秘めた力①

 静寂に包まれた部屋に鳴り響く目覚まし時計。

「うぅ……ん」

 ベッドの中で呻き声を上げながら、布団から手を伸ばす。

 その間にも目覚ましは五月蝿く鳴り響き、眠さに支配されている頭にはこれ以上キツいものはない。

「うぅ……五月蝿い……」

 案の上睡魔に負け、目覚ましを無造作に切るとそのまま眠りについてしまった。

 そしてそんな日に限って……。

「寝坊したー!!」

 朝から戦争になる。

 一昨日告げられた任務の目標を一晩中捜索したものの結局見つからず、昨夜ようやく討伐することができた。

 おかげで二日連続で徹夜になってしまい、結果爆睡してしまった、という訳だ。

 寝る前に投げ捨てた制服に着がえ、素早く玄関へ向かおうとした時、スカートのポケットから何かが落ちる音がした。

「あっ!?いけない……」

 遅刻しそうな危機的状況にも関わらず、床に落ちたものを慌てて拾い上げる。

 それは何の装飾もない、金色の懐中時計だった。

 ふと懐中時計を開いてみると、蓋の裏側に古い写真があった。

 白い屋敷の前で笑う茶色の髪をした男女と、二人の間で満面の笑みを見せる彼らに良く似た少女――。

 ――父さん、母さん……。

 あの忌まわしい日のことは、今でもはっきりと覚えている。

 暗闇に響く悲鳴、飛び散る鮮血、肉塊と化していく両親。

 そして鉄の臭いと血塗られた世界で嘲笑う……。

 何処からともなく聞こえた鐘の音で、不意に我に返る。

 直後に嫌な予感がして懐中時計の針を見ると、時計は八時二十分を過ぎた辺りだった。

 途端一気に顔が青ざめる。

「ち、遅刻するーー!!」

 最早何も考える余裕もなく、時計を直ぐ様ポケットに戻すと、楝は猛ダッシュで自室を後にした。



「楝の奴、また遅刻か?」

 予鈴が鳴り終わり、クラスメイト達が教室に集まる中、ひとつだけ空いた席を見ながら拓郎が呟く。

「楝が遅刻してくるなんて、いつものことだろ?」

「昨日も結局遅刻していましたしね」

「言えてるわね……」

 このメンバーにとっては日常茶飯事なことなので、特に心配する素振りはない。

 寧ろどうすれば、毎日寝坊などできるのか聞きたいくらいだ。

「あいつの遅刻最高記録、どれくらいだっけ?」

「一時間ニ十五分」

 良隆の問いに呆れながら答える麗奈。

 ホームルーム開始が八時三十分。そこから一時間ニ十五分となると、九時五十五分に来たことになる。

 どう考えても、一時間目は終わっている。

「俺なら諦めて休むぜ」

「同感だな」

 ニヤリと笑う拓郎と良隆に、残りの二人は呆れ返る。

 すると勢い良く教室の扉が開かれ、待ち人がようやく姿を現した。

「お、おはよう……」

 扉を開けるや否や、激しく呼吸する。

 教室にいたクラスメイト達の視線が一気に集まるものの、皆にとってもいつもの光景だ。

 おかげで大半は苦笑いを見せるが、すぐにもとの状態に戻る。

「あ、噂をすれば、ね」

「よっ!遅刻女王クイーン!」

「た、拓郎……。変なあだ名付けないでよ」

 ようやく一息つけながら近づくに、拓郎は悪びれた素振りもみせない。

「なに言ってんだよ。毎日遅刻かスレスレにくる奴なんて、学園探してもおまえしかいねぇぞ」

 全くもって言い返せない。

「こ、これでも目覚ましかけたりしてるんだからね!」

「それで寝坊していては、意味ありませんよ……」

 智輝が呆れたように突っ込んでくるが、楝自身どうにかしたいくらいだ。

「いっつも思うけどよ、一体夜中まで何やってるんだ?」

「それは……その……、色々」

 良隆の問いに苦笑いを浮かべながら、曖昧な返事を返す。

 さすがにダークソウルを狩っていたなど、口が裂けても言えない。

「この際だし、これから毎朝全員で楝を起こしにいくってのはどうだ?」

「それは良い考えですね。僕らも早起きができますし、楝も遅刻はしませんし一石二鳥です」

 良隆の提案に、智輝が真っ先に賛同してくる。

「面白そうだな。俺も良いぜ!」

「私も大丈夫よ」

 更には拓郎や麗奈も賛同してしまい、残された楝はなんとも断りにくい状況になってしまった。

「ひとつ聞くけど、予定は何時くらい?」

 起こしに来てくれる四人の好意は素直に嬉しいし、遅刻を避けられるメリットを考えれば悪い話ではない。

 しかし楝がハンターとして活動するのは朝の五時までなので、もし尋ねてきて部屋にいなかったら確実に怪しまれてしまう。

「そうだな……。朝飯食べる時間もいるだろうし、七時半くらいでどうだ?」

 その時間なら余程のことがない限り、部屋には戻っているし睡眠も取れる。

 楝に取っても、懸念することはない。

「じゃあ、お願いしようかな」

「おう!決まりだな!」

 すると、拓郎がやけに嬉しそうな態度を見せた。

 何故だろう。嫌な予感がしてならない。

「拓郎、何か企んでない?」

「さぁ?嫌な予感がするなら、そうならないようにちゃんと起きるんだな」

 起きられなかったから、一体何をされるのだろうか。

 楝は苦笑いを浮かべながらも、彼らが来る際は何としても起きようと、心に固く誓うのだった。

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