06.ダンス
二曲目が終わると、少し休憩が入る。
ツェツィーリアを見ていたら、しばらくイグナーツと話した後でこちらに来てくれた。
いつものツェツィーリアにしては少し派手な、明るいピンク色のドレスがとても眩しい。
「フロー様」
「ツェツィー……良いのか?」
「約束ですもの。フロー様と踊れる優越感ったら、ありませんわ」
茶目っ気たっぷりにそう言ってくれたので、フローリアンは遠慮なくツェツィーリアの手を取ることができた。
フロアの中央まで行くと、ゆったりとした曲が始まる。これなら話をしながら踊れそうだ。
「ツェツィー、聞いて欲しいことがあるんだ」
「もちろん、なんだって聞きますわ」
「うん、あのね……」
顔が自然と熱くなる。好きになった人の名前を人に話すというのは、勇気のいることなんだなと初めて知った。今なら恥ずかしがっていたツェツィーリアの気持ちもわかる。
「びっくりさせるかもしれないんだけど……」
「はい、大丈夫ですわ。お聞かせくださいませ」
「僕……好きな人ができたんだ」
そう告げると、ツェツィーリアの顔が途端にパアっと明るくなった。
「まぁ! 素晴らしいことですわ!」
「そう、かな? 僕は王子なのに、こんな……」
「人であれば、恋する気持ちを持ってもおかしくありませんのよ? たしかに彼は、ずっとそばでフロー様を笑顔にさせてくれていましたものね」
ツェツィーリアが柔らかに目を細める。その発言に、ゆっくりとしたステップだというのに、足がもつれそうになった。
「え、僕はまだ、相手が誰かは……っ」
「言わずともわかりますわ。わたくしも思わず嫉妬しそうになりましたもの」
ふふふと微笑む彼女を見ると、今度は耳まで熱くなってきた。自分が自覚するより先に、ツェツィーリアにはバレてしまっていたらしい。
「でも嬉しいですわ。これでフロー様とたくさん恋の話ができますわね」
「いや……それは無理なんだ」
「あら、どうしてですの?」
不思議そうに見上げてくるツェツィーリアから、視線を少し逸らした。また苦しさがじわじわと迫ってくる。
「ラルス……恋人が、できたんだって……嬉しそうだった」
「あ……」
楽しそうに踏んでいた彼女のステップが、動きをそっとひそませた。
「フロー様。お涙は、ここでは我慢なさってくださいませ」
「うん、ごめん……」
潤んできた目をどうにかしようと、天井を仰いで落ちつかせる。それでもやっぱり、ろうそくが何本も立てられているシャンデリアの光は滲んでいた。
「恋だって気づいた途端に失恋しちゃったよ……どっちにしろ、僕が王子である限り、成就はしなかったけどね」
天井から顔を戻し、自嘲して見せる。すると彼女は真っ直ぐな視線を向けてくれた。
「わたくしは、ずっとフロー様のおそばにおります。一生、親友ですわ。お約束いたします」
「うん……ありがとう、ツェツィー」
そうして、癒されるようにツェツィーリアと踊った。他の人と踊れる気がせず、次もその次もツェツィーリアと一緒に。
イグナーツがこちらを見ていた気がしたが、今はツェツィーリアと離れたくはなかった。
その舞踏会が終わって、二週間が経った。
ラルスとは、見ため上は特に変わらず接している。ラルスが冗談を言ってはフローリアンが突っ込み、フローリアンがラルスを小馬鹿にしてやると笑いながら怒っている。
居心地は良いはずだったが、なぜか胸はチクチクと針で突き刺されるような感覚が消えなかった。
ラルスは彼女と順調なようで、話を聞くたびに嫌な気持ちになってしまう。そんな自分の矮小さに、嫌気もさした。
「殿下、最近寂しそうじゃないですか?」
ラルスは意外なほど、フローリアンの機微に聡い。ただその理由については思い浮かばないようで、的外れなことも多かったが。
「ツェツィーリア様と、なにかありました?」
「違うよ。ツェツィーは関係ない」
「もし良ければ、俺に話してもらえないですか。できることなら、なんでもします! 王子殿下のためなら!」
真っ直ぐ見つめられるその瞳に、ぐぐんと吸い寄せられそうになる。そして、胸が締め付けられる。
もし、好きだと言ったらどうなるだろうか。
男と思われている状態では、多分なにも返してはくれないだろう。
それでも、なんでもすると言ってくれた。王族という権力があれば、ラルスを自分のものにすることも可能だ──
そこまで考えて、フローリアンは首を振った。
ラルスには恋人がいるのだ。それを己のエゴだけでどうにかしようなど、人として最低な行為である。
「王子!」
「大丈夫だよ、ラルスはなにもする必要はない」
なんとか口の端で笑って見せると、いつもの大きな手がフローリアンの頭を往復してくれる。
胸がキュンと鳴いてしまうからやめて欲しい、とも言えない。
「じゃあ言える時がきたら、遠慮なく言ってください。たとえ、どんな荒唐無稽な話だったとしても、俺は全部受け止めますんで!」
「ラルス……よく荒唐無稽なんて言葉を知ってたね」
「殿下は俺のこと、なんだと思ってるんですか!?」
いつものやりとりにホッとして二人で笑う。
ラルスの気持ちは嬉しいが、この気持ちを伝えられることはないだろう。
思いが通じ合うことはないのだから。王子として生きる以上、求めるわけにもいかない。
いつか、ラルスは恋人と結婚するのだろう。
その時にはせめて、笑っておめでとうと言おう。そう、フローリアンは心に決めた。
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