第11話
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翌日。日が昇るとともにニュー・サンディエゴ基地の受けた被害の全容が明らかになり、その仔細はまたたく間に様々なニュースのトップを飾った。
軍港に停泊していた艦艇の三分の一が航行不能か戦闘能力喪失に追い込まれ、港湾設備は半壊。基地防衛部隊にもかなりの死傷者が出た。
襲撃してきた三機のヴォジャノイのうち一機は撃破したが、残り二機はヴコドラクが現れてからはまるで防衛部隊を消耗させるように行動した後、海へと逃亡。基地の上層部は、敵部隊はヴコドラクが戦場に現れたら適宜撤退を行うよう命令されていたのだと推測を立てている。
軍は無事だった艦艇で追跡部隊を編成して逃走した襲撃者の後を追ったものの、帰還時刻になっても追跡部隊が帰って来ることはなかった。
ドローンを補助的に用いたとは言え、
社会に不安を突き付ける、という意味では、ヴコドラクのパイロットが言っていた「目的」は達成されたのだろう。特に基地の前でデモを続けていた一団は、まるで鬼の首を取ったように勢いを増している。
敵を退け戦術的には勝利したものの、戦略的・政治的にはむしろ完敗といってもよい有様だった。
○
『ニュー・サンディエゴ基地襲撃事件の続報です。環太平洋同盟軍は襲撃が
食堂のテレビに映るニュースを見つめながら、エイブラハムらは歯がゆさを感じずにはいられなかった。
食堂、とは言うもののそこには治療施設に入り切らなかった負傷者……その中でも比較的軽傷な者たちが押し込まれており、程度が低い怪我人だけとは言えその人数の多さから、さながら野戦病院のような様相を呈していた。
「クソッ!」
悪態とともにエイブラハムが壁に拳を打ち付けた。生身の拳に痛みが走る。ホタルの仇の尻尾を掴むどころか、敵はまんまと目的を果たして逃げおおせたのだ。怒りを何かにぶつけたがるのも、当然だと思えた。
更に、エイブラハムの頭を悩ませる報せもあった。海洋からの飽和攻撃の最中、シルヴィアとグレイが被弾したというのだ。
シルヴィアの方は暫く操縦桿を握れない状況ではあるものの命に別状はないが、グレイの容態は最悪だった。レンをかばうために、機体の胸部にミサイルの直撃を受けたのだ。
脱出装置は正常に作動したものの、脱出するタイミングでモジュールが爆発に巻き込まれ、機体も海中に没してしまった。戦闘後、グレイは集中治療室に運び込まれたものの、いまだに予断を許さない状況が続いている。
エイブラハムが食堂に顔を出したのも、シルヴィアの容態を確認するためでもあった。
「全く、そう怒り散らしていると部下や同僚に対して示しがつかんよ、エイブラハム・ユダ・ウィリアムズ大尉?」
背後で自分を呼ぶ声がしたのを耳にして、すぐに声の主の方へと振り返る。エイブラハムの視線の先には、眼鏡をかけた少佐階級の女性の姿。
制服に掲げられたエンブレムのデザインから、情報部に属する人間であることはすぐに判別出来た。
「相変わらず怖い顔をしているね」
「……あんたか」
見知った顔を前にして、エイブラハムは眉間の皺を緩ませる。
「それで、情報部のアネット少佐殿がこんなところに何用で?」
「それをここで話すのかい?」
人の多い食堂では不都合らしく、情報部少佐……アネットはエイブラハムを食堂の外のホールへと誘う。休憩スペースのベンチに腰を掛けたエイブラハムはアネット少佐と話を始める。
「今回の戦闘のログを拝見させてもらったよ。君の追いかけていた“敵”と、出逢ったそうだな」
エイブラハムが自販機で購入したコーヒーを受け取りつつ、アネット少佐は彼に語りかける。
「まだそいつがそうかはわかんねーけど、な」
「まあそうだろう。だが、間抜けはすぐに見つかると思うがね」
