四の輪 3
教えるのに良い教材となるような本が図書室に見当たらなかったので、ライが先程まで読んでいた本を使ってユニに文字を教える。明日は、従弟のルードが使っている教本を借りてこよう。そう思ったライのお腹が、不意にぐうと鳴った。
「お腹空いたね」
その音に、意外に熱心に学んでいたユニが振り向いて笑う。
「ぼくの部屋に来て。お菓子ならいっぱいあるんだ」
そのユニに誘われるまま、ライは無人の図書室を出、皇城内の、行ったことのない方向へと向かった。
静かで、人気の無い廊下を、はしゃぐように歩くユニの後ろに付いて進む。この辺りが、皇王とその家族が住む『奥』にあたる場所、なのだろうか? それにしては静かで、生活感が無い。ライがそう、いぶかしんだ、正にその時。
「しかし、陛下!」
静寂を破る声に、はっとして前を歩くユニの肩を掴む。
「どうしたの、ライ?」
「しっ、静かに」
首を傾げたユニをしっかりと抱き締め、ライは物陰に隠れた。
「何故、今更?」
そのライの耳に、伯父でもある近衛騎士隊長フィルの声が、鋭く響く。
「何か問題でもあるのか、フィル」
対して、次に聞こえてきた皇王レクトの声は、不気味なほどに落ち着いていた。
「ありますよ!」
そのレクトの声を、フィルの声が圧する。
「第一皇子を差し置いて、サジャ姫を皇太子にするなど!」
「ノルドには、皇王は務まらぬ」
フィルに威圧されても、皇王レクトの声は変わらない。
「サジャの婿に優秀な者を迎え、共同統治者とした方が、国は安らぐ」
「そう、かもしれませんが。……しかし、姫の婿に、ライを、推すのは」
フィルの口から出てきた、自分の名に、全身が硬直する。自分が、……皇王に?
「いけないか?」
「ライが騎士として優秀であることは認めます。ヴィントの血を濃く受け継ぐ、良い息子だと。しかしライは、ここでは新参者です。皆の反発を招くのは、必至」
「だからこそ、早めに姫の婚約者として皆に知らしめる必要がある」
「ですが、今度の姫の誕生会で発表するのは、やはり、時期が早」
「最愛の娘の誕生日に、命を懸けて私を助けてくれたヴィントの忘れ形見との婚約を発表し、二人に皇位を継がせる。これ以上の贈り物は無いだろう」
皇王レクトと近衛騎士隊長フィルとのやりとりに、全身が震える。ライの腕からユニが滑り降りたことにも、ライは気付かなかった。
「……ライ?」
ライを見上げるユニの、暗がりでもはっきりと見える碧い瞳に、はっとして気持ちを落ち着かせる。ここで、誰もいないところで断れば、誰も傷付かずに事が収まる。その思いのまま、ライは隠れていた暗がりから一歩踏み出した。その時。
「父上」
絶望の声が、耳を打つ。ライの目の前で、皇王レクトと、第一皇子ノルドが対峙していた。
「そ、それは、……何故」
ライと同じように、フィルと皇王レクトとのやりとりを全て聞いていたらしい、ノルドの声が、ライの耳に悲しく響く。いたたまれなくなり、ライはくるりと、その場にいた全員に背を向けた。
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