一の輪 7
はっとして、目を覚ます。
目にしたことの無い、薄く白い帳が、ライの瞳を優しく射た。
「起きたっ!」
次の瞬間。目の前に飛び込んできた心配顔のサジャと、そのサジャがライの上に乗った重さに、忘れていた頭痛がぶり返す。
「サジャ」
次に耳に響いた、サジャを叱る優しいレナの声に、ライはほっと息を吐いた。
しゅんとした表情で、ライが寝かされているベッドから降りるサジャと、紐で縛ってまとめられた帳の向こうにいるレナの金色の髪を見詰める。レナの横には、レナより大柄なイーディケ伯母も、いた。
「ここは」
ライの額の手拭いを取り替えてくれる伯母に、尋ねる。
「皇城の客間よ」
ライを見てにっこりと笑う伯母の後から、レナの優しい声が聞こえてきた。
「念の為に、昨夜サジャのことを兄上に知らせておいて良かったわ」
皇都の南の橋の側でライを襲った近衛騎士達は、人質として皇都に来ている各地の辺境伯の息子達。特に、左袖に二つの輪を付けた近衛騎士は、西の領土を守る辺境伯の息子であるという。皇王レクトの唯一の皇女であるサジャ姫に取り入り、あわよくば皇王の座を得ようという目的で、彼らはならず者を雇い、しばしば施療院に遊びに行くサジャを拐かす芝居を演じるよう、頼んだ。勿論、サジャのピンチに駆けつけて、サジャを助けることで姫と皇王の覚えを良くしようという、企み。しかしその企みは、サジャの悲鳴にいち早く気付き、複数のならず者を一人で退治できる技を持ったライに阻まれた。そのことに腹を立てた件の近衛騎士達が、ライにサジャ姫誘拐の濡れ衣を着せて自分達の企みを達成しようとしたのが、ライが近衛騎士達に襲われた真相。サジャがならず者に襲われたことと、そのサジャをライが助けたことを、レナが兄である皇王レクトに事前に連絡していた為、ライに掛かった嫌疑はすぐに晴れ、ライを襲い、殴って気絶させたライを地下牢に放り込んだ近衛騎士達はそろって近衛騎士の地位を剥奪され、ライと入れ替わりに地下牢に放り込まれた。
「本当に、良かったわ」
レナの指が、ライの頬に僅かに触れる。
「北の大公の息子達が同じ企みをして、ヴィントが私を助けた時には、五日も飲まず食わずで地下牢に閉じ籠められた上に、兄上が助け出さなければ殺されるところだったんだから」
そのレナの言葉で、夢の中で締め付けられた首が再び苦しくなったように感じる。僅かな咳で、ライはその苦しさを何とか押し出した。それでも、夢の中の、冷たさと重苦しさが、ライの胸の中でぐるぐると回っている。あの極限を、父は。枕の上で首を横に振り、ライは重苦しさを何とか追い払った。
と。
「気が付いたのか」
重い声が、部屋を震わせる。跪いた伯母に、首を横に向けると、皇都に来た時に伯父と伯母に連れられて一度だけ目通りした、皇国の王レクトの、どことなくレナに似た姿が、ライの視界にはっきりと、映った。
「まだ少し、熱があるようですわ、兄上」
レナの言葉に頷いた、皇王レクトが、傍らの椅子に掛けてあった濃青色の上着を掴み、ライの前に広げる。そしてレクトは、ライをベッドの上に座らせると、手にした近衛騎士の上着をライの肩に着せ掛けた。
「お詫びと、お礼だ。受け取って欲しい」
レクトが発した言葉よりも、そのレクトの、ライを見詰める何処か鋭い碧色の瞳に、戸惑いを覚える。俯くと、左袖に入った一本の白い線が、ライの瞳を鋭く射た。皇国と皇王を守る近衛騎士に、任命された。それだけは、何とか理解する。しかし、自分は、父のことを知る為に皇都に来、皇国の客人となっただけ。まだ力は足りないが、南の国の旗手として最南伯を継ぐことも決まっている。剣の技も、知識も、中途半端な自分が、皇国の近衛騎士になって、良いのだろうか?
「受け取っておきなさい、ライ」
迷う瞳で大人達を見上げたライの耳に入ってきたのは、イーディケ伯母の強い言葉。
「近衛騎士になれば、ヴィントのこと、もっと色々知ることができる」
ライにしか聞こえていないような、伯母の言葉に、ライはゆっくりと首を縦に振った。
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