アネット少佐の言葉にエイブラハムは缶コーヒーの蓋を開けつつ「どういう意味だ」と返すが、アネット少佐は「じきに分かる」と言ってはぐらかしつつ、カバンから取り出した封筒をエイブラハムに手渡すと、中を開けるよう指示した。
「このような状況を招いた一端は我々にもある。せめて君にはこれを開示するべきだと我々は判断した」
「これは?」
「我々が知り得る限りの“敵”の情報だよ」
そう言われて、エイブラハムは封筒を開き中の資料を確認するが、一見してなんの繋がりも持たない資料が幾つも顔を出し、エイブラハムは思わず首を傾げる。ダミーにしても、重要な書類とどうでも良さそうな資料とがごっちゃになっている。
しかし、資料をめくり、一人の男の写真が添付されたファイルを見やると、彼の表情は一変した。
空港と思われる場所の監視カメラが捉えたと思しき映像を、無理やり解像度を上げたものだったが、それでも丸眼鏡に黒髪、黑スーツの長身の男という特徴は判別できた。
「こいつだな」
エイブラハムが問い、アネットは首を縦に振る。
「そいつはヴィラン・イーヴル・ラフ。我々がマークしている戦争コンサルタントだよ」
○
事態が収束した後、緊急事態だったということもあり、事前にエイブラハムの許可を得ていたという体裁でシオンのクォーツへの無断搭乗は不問とされた。
とは言え、流石にアイビス小隊の面々、特にシルヴィアからはこっぴどく叱られた。
「全く、なんてことしてくれたの」
「……すみませんでした」
食堂の一角に座るシルヴィアを前に、シオンは小さく縮こまるように頭を下げる。
本来であれば軍の機密となる試験機に無断で乗り込み、その上戦闘で中破させたのだ。エイブラハムが庇いたてしなければ、今頃シオンはどうなっていたかは想像に難くない。今思えば、まんまとエイブラハムに乗せられたようだと、シオンは回想する。
シルヴィアも怪我をしていたが、頭に包帯を巻き、ギブスで右腕を釣っている程度で済んだのはある意味で幸いと言えた。彼女は本来右利きだが、こうなっても生活に支障がないよう常に訓練は欠かしていなかったらしく、シオンの心配そうな顔をよそに左手でペンを操り手元の書類にサインしてみせた。
シルヴィアからのお説教の後は、試験部隊のメカニックチームから試験機を壊したことに対するお小言だ。
もう少し壊さないように心がけて戦えなかったのか、よくあれで生きて帰ってこれたな、専用部品は予備も殆ど無いから修理にはべらぼうに時間がかかるんだ、などの言葉がまるでマシンガンのように次から次へと浴びせられ、最後にエイブラハムから今回の実戦参加に対する報告書を提出するように言われた。しかも、一枚や二枚ではない数だ。
この報告書の山は、無断でクォーツに乗ったシオンを庇ったことに対してエイブラハムが求めた「見返り」だった。
シオンが搭乗したクォーツがどのような機体だったのかという感想は元より、試験機に求められるべき改良点や、今回戦った敵がどのようなものだったかなどなど、様々な情報を軍は欲している。
書くべき書類の一枚一枚に、シオンは狡賢い大人の駆け引きというものを感じた。
報告書を提出し終えた時には、既に夕方だった。
頭を抱え、書類仕事から解放されたシオンは、待機室から格納庫へと顔を出した。戦闘後ということもあり、メカニックたちは損傷した機体の整備のために忙しなく働いている。
ハンガーに収められている機体は六機。グレイのクォーツは未だに海の底だ。
彼らは昨晩の戦闘からほとんど休んでおらず、働き詰めだ。そして自分もそうだと認識した途端、シオンは睡魔に襲われ、いつの間にか格納庫の隅のベンチに座り眠りについていた。
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