六の輪 1
目を開けて見えた、灰色の髪に、唇を震わせる。
「ペトラ……」
ライの小さな声が聞こえたのか、ベッドの側に座って編み物をしていた曾祖母ペトラは、ライの方へその皺一つ無い顔を向けて微笑んだ。
「まだ、熱が高いわね」
何時に無く優しい声とともに、ペトラの冷たい指がライの額を撫でる。
「もうしばらく、眠っていた方が良いわ」
ペトラの言葉に、ライは素直に頷いた。だが、懸念が一つ。
「ユニ、は?」
ライの身体に毛布を掛けるペトラに、それだけ尋ねる。
「元気よ。幻獣化してたにしては、体力も奪われてないし」
ライの問いに、ペトラは普段通りの、どこか冷めた笑みを浮かべた。
「寧ろあなたの方がだめね」
動かせるようになったら最南伯領に戻すよう、ルフから言われている。体力の回復の為に、しばらく、眠っていなさい。もう一度言われた、ペトラの言葉に、再び頷く。だが、ノックもなく部屋に入ってきた人物が遠くに見え、ライは首を動かした。
「元気か?」
ベッド側に現れた人物、従兄のゼーレに、こくんと頷く。しかし何故、ゼーレは、鎧を身につけているのだろうか? 疑問が、ライの心を掴む。ここは南の国の王宮。ゼーレにとっては、本拠地のはずなのに。ライの疑問は、悲しく解けた。
「親父が、ルフ王が、国境近くに軍を進めた」
ゼーレの鎧を見詰めるライの視線に気付いたのか、言葉少なに、ゼーレが説明を始める。南の国の王宮が、皇国に敵対するものを滅ぼす為に現れるという幻獣に攻撃されたこと、そしてその幻獣が、南の国だけでなく皇国の各地に一斉に現れたという報告を受けた南の国の王ルフは、国の戦力を半分に分け、半分をゼーレに任せて王宮と王都の守りとし、自らは残りの半分を率いて皇国との国境沿いに向かった。その目的は、自身が治める国土と人民を守ること。そして、まだ皇国に残る伯母イーディケとその息子ルードを、南の国に滞在する皇女サジャと皇子ユニ、皇王の二人の子供と交換する、交渉をする為。
「ダメ!」
ゼーレの言葉に、思わず叫んで身を起こす。サジャとユニを皇国に帰してしまったら、二人は幻獣にされてしまう。たまたま、ユニは助けることができたが、幻獣にされた者を助けることが難しいことは、第一皇子ノルドの件で分かっている。幻獣化される前に、テムのように力を奪われ、苦悶のうちに命を落とす可能性も、あるのだ。
だが。ベッドから飛び出そうとしたライの身体は、すぐに力を失ってしまう。
「分かってる」
ぐったりとベッドに横たわってしまったライの額を、ペトラの優しい指が撫でた。
「でも、熱が下がってから」
曾祖母であり、育ての親でもあるペトラの言葉には、ライを大人しくさせる力が、確かにある。それでも渋々、ライはペトラに頷き、そしてゆっくりと、目を閉じた。
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