22.ずっと一緒に
ツェツィーリアとイグナーツは、オルターユ王国のモワノという街に住んでいるらしい。
長い旅路を終えてその街に入ったフローリアンとラルスは、見慣れぬ景色にきょろきょろとあたりを見回す。
街は大きくて人口も多そうだが、周りは山や川などの自然に溢れている。それに海もあるそうで、内陸の国に住んでいたフローリアンたちは胸を鳴らした。
「広い街ですね」
ラルスはメイベルティーネを胸に抱きながら、ほうっと息を吐いている。
ハウアドル王国の王都のように広いわけではないが、活気のある賑やかなところだ。
「ここは芸術の街とも言われているって馬車の中で聞いたけど、あちこちで絵を描いたり音楽を奏でたりしてるんだな。すごい」
目に鮮やかな絵があったり、彫刻が飾られていたり、耳に心地よい音楽が流れていたりして、飽きのこない街だ。
ラルスが壁一面に描かれた街の地図を見つけて確認したあと、手紙に書かれた住所に向かって歩き始めた。
「フローラ、こっちです」
「わ、待って!」
振り向いたラルスに手を差し出されて、フローリアンは手を握る。
「迷子にならないでくださいね」
「ラルスの方こそ……!」
「俺、さっきの地図でこの街の道を全部把握したんで」
「相変わらず、ラルスの記憶力はどうなってるんだよ」
「はははっ」
ラルスは楽しそうに笑っていて、フローリアンは口を少し尖らせてみせた。
「僕はこれだけの街、覚えるのには時間がかかりそうだ」
「もし迷子になっても、必ず見つけ出しますよ」
「……うん」
優しい瞳になったラルスの手をぎゅっと握る。日の当たる場所でこんなことができる日がくるとは、思ってもいなかった。
「こんな風に街中を歩けるなんて、夢みたいだ」
少し前までは、考えられないことだった。街がきらきらと光って見えるようで、胸がきゅうっと嬉しさを訴えてくる。
「こ、恋人に、見られてるかな……?」
目だけで見上げると、太陽の光がラルスをきらめかせる。
「ベルもいるし、夫婦に見られてると思いますよ」
「そ、そっか」
「フローラ」
「ん?」
ラルスのまっすぐで真面目な瞳に吸い込まれそうになった瞬間。
「ちゃんと式を挙げますから。少しの間、待っていてください」
真剣な声音に、フローリアンの心臓はどくんと跳ねる。
みんなに祝福される結婚式。フローリアンが誰より望んでいたことだ。それに気づいてくれていたことが、なによりうれしい。
「うん……待ってる」
フローリアンはぎゅっと手を握ると、ラルスの腕に密着しながら歩いた。
そうして街の中をずっと進んでいると、どこからかピアノの音色が耳に入ってくる。
「これ、〝愛しのあなた〟だね。オルターユ王国でもポピュラーな曲なのかな」
「そうかもしれませんね。ダンスも盛んな国のようですし」
「あのね、僕、この曲で……」
「あ、ここですよ、フローラ! ツェツィーリア様の住む家は」
「え?」
ふと左を見ると、周りに比べて広い庭に煉瓦造りの大きな家が建っている。ピアノが聞こえてくるのは、そこからだ。
「こ……こ? じゃあ、この曲を弾いているのは……」
「フロー様?!」
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イラスト/遥彼方さん・星影さき
りんと鈴の鳴るような声と同時に、ピアノの音が止まった。
大きな家の窓から見えるのは、長い銀髪の美しい女性と、背の高い金眼黒髪の男性の姿。
「ツェツィー!!」
「フロー様……フロー様!!」
ツェツィーリアはその窓から遠ざかったかと思うと、玄関から飛び出してきた。フローリアンも思わず庭に入り込み、駆け寄ってくるツェツィーリアを迎える。
「フロー様……本当にフロー様ですわ……!」
「本物だよ! 僕も国を出てきたんだ」
「ええ?!」
驚いているツェツィーリアの後ろからイグナーツもやってきた。フローリアンは二人に向かって事の経緯を説明する。
「ハウアドル王国は、兄さまが王位を継いでくれたんだ。僕が女だってことも全て話した」
「そう……でしたの……そうでしたの……! ようやくフロー様は、女として生きられるのですわね……」
ツェツィーリアの手がフローリアンの頬を撫でていく。その目からははらはらと涙が溢れ落ちていて、フローリアンも込み上げてきた。
「ツェツィー、僕より先に泣いちゃってるじゃないか……」
「だって、嬉しいのですわ……フロー様が、ようやく、ようやく女として生きられて……こんなに早く再会できるなんて、思っていなかったんですもの!」
いつか必ず会おうと小指を絡ませてした約束。
それは、遠い遠い未来の話だと思っていた。
メイベルティーネが女王となり、フローリアンが退位して……それからのことだと。
フローリアンが女に戻るのも、ラルスと正式に夫婦になるのも、ツェツィーリアと会えるようになるのも。
「僕も、こんなに早く願いが叶うなんて思ってなかった……会えて嬉しい……嬉しいよ、ツェツィー!」
「フロー様ぁ……っ」
わっと声を上げると同時に、抱き合いながら涙を流した。ひっくひっくと二人してしゃくり上げる。
さんさんと降り注がれる日差しが今までの苦しみを消すように、優しく温めてくれた。
しばらくして少し落ち着くと、そっと離れたツェツィーリアが少し微笑みを見せた。
「これからは、ずっと一緒にいられるんですの……?」
「うん……ツェツィーたちさえ良ければ、近所に住みたいよ」
「今、隣が空き物件でしてよ!」
「え? 本当に?」
「フロー様から見れば、小さな家だとは思いますが……」
「構わないよ、執務室くらいの大きさがあれば、そこで充分事足りてたんだから。ねぇラルス、ツェツィーたちの家の隣でもいい?!」
後ろを振り返ると、ラルスが微笑みながら「もちろん」と頷いてくれて、フローリアンとツェツィーリアは手を取り合って喜んだ。
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