、何か嫌なものを見せてしまったと勘違いさせたらしい。
俺が村に行きたがっているのを見抜いたのもそうだし、ラウラは察する能力が高いのかもしれない。
「あ、いや。そういうわけじゃない。デジャヴってやつ」
「そっか」
ごまかしはしたが、違和感は拭えない。これも新作のMODなのだろうか?
だとしたら、よく出来すぎている。高解像度系のMODに感じる重さをほとんど感じないなんて。
とんでもないモノが出てきたなと、無理に自分を納得させた。
ラウラの案内で、村をなぞるように歩く。
旅人が立ち寄ることがあるためか、入り口に近いところでは露店も見受けられた。
どこかから、魚の焼けているうまそうな匂いが漂ってくる。俺が鼻を鳴らしているのを見てか、ラウラはぼそっとつぶやいた。
「お腹がすいてるなら、おすすめの店があるよ」
「ああ、ガッツリ行きたい気分だ。鶏、豚、牛……。ジビエもいいな。鴨、熊、鹿……」
思わず欲望のまま肉の種類を列挙してしまったが、隣には鹿がいたんだった。
視界外でよく見えないが、なんだか視線による圧迫感を感じる。
「じゃなくて、魚の気分」
「分かった、期待してて。食べられなくてよかったね、オジーチャン」
俺と鹿の気まずさに気づいてニヤリと笑いつつ、ラウラは再び歩き出した。
何人かの村人ともすれ違ったが、ラウラはともかく、俺は適度な距離間で扱われているようだ。
風景の親しみやすさとは裏腹に、村人との関係は難しい。
まあ一夜限りのつもりなので、気にすることでもないが。
「それでここが、私の宿屋」
「……私の?」
「そう。私が一人で、この宿を切り盛りしてる」
「一人で!?」
「一人でベッドメイクして、掃除して、税金も払ってるよ」
「ひ、一人で……?」
「うん。一人で」
観察に夢中だった俺は、急な宣言にオウム返しで反応することしかできなかった。
幼い見た目の割に口が上手いと思っていたが、まさか宿屋の経営者だったとは。
「えっと、アルトラウラさんて……おいくつ?」
「女の子に年齢を聞く?」
この言葉に言い返せるヤツを、俺は知らない。
何を言おうか逡巡していると、ラウラの口元がニヤリと歪んだ。
「こほん、改めて。『旅籠 鹿の脚亭』へようこそ。安くしておくよ」
言いながら入り口の前に立つラウラは、確かにこの宿の主人としての風格があった。
扉の奥は見えないが、隙間からわずかに客の声が聞こえる。
自然と体が休息を求めているのだろう。中から漏れる温かい光に吸い寄せられそうになる。
「どうしたの? そんな所で止まって」
「あ、いや……」
俺は首を軽く振って、笑顔を作る。
そういえば彼女は「安くする」と言っていた。つまり料金がかかるということだ。
このサーバーには商取引の要素も追加されている。ある種のロールプレイとして、そういう要素を楽しむ人がいるのも見てきた。
しかし俺は、基本的に『建築勢』。そういう事にはあまり積極的に参加してこなかったのだ。
つまり――。
「ごめん! 俺、無理かも」
「え、そんな。なぜ?」
「いや……それは言えない」
何年もこのサーバーでやってきたのに、俺は文無しだった。そんなこと恥ずかしくて言えない。
「今日の山菜だって、料理に使うために採ってきた物だよ。料理の分はタダでいいから、泊まっていってほしい」
クソ、金欠なのは表情でバレたか。よく判ったな。
「統一銀貨なら3枚。イツキは面白いし――」
言外に、『変な人だけど』が聞こえる間があった。
「今回は特別に2枚でいいよ。でも、これ以上は下げられない」
「……俺が金無いって、分かってて言ってるよね?」
情けない。だが、ここまできたら開き直ってやれ!
そもそも建築ガチ勢の俺に金など不要。
それに、宵越しの金は持たない主義なんだ。
「こちとら、一文無しさ」
「それだけの軽装で旅できる人が、まったくの無一文? そんなワケないでしょ」
呆れた、と彼女は付け加えて、俺の目の奥をじっと見つめた。
だが、俺の発言が嘘でないと分かったのか、しおらしく声を小さくする。
「うちは最近経営不振で、オジーチャンの明日のご飯も食べさせてあげられるかどうか……」
「嘘だ。さっき平原で草食ってたろ」
「ぐぇ~ッぷ……」
「ほら! 今オジーチャンがゲップしたぞ、ゲップ!」
完璧なタイミングで反芻をかます鹿に、もはや好感度は最高だ。
オジーチャン……俺たち、最高のコンビになれそうじゃないか。
だが残念、ここでお別れの時間である。
「我が懐は深淵のように深く……えーと、とりあえずマジで金はない! また来るから! 本当ごめん!」
「あ、ちょっと!」
少女が次の一手を思案した一瞬の隙を見逃さず、俺は叫びながら走り出した。
今ならまだ、食い逃げも「泊まり逃げ」もしないで済む!
