第15話

「こちらフォックス。獲物は巣穴に入った」


 リー商会の事務所を見下ろせる高さのビルから、狙撃銃を構えた男が何処かへ通信を送る。スコープには、黒いスーツに身を包んだ男……ヴィランが建物に入っていく姿が映っていた。

 狙撃銃を構え、建物を監視するのは環太平洋同盟軍の特殊部隊員。その任務は、国際テロリストであるヴィランの拠点を監視することだ。

 監視を開始して三時間で目標が現れた。彼の任務はここからようやく本番というわけだ。


『了解フォックス。引き続き監視を続行せよ』


 ヘッドセットの向こうから聞こえる声に「了解」と短く応えつつ、フォックスのコードネームで呼ばれた男は再びスコープを覗き込む。事務所の窓の側に座る標的の無防備さをあざ笑いながら、その様子をじっくりと観察する。

 先に事務所に来ていた人間と会話をしているようだが、その相手が誰かまではわからない。裏口から入ったのか、それとも男が見張る前からそこに居たのか。

 しかし、今はそれを問題にするつもりはない。標的に怪しい素振りがあったら、そのすかした顔に弾丸を撃ち込んでやるだけだ。

 そのための許可は事前に得ているし、彼ももそのつもりでここに居る。

 だが、次の瞬間、彼の頭は顎から上が四散し、フォックスがその狙撃銃パートナーの銃爪に指をかけることはなかった。


「ヴィラン、標的を仕留めました」


 狙撃銃のスコープから目を離し、サウザンド・アイはヴィランに報告を入れた。


『お疲れ様です。こちらもすぐに撤収を開始します』


 ヴィランの言葉に「お気を付けて」と返し、アイもその場から撤収する準備に取り掛かる。

 狐は狩った。だが、それは他の狐たちに居場所を教えることに他ならない。

 数は圧倒的にこちらが不利。それが覆せないのなら、この場から素直に手を引くことも重要だとヴィランは説いていた。


「あなたの言葉は常に正しい。だからこそ、お慕いできる」


 その言葉とともに、彼女の頬が紅く染まる。

 千里眼の名を持つ女サウンド・アイは、冷徹な狙撃手スナイパーとして名の知れた傭兵だった。戦傷によって失った片目を機械で補ってなお戦いを続ける異常者たちの一人であり、その一撃は一切の慈悲もなく敵の脳天を撃ち砕く。

 だが、今の彼女はヴィランと出逢ったことで愛を知り、その能力を彼のために使うことを誓っていた。盲目的なまでの愛に起因する強固な忠誠心に絡み取られた今の彼女は、まさに愛の奴隷。ヴィランとしては、決して裏切らない手駒として重宝しているに過ぎない。

 しかし、彼女はそれで良かった。ヴィランに敵対する者を屠り、彼からの信頼を確固たるものにする。それが今の彼女の存在理由だった。

遠方で、爆発が起きた。「始まった」と口ずさむと、アイは慣れた手付きで銃を片付けその場を後にした。


 メガフロート各所で起きた爆発の報告は、すぐにワイバーンにも伝えられた。

 港湾設備に主要道路、工場設備などから次々と火の手が上がるのが、基地からも確認できる。

 敵の姿はまだ確認できていないが、戦闘になる可能性を考慮したワカナ艦長の判断から、シオンたちはすぐに出撃できるように準備をすることになった。例の水陸両用機……残骸からヴォジャノイというコードネームであることが分かったそれが基地を強襲する可能性を捨てきれないからだ。


「到着早々これか」


 シオンは悪態をつきながら、タルボシュのコクピットに座す。

 機体の起動シーケンスを進めつつ、ちらとエイブラハムのクォーツ・ターボの方へ視線を向ける。あれ以来、忙しいせいかお互いに何も会話を交わすこともなかった。礼くらいは言っておくべきなのだが、流石にこんな状況では言いづらい。

 眉をなぞり思考を巡らせるが、結論を出すよりも早く敵襲の報がもたらされた。即座にワイバーンに第一種戦闘態勢が発令され、格納庫内にもけたたましいまでの警報が鳴り響く。


『先に行くぞ』


 そう言って、レイフォードのクドラクがワイバーンの格納庫を出る。少し遅れてシオンもハンガーから機体を出すと、その後に続いた。

 報告では襲撃者はヴォジャノイが四機。いずれも海側から軍港を強襲し、破壊活動を開始しているという。

 ニュー・サンディエゴの時と同じだとシオンは感じ、すぐに敵の居るポイントに向かおうとする。が、エイブラハムは彼女の行動を制止した。


『やめておけ』

「どうして止めるの」


 タルボシュの肩を掴むクォーツ・ターボの腕を引き剥がしながら、シオンはエイブラハムの方を向く。


『あからさまな陽動だ。派手に暴れてこっちを誘い出そうって魂胆だろう。わざわざ敵の作戦に乗ってやる必要はない』


 エイブラハムはシオンにそう説明するが、接近警報に気付くとすぐに会話を中断し、戦闘態勢に入った。


『どうやら、向こうヴォジャノイもこっちに気が付いたみたいだ』


 エイブラハムが銃口を迫る敵機に向ける。ヴォジャノイの巨体が、ウォータージェットの推進力に物を言わせ、そのままぶつかるかのような勢いでシオンたちに向かって飛んでくる。

 否、敵は完全にこちらとの衝突を望んでいた。重装甲をまとった人型構造体の質量が大推力でぶつかれば、重量の軽いタルボシュなどひとたまりもないからだ。

 シオンとエイブラハムはそれを予測し回避するが、隊列の最後尾にいたレンはそれを避けず、肩に増設された大型シールドを構えた。


『レンッ!』

『……ッ!!』


 次の瞬間、クォーツ・スナイプの盾にヴォジャノイが激突した。

 だが、慣性制御装置エリミネーターがヴォジャノイの運動エネルギーを熱に変換し、打ち消しきれなかった分は盾を逸して受け流す。その一連の動作に対応しきれず、ヴォジャノイはバランスを崩すとそのまま横転し、無防備な姿をさらけ出した。


『新装備、早速役に立ったな』

『盾と頭は使いようでしょ、隊長』


 エイブラハムの言葉にレンはそう返し、ヴォジャノイの脇腹に銃口を突き付けた。


『無益な殺生はしたくない。大人しく降参した方が身のためだよ』


 レンの言葉に敵パイロットの応答は無い。それどころか、レンのクォーツ・スナイプの足元に向けてアンカーを打ち込み、姿勢を崩そうとした。

 が、その一撃は先程と同じく慣性制御フィールドとシールドによって阻まれ、ヴォジャノイは戦闘力と機動力の要でもある両腕を撃ち抜かれた。遠距離狙撃用のスナイパーライフルが至近距離で火を吹けば、水圧に耐えうるフレームや装甲でその身を守ろうと無関係だ。


『だから言ったのに』


 普段の明るいノリからは考えられない冷たい声を伴い、レンはヴォジャノイの脚を撃ち、完全に戦闘力を剥奪した。


「凄い……」

『関心するのはリプレイの時だよ』


 シオンはレンの戦い方に見惚れていたところを、彼女の言葉によって現実に引き戻される。レンの声のトーンはいつもの彼女のそれに戻っていた。

 そうだ、まだ敵は残っている。レイフォードとともに後衛に着くレンの機体を見送りながら思考を落ち着かせると、シオンはエイブラハムと隊列を組み直し、戦場と化した基地施設へと一歩踏み出した。

 残る敵機は、あと三機だ。

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