最強の建築家 ~ゲーム世界を探訪したかっただけなのに、トラウマを掘り起こしてくるから本気を……出したくない!~
@majitsushi
第0章 神話に残る能力で
第1話 ロード・オブ・クラフター
21世紀に入って流行り始めた『サンドボックスゲーム』。
これらは数十年の時を経て、次第に淘汰され、姿を消していった。
だが――過ぎ去った栄光は、新たな流行として再発見されることになる。
西暦2062年、『
通称、ロークラ。
ブロックを組み立てて、世界を作り出す懐かしいゲーム。
自由度の高いゲーム性、世界観まで創れる建築要素。あらゆる事が可能になる、豊富なユーザー制作の
伝説のサンドボックスゲームは、瞬く間に未曽有のプレイヤー数『6億人』を叩き出す。
その6億人の中には、もちろん日本人も多数存在した。
日本で最も有名なオンラインサーバーは、もちろんここだろう。
ロークラ非公式フォーラムという日本最大のコミュニティ管理人が用意した、『
本来であれば、一つのサーバーに入れるのは数十人程度。
それはスペックが理由でもあったし、少人数サーバーを多数建てるのが良いという、このゲームの性質でもあった。
だが、『CNR鯖』は例外である。
なぜなら、1200人ものプレイヤーが一度に参加し、切磋琢磨していたからだ。
CNR鯖では参加者の個性を反映した、無数の国が生まれていた。巨大な建築がいくつもそびえ立ち、大量のダンジョンがプレイヤーを迎え撃った。
一度ロークラを触った者なら、一度は生で見てみたい憧れが山ほど出来ていったのだ。
元々の知名度もそうだが、それらの憧れは、憧れを生む。たった数か月でサーバーはホワイトリスト制となり、新たなプレイヤーには適性審査が行われた。
数年たった今では、サーバー全体で本州に匹敵するほどの土地が開拓されている。
そこにはMODを作れる者も多数おり、数百個の独自要素が次々に導入され、
魔法系MODを統一、初級魔法・中級魔法・上級魔法に体系化した
――『アルスノヴァ』
科学系MODを統一、風車から原子力、それを超える科学すらも実装した
――『テクノロギア』
創造系MODを統一、モンスターから乗り物、家具まで数万種を追加
――『アーキテクト』
大きく挙げて、この3つ。他にもMODはあるが、今はこのくらいにしよう。
◇◇◇
このゲームにログインしてから、どれくらいの時が流れたのだろうか。
似た景色を歩くだけの作業。何時間もそんなことを続けていたからか、ついには『自分はNPCかなにかでは』などという妄想が頭に浮かんでくる。
気付けば、この世界の太陽はすでに真上に到達し、緑の大地を照らしていた。
「しっかりしろ、俺」
余りにもテーマに沿った場所が見つからなかったので、ついにはログイン時間を気にし出した自分に喝を入れる。完璧な仕事に邪念は禁物だ。
今回の建築テーマは『湖のほとり』。こんなにも見つからないなら、最悪、湖そのものを作る必要があるかもしれない。そうなれば数日は使うだろう。
あ、じゃあ、そろそろコンビニ飯なんかでも買って――
「――あっ!」
油断したタイミングで突然、目の前に水面が現れた。遠くから見えなかった事を考えると、背の高い草に隠れていたのだろう。
近寄ってみると、かなり大きい。整備すればイメージ通りの湖が作れるかもしれない。
はぁ……このタイミングで見つかるのだから、ロークラはいやらしい。
しかし、湖も見つかったことだ。
どこから建てようか。ワクワクが止まらなくなる。
「フフ、ちょっと朽ちてる方が味が出るよな。黒めの木材でいくか」
完成図を想像していると、どんどん気分も盛り上がっていく。
最近は小物っぽい建築をする事が多かった。久しぶりに大物……城とかもありだろう。
思わず鼻息を荒くしながら、降り注ぐ太陽の明かりを背に、手を大きく振りかぶった。
精神の高ぶりに応じてか、全身の脈動を感じる。よし、久しぶりに俺の必殺技を披露する時が来た!
「万物生み出す創生の
思いつく限り最高の台詞を唱えながら、木材を置きたい場所に目線を合わせる。
勢いよく手のひらを振り下ろし、心地いい風切り音が耳に入る。飛び散る汗。
一層世界が美しく見えた。
するとインベントリから消費された木材が、我が目前に設置され――
――なかった。……え?
「あれ? ミスった?」
よく見なくても我……じゃなくて、俺の腕は盛大に空振っている。思わず手を二度見してしまう。
木材はどこにも設置されていないし、何なら手元にすら、ない。
くそ、興奮して中二病な呪文まで唱えただけに、メチャクチャ気恥ずかしい。
「み、見られてない……よな」
近くにサーバーの
大丈夫だ、全部で1200人いるといっても、マップの端の端。大丈夫、心配する必要はない。
なのに、後ろから息をのむ気配があった。嘘だろ、見られた!?
勢いよく後ろを振り向く。
「ひッ」
あ、ダメだ。この距離、その視線。
彼女は、死神に違いない。
中二病をこじらせた俺の魂を刈り取る、冥界からの刺客……。
「み、見た?」
彼女はゆっくりと首を縦に振る。
そのうなずきは死刑宣告だ。罪状は、もちろん『中二病』。
死にたい……ロークラで死んでも癒されない傷だってあるんだぞ……。
せめてそこは見てないフリしてくれよ。
って、ん?
俺は妙な違和感に気付き、少女の顔をじっと見つめた。
白いワンピースのような服に身を包み、首元には大きなペンダントが輝く。
身を守るかのように胸の前でギュッと握った両手には、黄色い花が握られていた。
背はまだ低く、耳がとがった『いかにも』な見た目なので、その様子は変人に怯えている……というか、呆れている美少女エルフそのものだ。
あれ、妙に解像度高くないか?
