第5話

「クソっ、こいつは想像以上だな」


 眼前に迫る試験機……「クォーツ」と呼ばれる紅いタルボシュの性能に、レイフォードは思わず舌を巻いた。

 クォーツは、確かに外装はタルボシュの物をほぼそのまま使用しているが、中身はもちろん、その動きもまるで別物だ。

 市街地戦闘を想定して訓練場に配置されたビルの壁や床を蹴り、空中でダンスを踊るかのような挙動でクドラクのライフルから放たれる模擬弾を回避し、懐に潜り込んで訓練用ナイフを突き立ててくる。


「こいつの動き、曲芸サーカスでも見せられてる気分だ」


 クォーツがタルボシュと違う点は、主に二つ。

 一つ目は原動機の高出力化。

 現在の強襲機動骨格アサルト・フレームの動力源は、隕石災害で落下した隕石から採取される「スヴァローグ・クリスタル」と呼ばれる結晶体を核にした「スヴァローグ・ドライヴ」が主流だ。そして、クォーツにはそれを更に高出力・高効率化したモデルが搭載されている。

 原動機の高出力化はその分だけ大量の電力を生み出し、増えた電力リソースに応じて機体の各種ステータスを向上させるだけの余裕が生まれてくる。腕や脚を動かすモーターはより力を増し、外界を感じ取るためのセンサーもより高精度の物を搭載できるようになる。

 関節モーターのアップデートも、この高出力化に対応するための措置の一つだったのだと、レイフォードはクォーツと刃を交えながら実感した。

 そして、二つ目は高出力スヴァローグ・ドライヴに密接に関係した、慣性イナーシャル・制御エリミネーターシステムの実装だ。

 スヴァローグ・クリスタルは一定出力のエネルギーを発生させ続けると、運動エネルギーを熱に変換する特殊な力場を発生させる。

 これまでの強襲機動骨格アサルト・フレームに使用されていたスヴァローグ・ドライヴは、この力場を発生させられるだけの出力に達しておらず、力場を発生させられるものは航空艦や発電施設に搭載されている大型炉に限定されていた。

 だが、クォーツのスヴァローグ・ドライヴは、既存の小型炉と同等のサイズでこの力場を発生させるだけの高出力化を実現し、更に機体にも力場自体を自在にコントロールするシステムが組み込まれている。

 慣性に左右されない挙動は運動性能を飛躍的に発展させ、同時に機動Gや振動によるパイロットへの負担を大幅に軽減させていた。

 レイフォードが苦戦しているのも、まさにこの慣性制御装置エリミネーターによるトリッキーな動きが大きな理由だ。

 激しく動き回りながらも、パイロットは疲れを知らないように機体を操り、レイフォードに迫ってくる。

 タルボシュやクドラクなど、スヴァローグ・ドライヴを搭載した機体を「第二世代」とカテゴライズし、それ以前のガス・タービンエンジン搭載型を「第一世代」と呼ぶようになったのと同じように、このクォーツも「第三世代」と呼ぶに相応しい性能向上を見せていた。

 とは言え、レイフォードもただ指をくわえて敗北を待つ訳にはいかない。クォーツの訓練用ナイフの猛攻をマチェーテでいなしつつ、反撃の糸口を探る。

 しかし、ナイフを弾いても、それが再び振るわれるまでの時間が短い。腕のモーメントを、慣性制御によって相殺しているからだ。

 よしんば隙を突いて鉈を振るっても、その勢いはナイフ一本で止められるまでに弱体化させられる。

 確かに鉈は破壊力こそあるものの、手練の使いこなすナイフの手数の前では、盾代わりにしか使えない。鉈を振り上げている間に懐に入り込まれたら、それで一巻の終わりだからだ。しかも相手の攻撃頻度が増し、こちらの攻撃が弱体化するとなれば、流石に分が悪い。

