第13話

 基地中にけたたましく鳴り響く警報アラームの音に、シオンは思わずベンチから飛び起きた。

 一体どれくらい寝ていたのか。今は何時だ。それよりも、今の警報は何なのか。

 メカニックの誰かがかけてくれたのだろう毛布を跳ね除け、シオンは思考を巡らせながら格納庫の外に出ると、軍港の方角に向かう「空飛ぶ巨大な物体」を目撃した。


「あれは……」

「おうシオン、基地にフォーティファイドが来てるぞ……ってこっからでもよく見えるな」


 シオンが空飛ぶ物体ことフォーティファイドを眺めている途中で、レイフォードが格納庫に入ってくる。


「あれが、噂の航空輸送艦……」

「そうか、お前は見るのは初めてだったか」


 この時代、既存の発電機関のほとんどがスヴァローグ・ドライヴに置き換えられ、地球の社会情勢は劇的に変化していた。エネルギー・インフラの変貌もそうだが、同時に高出力ドライヴから発せられる慣性制御力場がもたらす二つの恩恵も大きかった。

 そのうちの一つが、高出力スヴァローグ・ドライヴを使用した発電施設に付随する無重力プラント。これによって宇宙空間でしか生成できない合金や化合物を地上で安価に生産することが可能になった。

 そして、もう一つが慣性制御装置エリミネーターを使用した空中航空艦。大型の物体を宙に浮かべ、大型タンカーにも匹敵するペイロードを空輸するこの存在の登場によって、世界の輸送網は大きく書き換えられたと言っても過言ではない。

 その最も初期に建造されたのが、フォーティファイドと呼ばれる航空輸送艦だ。

 既存の航空機とは違うということをアピールするべく空気抵抗や航空力学を考慮しない形状で設計されており、大型故に艦の取り回しも悪いが、ペイロード能力については他の追随を許さず、建造から三十年以上経てなお重要拠点間の物資輸送任務などに活用されていた。

 フォーティファイドが護衛のギーヴル級航空巡洋艦とともに、軍港施設へと着水する。大型の航空艦と言えども、スヴァローグ・ドライヴで自重を軽減して飛行している関係上、稼働に伴い熱が発生する。湾内に着水するのも、放熱と冷却を効率的に行うためだ。


「補給物資が山ほど届くもんだから、その受け入れ準備でてんやわんやだ」

「敵襲から二日でこんな大仰なイベントが待っているなんてね」

「馬鹿言え、ニュー・サンディエゴここの設備を早く復旧しないと、軍の沽券に関わるだろ」


 レイフォードの言葉に、シオンは「なるほど」と相槌を打つ。

 無力化された艦艇を修復し、軍港施設も復旧しなければ、今現在同盟軍の進めている作戦行動にも支障が出る。

 彼らが忙しなく動き回り、民間軍事会社PMCの手を借りなければならないほどに、今の世界には紛争が多いのだ。

 そんな世間話をしているうちに、フォーティファイドが専用桟橋に接続され、物資の積み下ろしが始まった。


 フォーティファイドの積荷の中には、次世代試験部隊宛ての新型装備も含まれていた。

 レン機には長距離射撃用装備と大型シールドが充てがわれ、印象が大きく変化した。特に頭部の長距離センサーは、カメラを展開した姿が一つ目鬼サイクロプスに例えられるほど、別物のように見えた。


「クォーツ・スナイプ、いい面構えじゃないか」

「色々新しくなった分、調整とか大変ですけどね」


 エイブラハムの言葉に、レンは携帯ゲーム機を片手に答える。

 エイブラハム機も戦闘での損傷箇所を修復されたが、試験部隊の戦力は完調には程遠い。

 海に落ちたグレイ機は回収待ち、予備機も予備パーツが不足しているせいで修復の目処は立っておらず、失った頭部と左腕は取り付けられぬままハンガーに収められている。

 タルボシュの補修用パーツは実戦部隊から優先的に回されるため、次世代試験部隊ここに回ってくるのはそのおこぼれだ。その上、予備パーツの保管庫も先の襲撃で手ひどくやられており、ひょっとしたらパーツが全部隊に行き渡らないのではないかと囁かれているほどだ。

 しかし、再度の敵の妨害が懸念される状況で、損傷したままの機体を遊ばせておくことはできない。

 クォーツの整備メカニックの一人であるトウガ・ヴァーミリオン軍曹は、どうにか予備機を再生できないか、暗中模索を続けていた。


「やっぱ使えそうな試作パーツかき集めて稼働状態に持っていくしかないか?」


 そう言って、予備機のハンガーの隣に積まれているコンテナ群に目をやる。

 今回持ち込まれた物以外にも、まだ評価試験待ちのパーツがいくつかあった筈だ。

 手にしたタブレットで保管されているパーツのリストを参照し、損傷部位の修復に使えそうな物をピックアップしていく。


「取り敢えず形にできるかもだけど、問題は安定性かな」


 改修後の予測データを参照し、そのスペックの出鱈目さに頭を悩ませる。本来別々に使用することを想定していた試作パーツ群を一緒くたに装備するのだ。

 パーツを運用するためのソフトウェアが競合して双方がまともに機能しなかったり、想定外の事故で機体が失われる可能性もあった。

 まさに張子の虎ペーパータイガー

 そんな機体のシートを、テストパイロットに預けて構わないのか。トウガは悩みながらも、機体のシミュレートを続ける。

 損傷箇所をタルボシュのパーツを使い補修つつ、試作パーツでピーキーになった性能をリミッターで均一化し、バランスを調整。その上で複数のパーツの機能がどのように作用し合うかをコンピュータに計算させる。


