第10話
○
ブースターの推進力に物を言わせ、エイブラハムのクォーツ・ターボが空中へとジャンプし、異形のクドラクへと文字通り飛びかかった。
エイブラハム機の武装はスラッグ・ショットを装填した銃剣付きのショットガン。そして左肩にマウントされた大型ナイフ。さらにタルボシュとクォーツの腕部は中空構造を成しており、コンテナとして軽武装や弾薬を格納できたが、エイブラハムがそこに何を装填しているのかは分からない。何よりそれで制圧出来るほど、眼前の機体は柔な相手には見えない。
加えて、今のエイブラハムの機動は極めて直線的だ。怒りで冷静さを失っているのは、誰が見ても明らかだった。現に、銃剣による攻撃を三度試みてはいるものの、何れも軽くあしらわれている。
シオンはマシンガンで異形のクドラクの動きを牽制しつつ左腕の格納スペースからナイフを抜き放ち、エイブラハムとは別の方向から接近。
エイブラハムが正面から、シオンが左側面から、それぞれ銃剣とナイフを敵に向ける。付け焼き刃だが、タイミングを同期させた連携だ。並のパイロットでは、二方同時攻撃に対応するのは難しい。
しかし、敵は右手に持ったハルバードでエイブラハムの刺突を受け止め、同時に左腕に内蔵された折りたたみ式のブレードを展開。シオンの斬撃も受け止めた。
「……ッ!」
『セオリー通り過ぎて
二人の攻撃に、敵パイロットはまるで退屈そうな口調で応え、それを押し返す。
攻撃を片手で受け止め、更に押し返すパワーから敵は
『くそっ、厄介な時に』
エイブラハムは一旦距離を取ると、ハンドサインでシオンに指示を送る。
ハンドサインの内容は作戦前に任意で設定変更が可能なため、主に隠密作戦など通信が閉鎖された状況下で使われるシステムだが、単純かつ解読が難しいことから、こういった連携が求められる場合でも有効だった。
そのメッセージを読み解き、シオンは早速行動を開始する。
シオンがエイブラハムから与えられた指示は二つ。ひとつはドローンの排除。その隙に、エイブラハムは敵機に対応する。シオンとしては、今のエイブラハムの感情的な行動に不安を感じざるを得ないが、それが今できる最善の行動であると理解し、彼女は露払いを引き受けた。
この場にいる戦闘用ドローンは三機。いずれも二基のローターとチェーンガンを備えた、戦場ではごくありふれた物だ。構造は簡素だが数が揃えやすく、偵察から物量戦、自爆特攻まで幅広くこなせることからテロリストや武装勢力も御用達だ。だが、個々の戦力は
異形のクドラクはそれを察知したかのように半身を捻り、被弾を避ける。『残念でした』と敵パイロットは煽るが、シオンとしてはそれで十分だ。本命は……。
『本命はこっちだッ!』
エイブラハムが叫び、異形のクドラクの頭部に掴みかかる。
エイブラハムは、敵がシオンの攻撃を避けることを見越し、自分への対応が疎かになるその一瞬のチャンスを窺っていたのだ。
これがシオンに与えられたもうひとつの指示。敵機の隙を作り出すことだ。
自分の「隙を作れ」という行動をシオンが遵守したことに感謝しつつ、エイブラハムは操縦桿を操作して腕部格納スペースを開放。その中から三砲身のガトリング砲が姿を表した。
『ほう、このヴコドラクに組み付きますか』
異形のクドラク……ヴコドラクのパイロットからの通信。どこか嬉しそうな声色だが、眼前に突きつけられた
フライトユニットの推進力がヴコドラクを飛翔させ、クォーツ・ターボの拘束から逃れようとする。
だが、エイブラハムも必死だ。クォーツ・ターボのブースターを噴射し、ヴコドラクが想定していた飛行軌道を強引にねじ曲げる。想定外のベクトルが生じたことによって、両者はもつれあってあらぬ方向へ向かっていく。
ヴコドラクは左腕のブレードを振るい、クォーツ・ターボを剥がそうとするが、エイブラハムはヴコドラクの肘へショットガンの銃身を押し付け、動きを封じる。
二機の行く先には、爆撃で半壊し、無人となった兵士宿舎。
『喰らっとけ』
その言葉とともに宿舎の壁にヴコドラクを叩きつけ、同時にガトリングの銃爪を引く。瓦礫に埋もれた敵機の頭に、高速で連射された弾丸が次々と激突し、装甲に穴を穿っていく。
コンクリートが粉砕され、飛散した粉塵と硝煙が混ざり合い、あたり一面の視界を灰色に染め上げる。
「ウィ……大尉!」
シオンは二機が墜落した宿舎へと向かい、戦闘がどうなったかを確認する。礫の混じった煙の中で、動く機体の姿が一つ。
腕を振り上げ、煙を晴らしながらその姿を現したのは、エイブラハムの乗るクォーツ・ターボだった。
『こっちは無事だ。激突の瞬間に衝撃を和らげられたからな。だが……』
生存を報告しつつ、エイブラハムはヴコドラクの方へと向き直る。
『お前が何を企んでいるかは知らんが、さっさと投降して縛につけ』
敵パイロットにそう投げかけながら、エイブラハムは銃をヴコドラクの胸部に突き付けようとする。
