第9話

 ニュー・サンディエゴ基地を攻撃した水陸両用型強襲機動骨格アサルト・フレーム……ヴォジャノイは、停泊中の艦船や防衛部隊を無力化しながら、軍港から格納庫方面に向かい進撃していた。

 三機のうち一機はシルヴィアらの活躍で撃破出来たものの、基地部隊は残り二機の撃破に手間取っていた。

 というのも、ドローンによる援護に加え、敵の装甲が標準的な強襲機動骨格よりも厚く、標準的な火器では致命傷を与えるのが難しいからだ。

 だからと百二十ミリ砲を持つ火力支援仕様のタルボシュ・キャノンも引っ張り出されたが、ヴォジャノイの一機がそれを脅威と認識し、ウォータージェットで肉薄すると、巨大な右腕でタルボシュ・キャノンへ掴みかかった。

 ヴォジャノイのアームユニットは武器の保持を目的としていない。それ自体が大型の武器として設計されているからだ。特に特徴的な物は、タルボシュ・キャノンを拘束している大型のアイアンクロー。

 硬質合金製の爪が、装甲をゆっくりとひしゃげさせ、タルボシュ・キャノンのパイロットはパニック状態に陥る。

 他の機体もなんとかしてヴォジャノイから拘束されたタルボシュ・キャノンを救出できないか試みるが、ヴォジャノイはタルボシュ・キャノンを盾にしつつ、拘束しているのと反対側の剛腕から高出力のウォーターカッターを放ち、手にした武器を腕ごと切断し無力化する。

 アイアンクローの爪がコクピットに到達しようとしていたその時、エイブラハムのクォーツ・ターボが全速力でヴォジャノイの懐に入り込み、至近距離からのスラッグ・ショットでヴォジャノイの剛腕と、外套型装甲を穿った。

 被弾による衝撃のせいかヴォジャノイのアイアンクローの動作が停止し、タルボシュ・キャノンから引き抜けなくなった爪を爆発ボルトで排除、ウォータージェットでその場から一度後ずさる。


「逃さない」


 しかし、移動した先にはシオンの乗るクォーツの姿。ヴォジャノイのパイロットは再度の交戦を予見し、右腕のウォーターカッターを構える。

 超高圧で右腕から吹き出した大量の水が、一本の線となってシオンに襲いかかる。だが、シオンはあえてそれを避けなかった。

 高圧で噴出した水流で対象を切断するウォーターカッターだが、水の勢いを慣性制御によって無力化すれば、ただの水鉄砲でしかない。

 水流が、シオンのクォーツの眼前でまるで見えない壁にぶつかったかのように、その勢いを遮られる。恐らく、ヴォジャノイのパイロットは何が起きたのか理解も出来なかっただろう。

 しかし、シオンはその一瞬の隙を見逃さない。

 機体を加速させ、水に濡れながらヴォジャノイへと肉薄。ヴォジャノイはそれを迎撃するべく大質量の腕を振るいシオンを牽制するが、シオンはコントロールスティックを操りそれを左腕で受け止めると、マシンガンに取り付けられたナイフをその関節にねじ込み、銃爪を引く。弾丸が撃ち込まれ、金属の砕ける音が闇夜に鳴り響き、ヴォジャノイの左腕が吹き飛んだ。

 シオンの乗るクォーツに対して有効な攻撃手段が無いと判断したヴォジャノイのパイロットは、これ以上の交戦は危険と判断し、装甲下に隠していたスモークとチャフで視界を遮り、その場から立ち去った。

 視界を奪われ、敵を探そうと躍起になるシオンだが、背後に動体反応を認め、反射的に銃を向ける。


『シオン、深追いはするな』

「……了解」


 背後にいたのはエイブラハムのクォーツ・ターボだった。それが分かると、シオンは銃を下ろして戦闘態勢を解く。

 初めての機体、それも未完成の試験機で実戦を行ったせいだろうか、彼女は軽い興奮状態にあったと自覚する。


『自分たちに背を向けた敵をわざわざ追う必要はない。そんなことをしても、労力とコストの無駄だ』


 エイブラハムはそう言ってシオンをたしなめる。


『助かったよ。噂の新型、流石の性能だ』

「どうも」


 スモークが晴れ、助けた部隊に礼を言われて、少し気分が落ち着くのを感じた。

 だが次の瞬間、エイブラハムの叫び声が、シオンを現実に引き戻す。


『シオン、上だッ!』


 その叫び声に反応し、シオンは機体をその場から退避させた。さっきまでシオンのいた場所にミサイルの雨が降り注ぐ。だが、眼前でその助けた部隊の機体が爆炎に呑まれ四散する。シオンは驚きを隠せないまま、何が起きたか思考を巡らせる。