いくら大量のMODが入ったCNR鯖でも、こんなにポリゴンが多い3Dモデルは珍しい。
――っていうか、現実の女の子とほとんど変わらない。
「何……怖い……」
俺のあまりに不審な目付きに怯えたのか、彼女がじりっと後ずさる。
代わりに、彼女の背後からにゅっと何かが現れた。
「えっ?」
俺の目に映ったのは、立派な角が生えた雄鹿だった。
ぽかんと口を開けた俺の胸を、鹿がそっと鼻先で小突く。なんだか優しい動きだ。まるで憐れんでいるかのような。
そして、目の前にいるはずだったジト目の少女は、鹿のうしろからこっそりと顔を出しながら、相変わらずこちらの様子を不審なものを見る目でうかがっていた。はぁ。
◇◇◇
「チュウニ病? 何それ? 病気?」
「あ、いや。中二病は病気とかじゃない。……アレ? 違うとも言い切れないな?」
「……うつる?」
「我が瘴気に触れれば、万物万象が患うと云われている」
「……!」
全く無駄のない動きで、冷静に距離を取られた。なかなかの反応速度だ。
「冗談冗談、うつらないよ。それで、君はなぜあんな所に?」
「……君じゃない、アルトラウラ」
「え?」
「私の名前」
「じゃあ、アルトラウラ……さん? は、こんな所で何してたんですか」
醜態をさらした後ではあるが、よく考えれば見ず知らずの他人である。
さすがにタメ口で呼び捨てまでする勇気がなかった俺は、目の前の美少女を「さん付け」で呼ぶことにした。
それがどうやらお気に召したのか、少女は満足そうに話し始める。
「私はオジーチャンと香草を取りに来てたんだ」
「お、お爺ちゃん? この近くにお爺ちゃんがいるの?」
「そうだよ」
言いながら、真横の鹿を見る。もしかして、この牡鹿の事をお爺ちゃんと呼んでいるのだろうか?
「みんなの知らないことも知ってるし、とっても長生きだから、オジーチャン」
「へぇ……」
淡々と話す少女の横で、鹿は草を食んでいる。
そういえば、ある種の動物は毒草の前だと挙動が変わると聞いたことがある。
その機能を毒草の判定機として使っているのだろうか? だとしたら、なかなかワイルドな扱いだ。
「鹿を連れてるなんて珍しいね。 というか、鹿ってペットにできるんだ。知らなかった」
「あのね。オジーチャンはペットとかじゃない。私の先生だよ」
ペットと言われたことで、少女が少しだけ眉を顰める。
んんん? ロークラの動物に鹿はいるはずだが、不規則に動く仕様で、リードも無しに連れ歩くのはメチャクチャ面倒だったはずだ。
……だとすれば、それが気にならないほど『オジーチャン』を可愛がっているということか。
「そっか、家族なんだな」
「うん」
難しいことは考えないでおこう。
目に見えないものにも大きな価値があることを、俺は知っている。
全ては他人のロマンを尊重してこそだ。
「あ、そろそろ帰らないと。オジーチャン、帰るよ」
気づけばこの世界の空も、少し赤くなり始めていた。
こうハプニングが続くと、時間が過ぎるのも早い。
「お疲れ様。アルトラウラさん、また今度」
「……あなたはどうするの?」
「俺は徹夜かな。明日は何もないし、早めに建築を完成させたい」
「え、建築? 変なオニーサンって大工なの?」
「変な……」
あの醜態を見られた以上、否定できない。
「イツキ……俺の名前……」
「じゃあイツキ。あなたは大工?」
「まあ、そういわれれば、そうかな。……だが、我の事は建築家と呼べ。そのほうがカッコ――」
「もし大工だとしても、ここで夜を明かすのはやめたほうがいい」
言い終わる前に、真剣な顔で言葉を被せられてしまった。驚いて、つい普通に返してしまう。
「え、なんで?」
「知らないの? ここは夜になると化け物が出る。すごく強くないと、死ぬよ」
「ああ、それなら心配な――」
言い終わる前に、鹿に――『オジーチャン』に裾を引っ張られ、少し体勢を崩す。
いいからこっちに来い、そんな様子だ。
「近くに、私の住んでる村がある。念のため、今夜はそこで休んでいって」
「え、村?」
こんな所に、いったい誰が建築したのだろう?
見たい……! 衝動的に目を輝かせてしまう。この近くに、俺が知る村はそう多くない。
実際かなりの時間、なにもない場所を歩いてきた。
案内して貰えるなら、こんなに嬉しい事はない。
どんなテーマで作られているんだろう?
立地は。素材は。年代は。建築様式は。
一貫したソレで作られているのだろうか? それとも、バラバラなのだろうか。
「ふふ、興味が出てきたみたいだね。おにいさんの話もゆっくり聞きたいな」
アルトラウラはクスクスと笑いながら、鹿の背を撫でている。
「……どっちかな? こっち? 早く行こうよ。さぁ、アルトラウラさん、早く!」
「わ、急に元気になったね! そっちじゃないよ! もう……あと、私の事は『ラウラ』でいい」
「了解だ、ラウラ。天使よ、俺を楽園へ導いてくれ!」
「ホント変な人だなあ。行くよ、イツキ」
鹿に跨ると、アルトラウラは既に薄暗くなっている森の中にあって、誇らしげに笑顔を輝かせた。
「楽園――いいえ、私たちが暮らす現実の村へ!」
生命力に満ちたラウラの笑顔を正面から受け止めると俺は頬が熱くなり、思わず目をそらした。
「よ、よろしく、ラウラ」
鹿が俺を煽るように、小さく何度か鳴いた。
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