四の輪 2
その、次の日。
「ライ」
皇城の図書室で本を読んでいたライの横に現れたのは、久し振りの小さな影。
「おみやげありがとう」
その小さな影、第二皇子ユニは、お礼を言うなりライの腰に飛びついた。
「ぼくも連れてってくれたら、もっと良かったのに」
ライの身体を登るようにして、ライと書見台の間に顔を出したユニの、予想通りの言葉に、苦笑する。ユニには、ユニの兄である第一皇子ノルド経由で、北の森で拾った大きめの団栗を独楽にしたものをお土産として渡した。小さな細工物だが、気に入ってくれたようだ。ライに笑いかけるユニの表情に、ライはほっと息を吐いた。
「今日は何読んでるの?」
そのライの手元、書見台に置かれていた本を見て、ユニが唇を歪める。
「小さい字ばっかり。面白くない」
「歴史の本です」
エーリチェからもらった剣の出所の故か、皇国の建国の頃のことに興味を持ったライは、皇都に戻ってからずっと図書室で歴史の本を読み漁っている。今から百年ほど前、多発する戦乱によって本来豊かなはずの大地が荒廃し続けていたこと。その荒れ果てように憤りを感じたアレオスと言う名の領主が、山の多い北側の国と海に面した南側の国に協力を仰ぎ、いがみ合う大陸の領主達を降したり倒したりして大陸の統一を果たしたこと。そして、豊かで平和な皇国を打ち立てる際に最も活躍したのが、アレオスが南の国で従えた『幻獣』と呼ばれるものであったこと。その全てがきちんと、図書室に置かれている本には書かれていた。大陸が統一され、戦乱が減った後、暴走する幻獣は『七つ輪』グレンと刺し違え、皇都の地下に封じられたことも。
「これは、何?」
細かい字で書かれた歴史書の挿し絵を、ユニが指し示す。
「この方が、皇国を打ち立てた初代皇王アレオス陛下だそうです」
挿し絵の下に書かれた文字を読み、ライはユニの質問に答えた。
「じゃあ、こっちは?」
「アレオス陛下が従えていた『幻獣』だそうですよ」
羊皮紙を乱暴にめくり、新たな挿し絵を見つける度に、ユニはライに質問を投げかける。小さい字ではあるが、挿し絵には絵を説明する文章がきちんとついている。それを読めば、挿し絵が何を意味するのかは分かるはずなのだが。ユニの矢継ぎ早の質問に、ライは正直疲れていた。
「挿し絵の説明は、下に書いてありますよ」
その疲労のまま、ユニにそう、言ってしまう。
「だって、字、読めないんだもの」
頬を膨らませたユニに、ライは思わずえっと叫んだ。イーディケ伯母と近衛騎士隊長フィルの息子、従弟で、ユニと同じくらいの歳のルードは、イーディケ伯母から読み書きと計算を習っている。曲がりなりにも皇子であるユニが、文字を知らないなど、変だ。
「誰も教えてくれないし」
ユニの言葉が、ライの疑問をますます深める。第二皇子がこれで良いのだろうか? いや、良くない。ユニは、ライよりも責任が重い立場に将来就くのだ。そんな人物が、無学のままで良いわけがない。
「じゃあ、教えます」
衝動のままに、そう、口にする。
「本当?」
ライの言葉に、ライの方を向いたユニは満面の笑みを浮かべた。
「じゃ、じゃあ、今すぐ教えて」
書見台とライの間で暴れるユニを、そっと抱き締める。教えると言っても、何から教えればいいのだろうか? ペトラが持っていたような、初学者用の文字の本が、この図書室にあるだろうか? 父も使っていたという、よれよれの薄い本のことを思い出し、ライは思わず微笑んだ。
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