三の輪 4

 次の日。


 窓から差してくる陽の光の眩しさに目を開けると、ライのすぐ横でアールが眠っているのが見えた。


「寒そうだったから、一緒に寝てやっただけだ」


 ライと同時期に目覚めたアールは、すぐにベッドから飛び出し、足下に投げるように置かれていた青色の上着に袖を通す。


「誤解するなよ。俺は、おまえから幻獣についての知識を得たいだけだ」


 幻獣を用いて、皇国は諸侯に威を奮っている。だから、幻獣を理解することで、『七つ輪』に近づく可能性が高まる。生意気にも聞こえるアールの言葉に、ライは思わず口の端を上げた。やはり、アールはアールだ。


 そのアールに手伝ってもらい、気怠い身体に上着を羽織る。


「砦の酒に毒が入ってるって、どうして分かった?」


 上着の上にベルトを締め、剣と、お守りである銀の短剣をベルトに差す、その間に、ライは昨夜感じた疑問をアールに尋ねた。


「毒については、祖父にも、エーリチェにも厳しく仕込まれたからな」


 そのライの問いに、アールは屈託無く答えてくれる。昨晩、夕食後に出た葡萄酒を一口飲んだだけで、アールは葡萄酒の中に痺れの毒を判別した。だからアールは、葡萄酒を飲もうとした他の騎士達を直ちに制止し、葡萄酒の出所を尋ねた。そして、絶壁の麓にひっそりと暮らす、今は年老いた、元大公の未亡人が、砦近くの村人達を騙し、砦に納める酒を毒入りのものにすり替えたことが判明した。


「で、朝になったら北の大公の未亡人の所に行って色々尋問しようってことになってたんだけど、ライのおかげで手間が省けたというか」


 昨夜の顛末を話すアールの、軽快な口調に、ライは再び、微笑んだ。


 と。


 呼び声を感じ、顔を上げて窓の外を見る。陽の影になった崖の麓に見えた、蝙蝠の翼のような禍々しい靄の形に、ライは無意識のうちに窓の桟に足を置いていた。


「ライ! 何処へ行く!」


 背後に響くアールの声を振り切り、鳥の形を取る。そしてそのまま、ライは一息で、絶壁の麓の、北の大公の未亡人が暮らすという館の上空に辿り着いた。


 眼下に見えるのは、半分ほど崩れた館と、残った半分をその太い手足で更に突き崩そうとする、猿の身体に蝙蝠の翼を生やした幻獣。その蛮行に憤る間も無く、ライは背中に翼を残した人の形に戻り、ライを見て鳴き騒ぐ幻獣の長い手足を掻い潜るなりその毛深い首筋に腰から抜いた銀の短剣を突き刺した。次の瞬間。天地を切り裂くような悲鳴が、ライの耳をつんざく。短剣を取り落としたライが、最後に見たのは、どす黒い靄と、その靄の中で僅かに光る、白い線が一つ入った青色の袖、だった。

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