第8話

 ニュー・サンディエゴ基地を襲撃した勢力。その正体は単独で水中航行の可能な強襲機動骨格アサルト・フレームだった。

 敵は陸戦兵器である強襲機動骨格アサルト・フレームに耐圧・防水機能を付与し、海の底を警戒網を潜り抜け侵攻して来たのだ。

 その存在は、環太平洋同盟軍にとって、完全に盲点だった。環太平洋同盟軍では兵器を水上輸送するためのホバーボートも配備されているが、「水の中」を往く戦力は未だに潜水艦や潜水艇に限られる。

 強襲機動骨格アサルト・フレームを水に沈め、更に動かす……つまり「機動」させるためには、潜水時の水圧に耐えられる装甲と、四肢を動かすためのフレーム強度、そしてそれを駆動させる高出力の動力源を十メートルクラスの機動兵器に凝縮する必要がある。そのための技術的なハードルは、思っている以上に高いのだ。

 データにない機体との交戦を強いられたということもあるが、この襲撃に基地の防衛部隊は後手に回らざるを得なかった。基地の敷地内には重要施設が点在しており、それらの防衛を強化するのも急務だ。

 特に重要な施設として、退役した四隻の原子力空母を基礎にして埋め立て・拡張したエリアがある。原子炉こそ取り外されているものの、代わりに大型のスヴァローグ・ドライヴが備えられ、基地の電力を賄っているのだ。

 もしも、このスヴァローグ・ドライヴが全て破壊された場合、基地機能の大半は麻痺し、軍の作戦行動にも支障が及ぶ。防衛部隊にとって、それだけは絶対に避けなければならない。

 シオンとエイブラハムを除いた次世代試験部隊とアイビス小隊の面々もまた、この突然の襲撃者との戦闘に駆り出されていた。


「未知の敵に、開発中の試験機をぶつけるだなんて上も無茶を言うんだから」

『フフッ……こちらとしてはデータが取れるなら構いませんけどね』


 シルヴィアの愚痴に、グレイが応える。

 彼らに出撃命令を出した側は、クォーツを実戦で運用させ、そのデータを手に入れることを目論んでいるのだろう。

 シルヴィアは出撃時にそのように考えていたが、いざ敵と交戦すると、そのようなことは頭から綺麗さっぱりと消えていた。

 前方に敵機。数は一。まずは挨拶代わりにショットガンを構え、銃爪を引いた。


「敵が硬い」


 ショットガンの散弾程度では致命傷を与えられないことに、シルヴィアは悪態をつく。水中航行機能を持った眼前の敵は、水圧に耐えられるだけの堅牢な装甲を備えている。外套を思わせるフォルムも、水の抵抗を抑えるためのものだろう。

 加えて、鈍重そうな外見に反してウォータージェットで素早く移動するその俊敏さも厄介だ。

 速くて硬い。機体の運用用途を限定しているだけに、その性能はタルボシュやクドラクの比ではなく、だからと言って手をこまねいていれば、その剛腕から発射されるウォーターカッターやアンカーの餌食になりかねない。

 更にシルヴィアの頭を悩ませたのは、基地の外縁から多数のドローン群が現れ、襲撃者の破壊活動を支援し始めたことだ。

 基地を襲撃した水陸両用機の数は三機。決して多くはなく、同盟軍が数を投入すればいずれ制圧できることは明白だった。だが、そこに「数」を補うドローン群が投入された時、制圧に伴うリスクは一気に跳ね上がる。投入されたドローンの数はおよそ二百。いくらドローンが数を揃えやすいからと言って、これは出し過ぎだろうとシルヴィアは内心呆れながら、それに対応せざるを得なかった。

 ドローンに気を取られたシルヴィアに、敵のウォーターカッターが迫る。高圧で噴射された水が、タルボシュ・ターボの小盾バックラーを両断する。


「連携されれば厄介ね。後衛組、支援射撃!」

『了解』


 シルヴィアのその号令を待っていたかのように、レイフォードとレンがそれぞれ別地点からドローンを狙撃し、数を減らしていく。だが、如何せん数が数だ。これを片付けて敵の懐に入り込むまでに時間を取られては、基地の被害の拡大に繋がりかねない。


『隊長さん、ここは俺にまかせてもらいませんかね』

「トランシルヴァ少尉?」


 グレイが前に出ていくのを見て、シルヴィアは露払いとしてその行く手を遮るドローンの排除に徹し、その間にグレイの乗るクォーツが水陸両用機と対峙する。


『どうもですよ隊長さん』


 そう言って、グレイはクォーツの腰にマウントしたブレードを抜き放ち、敵の「解体」に取り掛かる。

 グレイは海兵隊でありとあらゆる格闘術を叩き込まれ、その後パイロットに転向した異色の経歴の持ち主だ。だが、そこで培った豊富な経験と知識を見込まれ次世代試験部隊に迎えられただけに、その近接格闘戦能力は随一だった。