「いったい、何が?」


 そう言って、周囲を見渡す。

 爆撃はここだけではなく、基地の各地に無差別に行われていた。いずれも太平洋方面からクラスターミサイルを用いた制圧攻撃だ。

 沿岸の迎撃システムを破壊され、迎撃網に穴が空いてしまったからこその惨劇。面の破壊を前提とした攻撃に対して、迎撃が間に合わない。

 だが、基地に飛来した存在はそれだけではなかった。


強襲機動骨格アサルト・フレームが……飛んでいる?」


 仰々しいブースターユニットを背負い、ミサイルの群れに紛れて陸地側から基地に入り込み、シオンたちを見下す漆黒の機体の姿があった。挙動から一瞬戦闘機かとも思ったが、その黒い影は人と同じ手と足を備えていた。

 強襲機動骨格アサルト・フレームとは、作業用人型重機に装甲と武装を施した物を起源とする陸戦兵器の総称だ。その最新鋭モデルである第三世代機の開発に最も先んじているのは、ホタル・ウェステンラの遺した研究データを所持していた環太平洋同盟であり、その雛形となるのがクォーツだった。

 しかし、シオンらが見上げる「空を飛ぶ強襲機動骨格」は、その第三世代の範疇を一歩飛び越えたかのようなインパクトを見るものに与えていた。

 空から現れた機体は、舞い降りる……と言うには無骨過ぎる着地音とともに、地に足をつけた。そして頭部センサーをアクティブにして、周囲を一瞥。

 シオンとエイブラハムも、この機体の出方が分からない以上、迂闊に手を出す事ができず身構えるだけだった。


「何、あの機体……見かけはクドラクっぽいけど」


 水陸両用機に、今度は飛行型。次から次へと繰り出される驚異のメカニズムの数々に、シオンは理解が追いつかなくなってくる。この次は宇宙用の機体でも出てくるのではないかと疑ってしまうが、流石にそんな機体がこの場に参戦しても意味は無いだろうと、その可能性はすぐに除外する。


『確かに見てくれはクドラクだが、あんな大仰なブースターだけで重い機体を飛ばせるものかよ……』


 通信機越しのエイブラハムの声は、明らかに震え声だ。怒りの感情が込められている。そして、その怒りの矛先がどのようにして敵に向けられているのか。

 それを思案したと同時に、シオンは察した。


「まさか、この機体……!」


 シオンはもう一度、目の前の敵に対して視線を向ける。

 大推力で強襲機動骨格アサルト・フレームを飛翔させることはできても、姿勢制御や方向転換時には空気抵抗による負荷がかかる。更に実戦では、照準補正に回避など、求められる行動が増えるごとにその負荷も増えていく。何よりクドラクは、クォーツはもとよりタルボシュよりも重い。人の形をしたものが人の形を保ったまま空を飛ぶというのもやはり技術的なハードルは大きいのだ。

 だが、それを実現させる技術はこの世の中に一つある。慣性制御装置エリミネーターだ。

 もし、人型構造体の飛行を実現させるために慣性制御装置エリミネーターを使っているとすれば。もし、その技術の大本が三年前の「事件」で流出したホタルたちの研究成果だとすれば。もし、それを使っているのが「あの時」の襲撃犯だったとすれば。

 そう、この目の前の機体は、エイブラハムのみならずシオンにとっても「敵」なのだ。


『探したぜ……三年間……ッ!ここで尻尾を掴んでやるよ、お前らのッ!!』


 怒号とともに、エイブラハムのクォーツ・ターボが左肩を震わせる。そして、次の瞬間には増加ブースターを全開にして敵機に対して飛びかかった。

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