第7話

 夕日が完全に没し、ニュー・サンディエゴ基地の警備部隊は夜間警戒へとシフトした。

 警備部隊は夜勤と交代し、基地の各所に備えられたサーチライトに光が灯る。

 そして、投光器を備えた夜間警戒仕様のタルボシュが格納庫から姿を表し、基地の各所へ配置される。

 全高十メートルの鉄の巨人は、機動力と制圧力を持った監視塔としても扱うことができ、脱走者や侵入者への対抗手段として効果を発揮した。


「こちらハンター3、当該区域に異常なし。引き続き警戒任務を続行する」


 警備部隊の一人が定時報告を終え、コクピットの中で周囲を見渡す。ディスプレイに映る映像に、特に怪しい点はない。今宵も暇な夜が続くのだろう。少なくとも、彼は次の瞬間までそう思っていた。


「……クジラか?」


 ふと画面の端……桟橋の先に広がる海を見やると、大質量を伴って移動する「何か」の存在がモニターに示唆されていた。


「オペレーター、湾内にクジラか何かが入り込んだようだ。確認できるか?」

『ハンター3、港湾部からそのような報告は入っていない。何かの見間違いではないか?』


 すぐに管制に問い合わせたが、オペレーターはクジラ、あるいはそれに類する水生生物の侵入を否定する。湾の入り口付近には監視ブイが敷設されており、湾内に侵入する物体を逐次チェックしているからだ。監視性能の関係から海底まで見渡すことはできず、小型の魚類もチェックから外すように設定されているものの、クジラほどの大きさの物体であれば、すぐに情報が上がってくるはずだ。

 では、海中に潜む影の正体は何だ。

 タルボシュのコクピットは全身に分散配置されたセンサーから様々な情報を取得、統合処理した後、ディスプレイに映像を投影する。映像に映り込んだ存在は熱・動体・電磁波・放射線など複合的な情報に基づき視覚情報化されるため、見間違いということはありえない。

 警備部隊として不安要素を取り除く義務感に駆られ、パイロットはタルボシュの上半身を桟橋から覗かせる。

 だが、次の瞬間海の中から飛び出したのは、クジラではなくタルボシュのそれよりも大きな機械の腕。先端部にアイアンクローの付いた、破壊兵器だった。

 それが警備部隊のタルボシュの胴体を半ば押しつぶすように鷲掴みし、海の中へと引きずり込む。

 不意打ちによってタルボシュが海中へ没したと同時に、海中から勢いよく飛翔体が飛び出す。その場に居合わせた者たちが、海から白い尾を引いて放たれたそれをミサイル、ないしはロケット弾であると認識した頃には、既にそれがもたらす破壊が基地を蹂躙し始めていた。


 シオンの悲しい眠りは突然の轟音と警報によって、唐突に破られた。

 夢を見ていた気もするが、シオンはその内容を思い出すよりも先に、現状を確認する方に意識を集中させた。

 一体どれくらい寝ていたのか。今は何時だ。それよりも、今の轟音は何なのか。

 シオンはすぐに窓の外を確認し、基地の彼方此方で火の手があがっているのを目にした。


「襲撃……!」


 炎に呑まれつつあるニュー・サンディエゴ基地の様子が、シオンに先刻のエイブラハムの言葉を想起させる。

 今回の試験運用の真の目的がエイブラハムの言う通りなら、敵の目的はクォーツということになる。もちろん、この襲撃が試験機の強奪、もしくは破壊を意図したものであるという確証はないのだが、今のシオンは完全にそれを連想しながら頭を動かし、眉をなぞっていた。


「格納庫が……試験機が危ない」


 まだ未確定の、根拠に乏しい情報を紐づけし、彼女なりの結論に至る。

 できることなら、そうであって欲しくないという気持ちを抱きながらも、彼女は黒髪をなびかせ部屋から走り出していた。

 向かうは、次世代試験部隊の格納庫だ。


 ニュー・サンディエゴ基地を一望できる高台で、黒いスーツを身に纏った男がオペラグラスを片手に基地の異変を観察していた。

 基地施設で爆発が起きたなら、慌てふためくのが普通であるのだが、この男はまるで子供のようにはしゃいでいる。


「ブラボーブラボー。私の見込んだ通り、彼らは事を成し遂げてくれましたね」


 両手を叩き、嬉しそうに基地を攻撃した襲撃者たちを称える。その表情は満面の笑みに包まれ、トレードマークの丸眼鏡がずり落ちる一歩手前にまで破顔していた。


「ヴィラン、あの者たちに一体何を?」


 背後に立つ女……同じくスーツに身を包んだ秘書風の女性が、ヴィランと呼ばれた男に問う。


「何、基地の前に集まっていた人たちと仲良くなって、少しだけお願いを聞いてもらっただけですよ、サウザンド・アイ」


 眼鏡をかけ直し、サウザンド・アイと呼ばれた女性の方に向き直りながら、ヴィランは彼女の質問に答える。


「人間というものは、自分の意見に同調してくれる者を味方だと思い込む傾向があります。そこを少し耳触りの良い言葉で巧みに誘導してあげれば、あっという間に過激派テロリストの出来上がりです」


