ヴィラン

第12話

 機体のあちこちから火花を散らしながら、ヴコドラクは母艦である偽装輸送船へと着艦した。

 コンテナに囲まれた着地ポートの周りには、機体の爆発に備えて消火ホースを手にした甲板要員の姿。

 増加パーツの損傷が遠方からでも確認できるレベルなだけに、警戒されるのも仕方がない。いくらヴコドラクの芯になっているクドラクが頑丈とはいえ、あれだけのダメージを蓄積しながら戦ったのだ。

 ブースターと燃料タンク、そして整流板から構成される背中のフライトユニットが破壊されていたら、まず間違いなく帰還方法は無かっただろう。


「冷静になって考えれば、ここまで帰ってこれたのも奇跡に近いかもしれません」


 コクピットの中で、黒髪の男……ヴィラン・イーヴル・ラフは一人静かにつぶやく。

 極力フライトユニットを破壊されないように気を遣いながら戦ったものの、ヴィランはそんなリスクをスパイスに戦いを愉しんでしまっている。それこそが、この男のさがというものだ。


「無茶をし過ぎです。フライトユニットはまだ実用段階では無いのですから」


 機体を跪かせコクピットハッチを開くと、そこにはサウザンド・アイの狼狽する姿があった。

 その様子は、明らかにヴコドラクの損傷状況を目にしてのことだ。


「ええ、増加パーツはだいぶやられてしまいましたが、本体は無事ですよ。ほら、こんな風に」


 そう言って、ヴィランはコンソールの上で指を踊らせ、ヴコドラクの全身に装着された増加パーツをパージする。

 半壊したヘッドギアが、手足に付けられた慣性制御装置エリミネーターが、腰部の増加スヴァローグ・ドライヴが、背部のフライトユニットが、両腕部の武装が、兵装ステーションや増設されたラッチから一斉に排除され、着陸ポートへ次々と落下していく。

 それに巻き込まれまいと一斉にその場から退避する甲板要員の姿を尻目に、剥がれ落ちた漆黒のパーツ類の中から深蒼色のクドラクが立ち上がった。

 夜の闇の中に、機体のセンサーが妖しく光る。


「それで、サウザンド・アイ。基地から離脱したヴォジャノイは?」

「基地を離脱したのは二機。その内一機は無事帰還しましたが、残る一機は被弾時のダメージが酷く、帰還途中で放棄、爆破処分しました」

「同盟の追撃部隊は?」

「後援部隊の三機で対処済みです。今頃は海の底でしょう」


 機体を昇降用エレベーターへ向かわせながら、ヴィランはアイとの会話を弾ませる。

 アイもまた、ヴコドラクのコクピットに同乗し、ヴィランの傍らで手元のタブレットを操作しながら彼の欲する情報を報告していく。


「ご褒美の方は?」

「回収済みです。湾内に侵入していた後援部隊が秘密裏に運び出しています」


 アイの報告に、ヴィランは口元を歪ませる。


「上出来ですね。ヴォジャノイ二機を失ったのは痛手ですが、それに見合う結果を出せたのは重畳です。フフフッ!」


 ヴィランの顔が更に笑顔で歪む。この男にとって、目的のための損害など微々たるものに過ぎないらしい。

 昇降用エレベーターが格納庫に降りると、ヴィランはヴコドラクをハンガーに収め、アイとともに機体を降りた。

 格納庫のハンガーにはクドラクの他にも様々な機体が収められており、中には組み立て途中の物も散見される。さらに部品を出力するための3Dプリンターをはじめとした工作機械が備わったその様相は、まるで船内という限られたスペースに再現された製造工場のようだ。


「これはこれは、ラフ。どうでしたか、ヴコドラクの性能は」


 ヴコドラクを降りたヴィランに、白衣を着た中肉中背の男が杖をつきながらすり寄ってくる。


「どうもこうも無いです、プロフェッサー。やはり外部装備がかさみ過ぎて機体バランスに影響が出ています。これは慣性制御装置エリミネーターでもフォローしきれません」


 トレードマークの眼鏡を直し、ヴィランはプロフェッサーと呼ばれた白衣の男へと言って返す。ヴコドラクは確かに強力な機体だが、機体重量の極端な増加によって極めて扱いが難しい機体となってしまっていたのだ。フライトユニットで飛行が出来たのは慣性制御装置エリミネーターで自重を相殺できたからであり、それを操って戦闘をこなせたのも、ヴィランの力量があってこそだ。

 ヴィランはアイが何処からか持ち出した上着に袖を通し、更にこう付け加える。


「そうそう、慣性制御装置エリミネーターをフレームに組み込む技術、もう同盟軍あちら側は実装しているようでしたよ?」


 その言葉に、プロフェッサーは苦虫を潰したような表情を見せる。


「ば、馬鹿な……過去のデータは全て抹消した筈。同盟がその技術を手にすることは叶わないのに?!」

「そうですね。ですが実物との交戦データはここにありますよ」


 狼狽するプロフェッサーを挑発するように、ヴィランはヴコドラクの脚を軽く叩く。

 憎悪と怒りが混ざりあった感情を胸に抱きながら、プロフェッサーは早速ヴコドラクから戦闘データの抽出を始め、ヴィランは涼しい顔をしながら、アイと共に格納庫を後にした。


「ヴィラン・イーヴル・ラフ……ねえ?」


 エイブラハムは、自室の椅子に座りながら手にした写真に写った男の顔を眺め、その男の名前を口にする。

 国籍から年齢まで一切のプロフィールが不明。更にその奇抜さを際立たせているのが、この男の名前だ。自分から「悪役ヴィラン」と名乗っているなど、冗談にしか思えない。十中八九偽名だろう。

 しかも、アネット少佐から手渡された資料によれば、ここ数年の間に起きた紛争の半数近くにこの男が関わった形跡があるという。

 世の中には紛争の勃発を望む人間も少なからず存在しており、ヴィランは彼らの要望を聞き、火種を仕掛け、任意のタイミングでそれを暴発させる。自らは直接手を下さず、まるで相談役のように立ち回り、当事者たちの意思の下で紛争を引き起こさせることから、情報部はこの男に「戦争コンサルタント」の別名を付けた。

 その存在を裏付けるかのように、情報部がマークしていた複数の組織の構成員が、何度か彼の名前を口にしていた記録があったという。


「まるで漫画やアニメフィクションに出てくるような敵キャラだ。レン辺りはラスボスって例えそうだが」


 皮肉げに笑みを浮かべながら、グラスに注がれた茶色の液体を口に含む。

 戦争コンサルタントなどという存在がこの世の中に都合よくいるのかと思ってしまうが、少なくともこれまでアネット少佐から提供された情報に偽りはない。

 それに、彼女から渡された封筒に入っていた一見何の繋がりも無い資料群も、このヴィランに繋がるメッセージである可能性が高かった。資料の中にはニュー・サンディエゴ基地の前でデモを行っている団体の名前もある。

 しかし、それを冷静に分析し紐付けするにしても、今の彼にはその繋がりを見出すことができない。確証に足る情報があまりにも少ないからだ。

 まさに暗中模索。なぜアネット少佐はこんな資料の束を寄越したのかと、エイブラハムは頭を抱える。

 ヴィランを犯人役モリアーティに見立て、自分を探偵役ホームズにでもするつもりなのか。


「考えれば考えるほど、訳がわからなくなるな……」


 思考することに疲れ、エイブラハムはそのまま背もたれに背中を預けると、まぶたを閉じて眠りに就く。

 彼のデスクの前には、三年前に引き起こされた「事件」の資料が壁一面に張り巡らされていた。

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