23.サプライズ

 フローリアンはツェツィーリアの隣の家を買い、ラルスとメイベルティーネと一緒に住み始めた。

 イグナーツはここでも音楽家として身を立てていて、生活できるだけの収入が充分あるらしい。

 それとは別に、ツェツィーリアが潰れそうな会社を買収して立て直したので、そちらの収入が結構あるようだ。


 ラルスとイグナーツが子どもたちを連れて遊びに出てくれたので、フローリアンはツェツィーリアとゆっくりお茶を飲みながら話をする。

 ツェツィーリアが会社の概要を書いた案内を持ってきてくれて、テーブルの上に置いた。


「フロー様にいただいたお金を元手にやってみましたの。そのまま生活費でなくしてしまっては、なにも残りませんものね!」


 さすがは元王妃、フレキシブルな実行力で、経営能力を遺憾なく発揮している。


「今では二社経営しておりますわ。けれどわたくし、やっぱり編み物の教室を開きたくて……この二社を任せられる方がいればよいのですが」


 ツェツィーリアはフローリアン目を向け、いたずらが成功した子どものように少し目を細めた。


「……僕?」

「はい。実は、いつかはフロー様にお願いしたいと思っていたのですわ。もちろん、フロー様がよろしければ、ですが」

「そりゃ、ずっと生活費を送ってもらうわけにはいかないから、なにかしなきゃとはラルスと話していたけど……僕にもできるのかな?」

「できますわ。わたくしがおこなっていたのは、王城で勉強していた時の応用ですもの。フロー様なら難なくこなせますわよ!」

「でも、ツェツィーが軌道に乗せた会社だろう? 僕が横取りするみたいで、申し訳ないよ」

「あら、ではわたくしは編み物の教室を一生開けませんわね……残念ですわ」


 ツェツィーリアはしょぼんと肩を落とす仕草をしたあと、ちらりとこちらを見て含み笑いをしている。ツェツィーリアの狙いが筒抜けで、フローリアンは思わず吹き出してしまった。


「っぷ! もう、わかったよ。ツェツィーが僕のために用意してくれた会社だってことは! ありがたく、経営させてもらうよ」

「よかったですわ! ひとつは観光業界ですの。きっと、ラルス様もご活躍できましてよ!」


 ツェツィーリアはずっと先のことを考えて、いつかフローリアンがここにきた時のための準備をしておいてくれたのだろう。自分の編み物の教室は、二の次にして。その心遣いが胸に沁みる。


「やっぱりツェツィーは優秀で、優しいね……」

「フロー様のためなら、今度こそなんだってやると決めておりましたの」

「ありがとう、ツェツィー……」

「ふふ、やっぱりフロー様は泣き虫さんですわね」


 ツェツィーリアの嬉しそうな笑顔を見て、フローリアンは泣きながら笑った。

 二人だけの午後のお茶の時間は、そうして優しく穏やかに過ぎていった。



 ***




 フローリアンは二つの会社の社長となって経営し、ツェツィーリアは念願の編み物と刺繍の教室を始めた。

 ラルスはフローリアンの経営する会社のひとつで、レジャーガイドとして日々楽しそうに働いている。

 社交的で、人に優しく明るいラルスは、たった二ヶ月であっという間にこの街に馴染み、たくさんの友人を作った。


 今日は家の庭で、会社の従業員やラルスの友人たちを呼んでホームパーティーを開く予定だ。

 そのはずだったのに、集まってきた人たちは何故かみんな、アフタヌーンドレスやダークスーツを着用している。


「あれ? 僕、平服でって言ったよね?」


 少なくとも、会社の従業員たちにはそう伝えていたはずだ。一瞬、平民の平服とはフォーマルのことだったのだろうかと思うも、さすがにそれはないと首を傾げた。

 普段、彼らはこんな服を着たりしない。なのに、どうしてきらびやかに着飾っているのか、理解できない。

 ホームパーティーは園遊会と違って気楽なものだと思っていたのだが、その認識が間違っていたのだろうかとフローリアンは焦った。なぜなら、フローリアンはこの二ヶ月で馴染んだ、一般的な女性が好む簡素なワンピースを着ていたのだから。

 明らかに自分だけ浮いていて、着替えるかどうかラルスと相談しようと思ったが、どこにいったのか見当たらない。


「フロー様、こちらですわ」


 その時、隣の庭からツェツィーリアの声がした。行き来しやすいように一部の柵を撤去していて、フローリアンはすぐにツェツィーリアのところまで辿り着く。


「なに、ツェツィー?」

「お着替えの用意をいたしましたわ。こちらへどうぞ」

「ありがとう。ツェツィーも今日はなんだか気合が入ってるね……今日はこの国の特別な日かなにかだったの?」

「ふふ、きっとフロー様にとって特別な日になるのですわ」


 話が微妙に噛み合わず、首を傾げながら連れられた部屋の中には、純白のドレスが飾ってあった。

 それを見れば、さすがになにをするつもりかは、見当がついてしまう。


「これ……僕が、着るんだよね……?」

「そうですわ。わたくしの力作ですのよ」


 きれいなレースで仕立てられた、プリンセスラインのドレス。

 見るだけで、胸が勝手にドキドキと高鳴ってしまう。


「着て見せてくださいませ。向こうでラルス様が待っておりますわ」

「う、うん」


 ツェツィーリアがウエディングドレスを着付けてくれる。ラルスは結婚式をいつか挙げるつもりでいてくれたようだが、それが今日だとは思ってもいなかった。

 長くない髪も、ピンで止めてヴェールを被せてもらうと、結い上げているように見える。

 最後に生まれて初めて化粧をした自分を見て、それだけでもう、込み上げてしまった。


「フロー様、お涙はもう少し我慢なさってくださいませね」

「う、うん……僕、今日結婚できるんだね……」

「ふふ、ラルス様を呼んで参りますわ」


 ツェツィーリアが出て行ったあと、改めて鏡を覗いてみる。

 いっぱしのレディがそこにはいて、自分じゃないようでなんだかそわそわした。

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