『敵の装甲は硬いが、それでも所詮は人型兵器。駆動部や装甲の隙間を狙えば勝機はある』


 そう言って、グレイは敵が突き出して来た左腕の関節の位置を見極め、その攻撃を回避しつつブレードを振るう。

 強襲機動骨格アサルト・フレームの腕の動きは、コクピットの操縦桿に連動している。操縦桿が肩の動きを再現し、更に操縦桿に備わったレバーが前腕の動きに対応している。この動作はOSのサポートによってある程度自動化することもできたが、手の内の読み合いが行われる接近戦では太刀筋が読まれやすくなるため、腕に覚えのあるパイロットにはマニュアル動作による打ち合いが好まれていた。

 グレイ・トランシルヴァもまた、マニュアル動作を駆使する一人であり、その太刀筋は「剣術」を強襲機動骨格アサルト・フレームで再現しているとまで言われたほどだ。

 そして、その研ぎ澄まされた一閃は敵機の左腕関節を確実に捉え、施されていたシーリングごとその接合部を切断した。

 左腕を破壊された敵機は、激怒したように残った右腕を振るいグレイのクォーツに襲いかかるが、グレイはそれを紙一重で躱し、外套型の装甲の隙間を狙って突きを繰り出す。血しぶきの代わりに水が吹き出し、クォーツの装甲を濡らした。

 ブレードを突き刺した部位には右肩の関節部が内包されており、そこを破壊されたことで敵機は攻撃の手段を失い、後退の姿勢を見せる。敵の行く先にはレンのクォーツの姿。ドローンをあらかた始末したものの、手にしたライフルでは敵機の装甲をへこませるのが精一杯だ。

 グレイはすぐにレンを援護するべく敵を追撃。敵の姿勢を崩させ、今度はその胸元に刃を突き立てた。

 同時に、刃を酷使したことによってブレードは根本から折れ、使い物にならなくなる。


『レンフィールド、敵を足止めするのはいいが、無茶はするな。お前の位置は敵に把握されていたぞ』

『でも、撃破できたでしょ』

『……それは結果論なんだがな』


 二人が議論している背後で、シルヴィアは敵機体の撃破を確認する。コクピットが折れた刃に貫かれ、パイロットは死亡。機体を無力化できたことは、まず間違いなかった。


「これでやっと一機、か」


 二機のクォーツと、横たわる敵機の姿を見つめながら、シルヴィアはタルボシュ・ターボのコクピットで頭を抱える。

 試験機を持ち出しても手こずる敵が、まだ二機もいる。そう考えただけでも、シルヴィアはうんざりする気分だった。

 とは言え、難敵を撃破したのは確かだ。驚異を三分の二に減らせたと思えば、御の字だろう。


「敵はウォータージェットとウォーターカッターを駆使してくるわ。なるべく水際で戦わないで、陸に引き寄せて疲弊させた方が効果的ね」


 シルヴィアは交戦データを手早くまとめると、データリンクを通じてその情報を他の部隊に共有させる。

 しかし、敵を一機撃破できたのもつかの間。海から来る驚異は、これだけでは終わらなかった。


 ニュー・サンディエゴ基地への攻撃が始まって十五分程経過した。

 周辺を航行する船舶は安全上の観点から基地周辺海域への立ち入りを制限され、その幾つかはその場での立ち往生を余儀なくされていた。

 そのうちの一隻、「リー運送」のロゴが船体に描かれた大型コンテナ船に不穏な動きがあった。

 否、それはコンテナ船に見えるが、実際にはコンテナに紛れてCIWSやミサイルランチャーなどが配された、水上要塞もしくは秘密基地といった様相を呈していた。

 隕石災害とスヴァローグ・クリスタルの発見以降、輸送中のクリスタルを強奪する海賊行為が横行しており、治安の悪い海域を航行する輸送船の中には、それらに対する自衛戦力を保有しなければならない物もあった。

 だが、この船の火力は過剰過ぎる。加えて武装の配置は、明らかにコンテナを輸送するのではなく、輸送船に偽装して何かを行うといった趣があった。


「ヴィランからの指示だ。水密ハッチを開放し、後発のヴォジャノイ小隊を出撃させろ」


 船長と思しき男が、通信機を片手に部下へ指示を飛ばす。

 コンテナ船の船底には水密ハッチがあり、そこから三機の水陸両用型強襲機動骨格アサルト・フレーム「ヴォジャノイ」が発進する。目的は、先行した三機の援軍。

 ヴォジャノイの背部にはオプションの大型ウォータージェットが装着され、両腕も爆装が施されている。

 編隊を組み、ヴォジャノイがニュー・サンディエゴ基地へと向かっていく。基地へ向かう途中で両腕に積まれたミサイルを発射し、基地防衛を担う巡洋艦を破壊。防衛網の奥深くへと潜り込み、更にミサイルによる破壊をばら撒いていった。


「これでよろしかったので?」

『ええ、よくできました。後はこちらに任せてください』


 通信機の向こう側から、ヴィランの声。ノイズ混じりではあったものの、その様子は明らかに楽しそうだった。

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