三の輪 3

 その夜。


 昼間馬車の中で眠り過ぎたのか、ライは眠ることができず、あてがわれた、北の国との国境付近を警備する砦の一角にある、一人用のベッドしか置けない広さの部屋の小さな窓から外を見ていた。


 寒い。固いベッドの上にあぐらをかき、手近の毛布と、近衛騎士用の黒色のマントを同時に身体に巻き付ける。夕食の時のアールの話によると、北の国では既に作物の収穫を終え、狩りの季節に入っているらしい。砦の窓からうっすらと見える、遠くの山々は既に、雪の白に覆われていた。


 そっと、近くの景色に目を移す。凍てつくような月明かりに見えたのは、砦近くの小さな村と、その更に向こうにある、絶壁。夕方、この部屋に案内された時には、絶壁の麓に暗い感じのする館が見えたのだが、崖の影に隠れてしまっているのか今は見えない。放埒な行動が故に皇国の信頼を無くし、今は勢いすら無くなってしまっている北の大公の一族の荒れ果てた屋敷がそこにあると、ライをこの部屋に案内してくれた近衛騎士隊の副隊長は言っていた。


 と。急に現れた、背後の気配に、はっと身を翻す。次の瞬間、ライがさっきまで座っていた場所に、青く光る刀身が突き刺さっていた。


「そなたは、やはり、ヴィントの息子」


 白色の髪を振り乱した老婆が、部屋の入り口を塞いでいるのが見える。


「よく、似ている。顔立ちも、身のこなしも」


 その言葉とともに、ライに向かって降り注ぐ五本の、柄の無い太剣の刀身を、ライは持ち前の反射神経で、それでも何とか、全て避けた。だが。背中に当たった、石壁の冷たさに、はっとする。部屋の隅に追いつめられた。逃げ道は、……無い。


「我が一族を凋落させた恨み、ここで晴らしてくれる」


 老婆の手の動きにあわせ、ライの方へ切っ先を向けた刀身の、青く濡れた光に、ライは唇を噛み締めた。次の瞬間。


「やれやれ、逆恨みもいいところで」


 呆れ声に、はっと顔を上げる。怒りに震える老婆の身体を羽交い締めにする副隊長と、その横で呆れた笑みを浮かべるアールの姿に、ライはほっと息を吐いてその場に尻餅をついた。ライを襲っていた、毒の気配があった魔法の剣も、消えている。


「ライがどうなろうと、俺としてはどうでも良いけど」


 副隊長に、抵抗することもできないほどにきつく身体を掴まれている老婆が、横のアールをその吊り上がった瞳で鋭く睨む。その視線を受け流すように、アールは言葉を紡いだ。


「それで、砦に納める酒に毒まで入れるとはね」


 そのアールの後ろに、砦を守る騎士達の赤色の上着が見える。


「ライに、皇国の客人に害を為そうとして、皇国が黙ってはいないぞ」


「ふん」


 副隊長の強い言葉に、老婆が鼻を鳴らす。


「暴走する幻獣ごときに、我が一族が怯えるとでも思っているのか、近衛騎士よ」


 それでも、嘯いた言葉とは裏腹に、老婆は副隊長の手から砦の騎士達へと抵抗無く引き渡され、ライの視界から消えた。そして。


「大丈夫か?」


 殺気が去り、胸を撫で下ろすライの前に、アールが一息で現れる。


「怪我、してないか?」


「うん」


「本当か? あの魔法の剣、毒が塗られていたから、気を付けないと」


 さっきは、ライを無視するような言葉を吐いていたくせに。アールの意外な優しさに、ライはふっと微笑み、そして静かに目を閉じた。

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