第14話
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早朝にニュー・サンディエゴ基地を出港したワイバーンは、数時間後にはサンフランシスコ沖にある第四十二メガフロートへの入港ルートに入っていた。
重傷を負って治療中のグレイは連れて行くことができず、シルヴィアも今は右手を負傷しているため、次世代試験部隊とアイビス小隊はエイブラハム指揮の下、一個小隊として暫定的に再編されることになっていた。
これから向かうメガフロートは、海底に沈んだスヴァローグ・クリスタルのサルベージを行なう人工島だ。
そこに住まう住民の大半は災害で被災した難民と、その子や孫たちだった。半世紀前の隕石災害で発生した難民の規模はこれまでの比ではなく、彼らを受け入れるためにメガフロートを用いたのが、その始まりとされている。
やがて、スヴァローグ・クリスタルにエネルギー資源としての有用性が認められると、メガフロートでは隕石のサルベージ事業が活発化し、難民たちは職を得て自活力を養っていった。
「メガフロートの管制施設から通達。規定の航路を遵守し、基地へ入港せよとのことです」
オペレーターがメガフロートからの通信を読み上げ、ワカナ艦長はそれに頷くと、早速操舵長に指示を飛ばした。
メガフロートは国際条約上、保有国に帰属する地方自治体として扱われており、各国の方針に基づいた行政機関が置かれている。そして、それと同時に安全保障上の観点から同盟軍の駐留も義務付けられ、各メガフロートには軍事基地が併設されていた。ワイバーンが入港するのも、この基地に備えられた軍港施設だ。
紛争が頻発するこのご時世、食うに困った輩が海賊に身をやつすことも珍しくはなく、そういった脅威からメガフロートを守るという意味でも、軍の存在は必要不可欠だった。
「……あれは?」
船窓から外を見ていたシオンが、メガフロートへ向かう船団を見つけ、シルヴィアに問う。
シオンが指差した先には、十隻ほどで隊列を組む大小様々な船の姿。ちょうど、ワイバーンの左舷側を並走するようにメガフロートに向かっている。
とは言え、船には相当なダメージが見て取れるものもあり、特に酷い物はいつ沈んでもおかしくはない様相で見ている側を不安にさせる。
「難民船団ね。紛争で住む所を失った人たちが、ああやってメガフロートに身を寄せようとしてるの」
「とは言え、それを受け入れられるほど今のメガフロート行政府に余裕はないそうだが、な」
シルヴィアの返答に続くように、レイフォードが口を開く。
メガフロートはかつて難民を受け入れて成立した経緯もあって、紛争で発生した難民の受け入れにも尽力していたが、それが人の手で作られた設備である以上、収容できる人数にも限界があった。
「受け入れられなかったら、どうなるの?」
「他のメガフロートにたらい回しだ。別段珍しい話じゃない。新しくメガフロートを建造するにも、施設を拡張するにも時間がかかるからな。空いている所が見つかれば儲けもんだ」
そう言って、レイフォードは壁にもたれかかりながら手にした端末に第四十二メガフロートの案内マップを映し出す。マップには東西の両端のエリアが工事中であると示されており、それに併せ周辺地区の立ち入りも制限されていた。
難民受け入れのための居住区画の拡張。だが、その工事の完了予定は半年後であるとスケジュールには示されていた。
○
リー商会……ヴィラン・イーヴル・ラフの偽装輸送船は、ワイバーンに先んじて第四十二メガフロートの商港に錨を下ろしていた。
港のクレーンが船のコンテナを運び出す様子を、ヴィランは甲板に座りながら眺めている。ダミー企業とは言え、コンテナのうちの何割かは実際に輸送業務で運んできた物だ。
実のところ、戦争コンサルタントなどと呼ばれているものの、ヴィランの利益のほとんどがこの輸送業で成り立っている。
彼が紛争の「仕込み」を行う回数は、実はそれほど多い訳ではない。ほんの少し感情を煽り、武器を与えてやれば、あとは勝手に大多数の人間が盛り上げ、自動的に紛争の構図は成立する。
