六の輪 2
「おまえが、新しく来たという南の国の職人か?」
修行に赴いた皇都の、鍛冶師達の仕事場の一角。慣れない環境に戸惑いながらも、他の職人の技術を、出身地である最南伯領で鍛えた自身の鍛冶と細工の腕と引き比べることによって得ようとしていたエルの前に突然現れ、自分の剣をエルの眼前に突きつけた、不遜を含んだ声に、エルは細工の手を止めて顔を上げ、そして瞠目した。目の前にあったのは、自分とほぼ同じ顔。火を扱う職人のよれよれの革の前掛けと、皇国の近衛騎士らしい濃青色の隙の無い上着との違いはあるが、少しだけ丸みを帯びた顔と、どうあがいても筋肉が付かない華奢な身体つきは、ほぼ同じ。エルの、血の繋がった身内は、両親のいないエルを育ててくれた叔母のペトラだけ。だから、目の前の人物に、エルは驚きを隠せなかった。
「ほう」
相手の方も、エルとの相似に気付いたのか、もう一度エルを上から下まで見詰め、息を吐く。僅かに揺れる、剣を持っていない方の袖には、七つの白色の線が確かに見えた。
「世の中には他人の空似が三人はいるというのは、本当のことだったんだ」
急に砕けた調子になった、その青年の声に、思わず口の端を上げる。
それが、『七つ輪』の近衛騎士、グレンとの出会い。
数日後。預かったグレンの剣と、南の国から持ってきていたエル自身の剣とを大切に布でくるみ、エルは皇城の裏手にある近衛騎士の詰所を訪れた。
グレンからの依頼は、自身の折れた剣を直すこと。人はどんどん集まってきているが、まだ作られて間もない皇都には、グレンの出身地である北の国で作られた剣を直すことができる者がいないらしい。北の国の技術を知らないエルにも、グレンの依頼は手に余ったが、それでも何とか直すことはできた。そして、直した剣とともに、自身の剣をも持ち出したのは、街の噂を聞いたから。
「直して、くれたのか」
僅かに揺れる大地を感じながら、直した剣をグレンに渡す。近衛騎士の詰所は、寂しさを感じるほどにがらんとしていた。
大陸の統一という役目を終え、初代皇王アレオスが皇都の地下に作成した迷宮内に封じた『幻獣』が昼夜となく暴れている。毎日のように起こる地震は、その幻獣が暴れる結果。そして、幻獣の暴走を止める為に地下に向かった近衛騎士達は、一人として戻って来ていない。それが、エルが街で聞いたこと。そして。老境に達した皇王アレオスの信任篤い、皇王が北の国に嫁がせた娘の息子だというグレンも、装備が整い次第幻獣を倒しに向かうという。
「その、剣は?」
エルが抱いているもう一振りの剣を認め、グレンが首を傾げる。
「南の国の、剣です」
そのグレンに、エルは剣を差し出した。
「幻獣は、南の国で皇王陛下が降し、従えさせたと聞いています。南の国の剣があれば、幻獣を倒すことができるかも、しれません」
エルの持つ剣には、南の国では魔を避ける効果があると言われている銀が溶け込んでいる。幻獣と魔は異なる存在だが、効果はあるかもしれない。エルの言葉に、グレンは大きく笑った。
「北の剣には、金が溶け込んでいるという」
そして。エルがグレンに渡した南の国の剣を、グレンはエルに返した。
「おまえは、剣は使えるか」
「はい」
グレンの言葉に、強く頷く。エルを育ててくれたペトラは、様々な技をエルに教えてくれた。鍛冶の技も、細工の技も、……剣の技も。だから。
「なら、俺と一緒に来てくれ」
差し出されたグレンの手を、エルはしっかりと、握り返した。
グレンとともに、皇城の地下へと潜る。
幾許も行かないうちに、呻き声で地底を揺らす存在が、二人の前に現れた。
「これが」
太い柱に太い鎖でがんじがらめに縛られているにもかかわらず、僅かな動きと咆哮だけで空間を揺らすその存在に、息を吐く。
「今すぐ、楽にしてやる!」
そのエルの前で、グレンはおもむろに腰の剣を抜くと、その金色に光る刀身を勢い良く『幻獣』の腹に突き立てた。だが、北の国の剣は、幻獣の腹に潜り込むことなく、無惨にも半分に折れる。続いて響いた、グレンの悲痛な叫び声に、エルは自身の剣を抜いて幻獣と、幻獣が放つ血の色にも似た光に捕らわれたグレンとの間に割って入った。
「グレン!」
叫んで、グレンを遠くに突き飛ばす。そしてエルは、グレンと同じように、自身の剣を幻獣の胸へと叩き込んだ。次の瞬間、剣ごと、エルは遠くへ弾き飛ばされる。目眩から回復したエルが見たのは、柱と鎖とに挟まれてぐったりと動かない『幻獣』と、目の前に落ちている、真っ二つに折れた自身の剣。封じることが、できたのか? 確かめる為に、突き飛ばしたグレンを探す。次に見えたのは、鋭い鉤爪をエルの方に伸ばす、どす黒い靄に包まれたグレンの、下半身だけが醜悪な怪物に変化した無惨な姿。
「え、エル……」
泣きながら、それでもエルを傷付けようと鉤爪を伸ばすグレンに、心を決める。怪物と化しつつあるグレンの動きを冷静に見極めると、エルは、お守りとして常に身につけていた銀の短剣を抜き、グレンの胸を刺した。次の瞬間、黒い靄は消える。後に残ったのは、呆然とするエルと、そのエルの腕にぐったりと身を預けたグレンの、徐々に冷たくなっていく身体。
「ありがとう」
それだけ言って、腕の中のグレンが目を閉じる。泣くことも、できない。自分に似た亡骸を、エルは静かに抱き締めた。
翌日。折れた二振りの剣と、グレンの血に染まった銀の短剣を抱え、エルは誰にも何も告げずに北の国へ旅立った。
北の国で、剣を作る優れた鍛冶師を捜して師事する。北の国と南の国の技術を駆使し、エルは、折れた剣と短剣から血の色を帯びた剣を二振り、作り上げた。
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