◇◇◇
宿から離れ、俺はタダで休める場所を求めて村の中を彷徨い歩いていた。
気付けば日もすっかり落ち、気温も下がってきている。
足取りは重い。
せっかく来たのだから、そこら辺の建築物を観察しまくってやろうと思ったのだが……何故か、全ての建築に鍵がかかっていた。
プレイヤーの拠点ならまだしも、『風景扱いの建築物』にまで鍵をかけるなんて普通じゃない。
ここの住人は、村としてのロールプレイに相当なこだわりがある人達なのだろう。
そうか。だからこそ、村の住人であるラウラも、ロールプレイとして金銭を求めたのだ。
「完全に理解した」
足を止め、ひとりごちる。
結局、プレイヤーにとってロークラの『宿屋』というのは、ロールプレイのためだけの存在だ。
ベッドに寝転がることは出来るが、本当に宿屋としての機能を持つわけじゃない。疲れたなら、最悪そこらへんで放置したりログアウトすれば済む。
だが、そんな中で……彼女の宿屋ロールプレイはどこまでも完璧だった。本当にあの年で、宿屋の主人をやっているかのような説得力があった。
俺が金を払わなければ、そんな彼女のロールプレイに失礼だ。
俺は一介の『文無し旅人』。だから、そのロールプレイに従い、俺もロールを演じることにする。
例えば……文無しらしく、道端で寝るとか。
「とりあえず、座れる場所……」
たどり着いたのは村の中心だった。中央には噴水が設置され、それを囲むように花壇とベンチが置かれている。
どこかで見た事のある建築様式だが、今はそんなことにケチはつけまい。
「ヴァー、つっかれたぁ」
モンスターか泥酔したオッサンか、そんな声が出た。
日中は村人の憩いの場……という設定で作られているであろう噴水広場の石畳に倒れこむ。
思えば「場所探し」をしていたときから、まともに休んでいない。
「なんか、いつもより忙しい日だったな」
現実世界の日付が変わったころにログインして、夢中で建築を続ける。ふと画面の外が白んで来た頃に、ログアウト。その間、誰とも喋る必要はない。
それが俺のスタンダードだった。
もうどのくらいゲーム内で人と喋っていないのか、思い出すことも出来ない。
だが、今日は非日常を体験できた。あんなに珍しい事があったのは何日ぶりだろうか。体感時間は、いつもの数倍もあったかもしれない。
だからこそだろう。今日は手足が重いうえに、喉も乾いていた。それに、石の床はさすがに――
「冷たっ、えっ?」
瞬間、俺の中で微かにくすぶり続けていたこの世界への違和感が一気に逆流してくる。
感覚が、ある。
温度がある。匂いがある。噴水から、わずかに水のしぶきを感じる。
そういえば、食欲だって感じていた。
この違和感の正体を、俺は掴まなくちゃいけない気がする。
建築をするため『いい場所』を探し始めたのは、どのくらい昔の話だったか。今日か、昨日か。
――わからない。ログインしたときの記憶は、ない。
いつから、この不自然さに気付いていた?
――わからない。ただ本当に気付いたのは、ほんの少し前だ。
それまでの俺は、なぜこの事態に気付かなかった?
――わからない。……わからない。
いつから『モニター越しではない場所』で、俺はここに参加していた?
――分からない、わからない、ワカラナイ。
……そうだ。さっき、素材が設置されなかった事があった。
ラウラと出会うきっかけとなった、あの時だ。もしここがゲーム内なら、アイテムは設置出来るはず。そういえば、あの時は汗もかいていた。
ゲームの世界で汗をかくなんてこと、あるわけがない。
良かった。つまりここは、『地球のどこか』なんだ。
俺はたぶん薬か何かで眠らされて、その間に、ヨーロッパとかに連れてこられたのだ。『あの世界』によく似たどこかの異国に。
ラウラは、たまたま日本語が喋れる耳の長い女の子で――。
「ありえるか、クソっ!」
何かに向かって、俺は怒鳴った。
いくら鈍い俺だって、さすがにもう気付くっつーの! なんだよ、いつまで気付かないと思ってんだよ!
むしろ、なんで気付かなかったんだよ、俺。
「ここは……ゲームの中だ。多分、ロード・オブ・クラフターの」
立ち上がって腕を振う。
『建築モーション』……何も起こらない。
腕を振う。……何も起こらない。
腕を振う。……何も起こらない!
嘘だろ。こんな世界なのに……俺は、ただの一般人だっていうのか!?
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