だが、クォーツ・ターボがそうであったように、ヴコドラクもまた活動可能な状態にあった。ハルバードがショットガンを弾き飛ばし、その刹那に機体を立ち上がらせる。頭部のバイザー状の増加パーツが剥がれるように崩れ落ち、その下からクドラクと同じ頭部センサーが露出する。
『楽しませてくれるじゃあないですか。でも、私もまだ遊び足りないんですよ!』
その言葉とともに、ヴコドラクはハルバードを振り上げた。だが……。
「その人はやらせない」
エイブラハムの危機に、シオンは気付けば身体を動かしていた。
ペダルを踏み込み機体を加速させ、コントロールスティックを操作して敵に狙いを付ける。
クォーツの機体制御OSは優秀だ。パイロットの操作をスムーズに機体動作へと反映させてくれる。例えコンマ一秒程度の違いだろうと、今はそれがありがたく感じる。
腰部のブースターで機体を跳躍させ、マシンガンでヴコドラクの動きを牽制する。
ほんの一瞬だが、ヴコドラクの動きに乱れが生じ、その隙を見てエイブラハムは長斧の間合いの外へと退避。ヴコドラクはすかさず追撃しようとしたが、エイブラハムはガトリングでそれを封じた。
『やってくれますね、さっきは見ていただけの
ヴコドラクのパイロットはターゲットをシオンに変え、ハルバードを振りかぶった。
ヴコドラクからは相変わらず余裕の声。しかし、激突の衝撃で装甲の各所にダメージが蓄積しているのが見て取れる。
なのに、それを意に介さないところを見ると、機体に余程の自信がある、ということなのか。それとも……。
「こいつ、
『ここまで愉しんだのは久しぶりですよ。やはり
ハルバードが振り下ろされる直前のタイミングでシオンは機体を後退させ、マシンガンをヴコドラクの足元に向けて放つ。
ハルバードは高威力な反面大振りで、足を地面に付けて踏ん張らなければその威力を最大限に活かせない。敵の行動範囲を制限し、誘導するのはシオンの得意な所だ。
ヴコドラクがバランスを崩し、隙が大きくなる瞬間。そこにエイブラハムが肉薄し、ショットガンでスラッグ・ショットを叩き込む。
だが、ヴコドラクはそれを意にも介さずシオン機に向けて再びハルバードの切っ先を向ける。
砲撃音。
ヴコドラクのハルバードには小型のランチャーが仕込まれており、そこから吐き出された砲弾が、シオンの乗るクォーツの左腕に着弾し、その衝撃で肘関節から下が丸ごと吹き飛んだ。
「小癪ッ!」
慣性制御による防御も、予め敵の攻撃が来ればこそ使えるものだが、間合いの読めない不意打ちの前には無力に近い。
シオンはハルバードに火器が仕込まれていると見るや、その発射機構にマシンガンの弾丸を叩き込んだ。
ハルバードが火を吹き、誘爆を避けるためにヴコドラクはマガジンと思しきパーツを切り離す。
そのために一瞬だが動きが止まる。そしてその隙を、シオンとエイブラハムは見逃さない。
二機のクォーツは、戦闘が続きオーバーヒート寸前だ。これがラストチャンス。ここでこの敵を仕留められなかったら、自分たちが殺られる。そう覚悟し、シオンはヴコドラクの懐へと踏み込み、マシンガンを突き付けようとした。
しかし、それを読んでいたヴコドラクは右腕に外装していた機関砲でマシンガンを破壊。シオンの攻撃手段を封じる。
「まだっ!」
マシンガンのマガジンが爆発し、その爆炎から逃れるようにシオンは後ろに飛び退くと、右腕の中に格納されていたナイフを抜刀。その刃を夜の闇に晒す。
エイブラハムのクォーツ・ターボもまた、ショットガンの銃剣と大型ナイフを構えヴコドラクの背後に迫る。
長斧の刃がシオンのクォーツの胸部を狙う。シオンは機体を屈め、姿勢を低くしつつ慣性制御で刃のベクトルに介入し、その軌道を上へと押し上げる。
クォーツの首に刃が食い込み、勢いのままに跳ね飛ばされる。
しかし、クォーツ……正確にはその開発母体となったタルボシュを含めてだが……のセンサーは、全身に分散されている。頭部を失ったからといって、コクピットのモニターから光が失われることはない。
次の瞬間、ヴコドラクの胸部追加装甲に刃が突き刺さった。
しかし、ヴコドラクはナイフの突き刺さった
『危うい所でした。流石に同盟の新型機が二機相手では、こちらも荷が重かったようだ』
まるで一対一では負けないと言わんばかりの余裕。
エイブラハムは思わず「降りてこい」と挑発するが、ヴコドラクのパイロットはそれを聞き入れようとはしない。
『こちらも十分に愉しませて貰いました。それに、我々の目的も既に達成されているので、ここに長居するつもりはありませんよ。それでは』
そう言い残し、ヴコドラクは太平洋の空へと消えていった。
あの損傷で、果たして何処まで飛行出来るのかは分からないが、あと一歩のところでこれを逃してしまったのは、シオンとエイブラハムの二人にとって敗北としか言いようがなかった。
方々で響き渡っていた戦闘音も時間とともに小さくなっていき、事態が収束へと向かいつつあることを実感する。
だが、この時二人は知らなかった。決定的な敗北は、この後にもたらされるのだと。
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