情報社会において、人の心に憎悪と怨嗟を植え付けるのは簡単だ。だからこそ、ヴィランは簡便化できるそれ以外のことに余ったリソースを費やしているのだ。
「また私の集めた武器が旅立っていく……」
だが、この男が実直に輸送業を生業にする筈がない。
クレーンで運び出されたコンテナには、
モーターやマニピュレータ、電装部品などはパッケージを偽装し、
「これでまた火種が増える……喜ばしいことです」
運び出されたコンテナを全て見送ると、ヴィランは船を降り、ある場所へと向かった。
そこはさびれた旧市街地の一角にある、リー商会の事務所。あくまで書類上の拠点ではあるものの、雑多な街並みの一角に紛れていることもあって、秘密の会談にはもってこいの場所だ。
ヴィランが事務所に入ると、そこには車椅子に座した老人の姿があった。
「これはこれは、お待たせしてすみませんレクスン大佐」
「大佐はよしたまえ、イーヴル・ラフ。どうせ私の軍籍はすでに剥奪されておるよ」
車椅子の老人……レクスン・イン・スーは、
太平洋に隆起した新島を中心にした国家「ドルネクロネ」で、周辺諸国の治安悪化を理由に軍事力強化を訴え、遂にはクーデターで国家の全権を掌握した独裁者。
自分には到達できなかった規模の紛争を手がけただけに、ヴィランも彼には一目置き、敬意を払っていた。
ただ、かつては国家を牛耳る影響力を有した人間も、不利を悟れば逃げ腰になる。劣勢に立たされたレクスンは国を捨て第三国へと亡命。その際に財産や権力の大半を失い、さらに亡命先で紛争に巻き込まれ下半身もまともに動かせないほどに落ちぶれていた。
ヴィランはドルネクロネから持ち出した資産で糊口を凌いでいた彼に接触し、保有していたペーパーカンパニーの権利を買い取り、自らの隠れ蓑に利用した。むろん、それで得られた利益の何割かをレクスンに譲渡するという条件も付けた上でだ。
「ですが、あなたはまだ枯れてはいない。そうではありませんか?」
「……」
ヴィランの言葉に、沈黙をもって答える。明らかにその目付きは落ちぶれた人間の目ではなかった。
その目を見透かしたように、ヴィランはレクスンへ話を切り出す。
「実は、今回面白い物を手に入れましてね……」
そう言って、手にした端末に一枚の画像データを表示し、レクスンに見せた。コクピットブロックが抜け落ち、胸部が滅茶苦茶に破壊された赤いタルボシュが、そこに写っている。
だが、ヴィランがただ残骸を鹵獲した程度で楽しそうな顔をする男ではないことを、レクスンは理解している。この機体は、彼が見せびらかしたくなるほどの玩具なのだ。
「これを使えば、あなたの国を取り戻せましょう」
ヴィランの口の両端が、まるで弓のように釣り上がる。
ヴィランはレクスンに敬意を払っていた。だが、それでも彼にとってこの老人もお気に入りの玩具の一つでしかなかった。
「大佐を慕う兵士らも一通り集めております」
話を続けつつ、ヴィランはレクスンに提供できる戦力のリストを提示する。
ドルネクロネ紛争の終盤、レクスンが第三国に亡命したことでドルネクロネの軍事政権は降伏か抵抗かで真っ二つに割れ、その内部混乱が呼び水となり紛争はあっさり終結した。しかし、徹底抗戦を訴えたレクスンの信奉者のうち何割かは地下に逃れ、再起の時を待っている。ヴィランは彼らに声をかけ、再び集まるように仕向けていたのだ。
「新技術を手に大佐が再び立てば、彼らも呼応する手筈になっています。そのために提供された設計データからクドラクを生産し、紛争地帯にばら撒いたのですから」
そう言って、ヴィランは右手をレクスンへ差し出す。
「私も、お前の手駒にしようというのかイーヴル。良いだろう、その誘いに乗ってやろう」
レクスンはヴィランの腹の中を察しながらも、その手に握手で応えた。
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