四の輪 4

 それから、どこをどう走ったのか、分からない。


 気が付いた時には、ライは寄宿している伯母の家の、ライが使っているベッドの上に倒れ込んでいた。


 皇王レクトと近衛騎士隊長フィルとのやりとりが、脳裏をぐるぐると回っている。期待されている領主としての地位も自分には過ぎたるものだと思っている。皇王なんて、とうてい無理。第一、皇王レクトにはノルドとユニ、二人の皇子がいる。サジャも皇女であるとはいえ、男子が二人もいるのだから、皇王の周りの者は皆、サジャとライが共同統治者になることに反対するだろう。自分には、皇王など、務まらない。恐れが、ライの全身を震えさせていた。


「入るわよ」


 高窓からの光が赤みを帯びた頃、伯母がライの部屋に入ってくる。


「何があったの?」


 優しい伯母の声に、ライはベッドに突っ伏したまま首を横に振った。言えない。言えるわけがない。


 と。


「イーディケ様!」


 伯父の屋敷を取り仕切る家令の、慌てた声が、部屋に入ってくる。


「どうしたの?」


 伯母が部屋を出ていく気配に、ライはほっとしてベッドから顔を上げた。次の瞬間。


「ライ!」


 とてつもない剣幕のサジャが、ライの身体をベッドに押し付ける。腹の上に乗ったサジャの重さに、ライは思わず呻いた。


「お父様に、何を言ったのっ!」


 ライの襟を掴み、ライの肩を強く揺さぶるサジャの形相に、声が出ない。


「止めなさい、サジャ」


 しかしすぐに伯母が現れ、ライからサジャを引き離してくれた。


「どうしたの、サジャ?」


 伯母の優しい声に、俯いたサジャの肩が酷く震える。


「えっ、お、お父様と、ノルド、が……」


 父である皇王レクトと、異母弟のノルドの仲があまり良くないことは、サジャも薄々感じていた。だが、父がノルドではなくサジャ自身を後継者にしようとしており、かつサジャの婿にライを迎えようとしているとは思ってもみなかった。父と弟との諍いでそのことを知ったサジャは、父の言葉に恐怖を覚え、そして、何故父がそのようなことを言い始めたのかを問い糺す為に、ライの寄宿先へと走った。


 自分だって、皇王レクトが何故自分を次の皇王にしようとしているのか、分からない。しゃくりあげながら成り行きを伯母に説明するサジャの声に、ライは首を横に振った。父ヴィントがレクトを庇って亡くなったからだとは思うのだが、それでも、皇王レクトの考えは、突拍子が無い。


「……それならば」


 もう一度、首を横に振ったライの横で、サジャの話を聞いた伯母がふっと息を吐く。


「サジャはしばらくレナの施療院に隠れてなさい。レクトの許には、戻りたくないのでしょう?」


 伯母の言葉に、サジャはこくんと頷いた。

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