「これである程度形になるな。後は……」


 言いかけた時、格納庫の一角に人が集まっているのに気が付いた。

 何かあったのか。トウガは気になって人だかりを確認しに行く。


「何かあったんですか?」


 先輩メカニックの一人に声をかける。


「何かあったのかじゃないだろ。グレイ少尉のクォーツが湾内から姿を消したんだってよ。上の方じゃもうとっくに大問題として取り上げられてるそうだ」


 その言葉に、トウガは背筋が凍りつくような感覚を覚えた。

 破壊され、海中に没した機体が姿を消した。しかもそれが開発中の試験機であったとすれば、導き出される答えは一つ。

 強奪だ。


 ワカナ・シュレディンガー少佐は、自身の預かるフネ……キーヴル級巡洋艦「ワイバーン」の艦長室で深いため息を吐くと、自分の前に立つ二人の兵士……エイブラハムとシルヴィアに視線を向け、口を開いた。


「情報部のアネット少佐から既に話は聞いている。強奪された試験機の奪還任務に伴い、君たちを預かることになったワイバーンの艦長、ワカナ・シュレディンガーだ」


 だが、エイブラハムとシルヴィアは、彼女の姿を見るなり、敬礼しながらも目を白黒させ、コメントに困る表情を見せる。

 やはりな、とワカナ艦長は察する。自分の容姿は、航空巡洋艦を預かる艦長、そして少佐という階級に見合わないほど「幼い」のだ。先程のため息も、この反応を予測してのものだった。

 良くて十代後半ぐらいにしか見えないためか、初対面の人間にはIDを見せてこう言っている。


「すまないな、若作りな容姿で」

「いやはや、コンビニで煙草を買うにも苦労しそうですな」

「それもよく言われるよ、エイブラハム大尉」


 エイブラハムの冗談にワカナ艦長はそう言って返すと、すぐに話を本題に移す。


 「次世代試験部隊とエクイテス社アイビス小隊。君たちを我々で預かることになったのは、先も述べたとおりだ。現在、基地を襲撃した敵勢力は情報部が中心となってその足取りを追っている」


 胸ポケットにIDをしまいつつ、ワカナ艦長は立ち上がる。

 この二つの部隊が追跡部隊に編入されたのは、強奪された試験機に対して精通しているからに他ならない。万が一、敵が強奪したクォーツを修復して運用してきたとしても、運用ノウハウに一日の長がある部隊をぶつければ制圧できると考えてのことだろう。

 そういった思惑を感じつつ、ワカナ艦長は端末を手にして壁に備え付けられたモニターに映像を映す。

 画面には、ニュー・サンディエゴ基地を襲撃した敵の逃走予測ルートが示されていた。


「先に全滅した追撃部隊の残骸から得られた敵の行動予測を大まかに示したものだ。これにこの時間帯近隣を移動していた船舶のデータを重ねると、面白い物が浮かび上がって来た」


 手元の端末を操作すると、モニターに更に複数の光点が重ねて表示される。


「襲撃の間ニュー・サンディエゴ沖に停泊していた船舶は全部で十三隻。強襲機動骨格アサルト・フレームを搭載できるだけの積載量を持った船は三隻だった」


 ワカナ艦長の言葉とともに、十三あった光点が三つに減る。


「この内、追撃部隊が連絡を断つ前に動き出したのが二隻。そして残る一隻が……」

「敵の母艦、という訳でしょうか」


 先の展開を察し、シルヴィアが結論を述べる。ワカナ艦長も、彼女の言葉を肯定するように無言で頷いた。


「船籍を照会したところ、この船はリー商会と呼ばれる交易会社の物だと分かった。行き先もほぼ特定されている」


 モニターの画面が更新され、一筋の道が示される。行く先はサンフランシスコ沖の一点。地図上では何もないポイントだが、今現在、ここではある設備が稼働していた。


「なるほど、メガフロートですか」


 エイブラハムが顎に手を当て、納得する。

 メガフロートは、隕石災害後に難民の受け入れを目的に各国が展開した巨大人工島だ。現在は海中に没した隕石をサルベージし、そこからスヴァローグ・クリスタルを採掘することで、経済を成り立たせている。

 リー商会の船は、そのメガフロートのうちの一つである第四十二メガフロートに入ったというのが、情報部の出した結論だと、ワカナ艦長は言う。


「だが、問題はもう一つある」

「それは?」

「リー商会の方だ。アレはいわゆるダミー企業という奴でね。設立はおよそ十五年前。事業主の名義はレクスン・イン・スー……ドルネクロネ紛争の当事者だよ」


 ドルネクロネ紛争。その言葉に、シルヴィアとエイブラハムの胸中に複雑な感情が去来する。

 五年前に終結したあの戦いは、ここ十年の間に起きた紛争の中でもっとも長く、過酷な物だった。その様子は関わった人間が口を揃えて「地獄」と形容するまでに凄惨だったと言われ、そこで負ったトラウマを今でも引きずる者は数多い。

 そして、エイブラハムとシルヴィアもまた、その地獄にいた兵士だった。

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