 ニュー・サンディエゴ基地を指差すと、再び爆発が起きる。

 なるほど、この男は狂人だ。これまで大小いくつもの紛争を裏で仕組んで来ただけのことはある。その度に、手を変え品を変え、人心を操り紛争をほう助して来たのだ。

 アイはヴィランの行動理念を再認識しながら、炎上する基地に向かわせる次の戦力の準備を進めた。

 ヴィランの策は、まだこれだけではない。

 岩陰や廃墟に巧みに隠蔽されたコンテナから、一斉に黒い無数の影が這い出し、ニュー・サンディエゴ基地へと向かっていく。

 それは、基地にさらなる混乱をもたらす、不吉の象徴のようにも見えた。 


 シオンが格納庫に到着した時には、既に皆が出撃した後だった。格納庫から出てくるタルボシュを避けつつ全力で走って乱れた呼吸を整え、シオンはハンガーを見やる。

 シルヴィアとレイフォードは既に出撃し、レンとグレイもシルヴィアの指揮下に入り行動を共にしており、格納庫にはシオンのタルボシュと、エイブラハムの高機動仕様のクォーツ・ターボ、そしてクォーツの予備機が残されていた。

 クォーツの姿が目に入ると、シオンの胸にエイブラハムの言葉が去来し、彼女は機体に向かって駆け出した。


「おい、あんた……」


 メカニックの一人がシオンに気づいたとき、彼女はタラップを駆け上がり、予備のクォーツのコクピットハッチを開き、その中へと滑り込んでいた。


「操作系はタルボシュと同じか」


 コクピットレイアウトを確認しつつシートに座りシートベルトを着けると、メンテナンスのために挿しっぱなしになっていたイグニッションキーをコンソールに押し込む。不用心この上無いが、この際はありがたい。

 起動シーケンスが開始され、メインシステムが立ち上がり、スヴァローグ・ドライヴが起動。生み出された電力が機体の隅々まで行き渡り、モーターの生み出す振動が軽くコクピットを揺らす。機体各部のセンサーから送られてきた情報がモニターに投影され、機外の様子が可視化される。

 足元に視線を向けると、シオンが予備機を動かしていることに慌てふためくメカニックたちの姿。シオンの半ば衝動的な行動に対して、どうするかを検討している。

 マイクから拾った音声の中には、最悪の場合コクピットブロックを破壊してでも止めるべきだという意見まで出ていた。

 とんでもないことをしたか、とシオンは後悔したが、その場にエイブラハムが現れ、事態の説明を求めてきた。

 メカニックの一人、若い男性スタッフが状況を説明する。


「実は、エクイテスの傭兵がクォーツに……」

「大丈夫だ。そいつには俺が搭乗許可を出しといた」

「えっ」

「承諾済みだってんだ。さっさと俺の機体も出せ!」


 そう言って、エイブラハムはメカニックたちに激を飛ばす。

 実際には許可を貰った覚えなどないのだが、この際ありがたい。エイブラハムにほんの少しの感謝の念を抱きながら、シオンは機体のレスポンスを確かめる。少し軽い気もするが、調整は彼女好みだったために不満はなかった。

 機体の状況を確かめると、クォーツをハンガーから立ち上がらせ、武器を手に格納庫から飛び出した。

 遅れてエイブラハムのクォーツ・ターボが姿を表す。


「……礼は言わないよ」

『勝手にウチの試験機に乗り込んでおいて、何を言ってるんだか』


 プライベート・チャンネルを開いた通信機の向こうで怒りを顕にしているであろうエイブラハムの表情が頭に浮かび、シオンは黙り込む。


『まあいい。お前は俺の指揮下に入ってもらうぞ、いいな』

「了解……」


 エイブラハムは通信を終えるとクォーツ・ターボに増設されたブースターに火を付けて前進。シオンもその後を追って戦場となったニュー・サンディエゴ基地を駆け抜けていった。

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