 ならば、とレイフォードは一瞬の隙を、逃走に費やす。左肩のディスチャージャーからスモークを発して視界を奪い、機体を反転させての全力疾走。クドラクはタルボシュよりも防御性能に優れる反面、重量増によって瞬発力や運動性能に劣る。だが、それでも相手の視界を奪えばパイロットの判断を一瞬だけ鈍らせ、その差をある程度埋められる。

 安全な場所にまで後退し、得意の射撃戦で決着を付けよう。レイフォードはそう考えてライフルに弾薬が装填されているか確認する。

 だが、次の瞬間にレイフォードの身に待っていたのは、上空からのペイント弾の集中豪雨。リペイントされて間もない白い装甲が、またたく間に真っ赤に染め上げられていく。

 被弾と同時にクドラクの動作システムにロックがかかり、転倒した機体が地面に顔を埋める。被弾数が一定に達し、撃墜されたと訓練プログラムが判断したのだ。


「何が……!?」


 その言葉とともに、レイフォードはセンサーを後方へ向ける。

 そこには、背後からクドラクにライフルを突きつけるクォーツの姿。更に背後のビルの壁には、壁を蹴った痕跡。恐らくは壁を蹴って煙を逃れ、上空から逃げるレイフォードを狙撃したのだろう。


『生憎、僕は射撃こっちが本業なのさ』


 通信機の向こうから、レンの声。


「……あー、奇遇だな。俺もそうだよ」


 皮肉たっぷりに、レイフォードはレンにそう返した。

 ふざけた態度の僕っ娘だと思いきや、同じ後衛マークスマンなのにあのナイフ捌きといい、煙からの逃れ方といい、大した操縦テクだ。どれだけの才能を持っているのだとレイフォードは内心そう思いつつ、クドラクのコクピットハッチから身を乗り出すと、ヘルメットを外した。熱の籠もったヘルメットから解放された長い金髪が、風になびいて揺れていた。


「あー、負けだ負けだ、完敗だ!」


 白い装甲を真っ赤に染めたクドラクの足元で、レイフォードはごろんと寝転んだ。

 完全なる敗北。格納庫でグレイの言っていたことは、こういうことだったのかと改めて実感する。

 ただのタルボシュにしか見えない機体が、実際に動いている姿を目の当たりにすると、その評価は一変。なんとも言えぬ強敵となった。


「んー、昔の日本のアニメや特撮ドラマでは「動けば格好良い」という言葉があったが、アレと似たような感覚なのか」


 レイフォードは何となく考えていたことを口に出すが、シオンは「人は見かけで判断してはならないじゃないの?」と鋭く返す。


「流石、次世代の強襲機動骨格アサルト・フレームの雛形ってとこね」

「あれが、慣性制御エリミネーター……」


 それにシルヴィアとシオンも、レイフォードの負けっぷりよりも試験機の方に興味が向いている。

 アイビス小隊の今回の任務は、仮想敵アグレッサーとして「敵対する側の視点」から試験機のウィークポイントを洗い出すことにある。観察し、考えることもまた、今回の彼女たちの仕事の一環なのだ。

 おそらくこれは機体の完成度を高めると同時に、環太平洋同盟以外の組織が同様の機体を開発している可能性を鑑みての判断だろうとシルヴィアらは考えていた。

 だが、実際に戦ってみると中々に掴み所を見いだせない。


「まったく、新機軸の機体ってのは中々厄介なもんだ」


 そう言って、レイフォードはトレーラーに横たわったクォーツの方を見やる。

 模擬戦終了後の各種データを採取するために、メカニックの他に何人ものエンジニアが慌ただしく機体の周辺を駆け回っていた。クォーツは、なまじ慣性制御装置エリミネーターという新機軸のシステムを搭載しているだけに、採らなければならないデータも多く一度動かしただけでてんやわんやの大騒ぎだ。

 そんな中、クォーツの胸部にあるコクピットハッチが開放され、その中からテストパイロットを務めたレンが姿を表す。


「暑いッ!」


 開口一番に発したその大声が周囲に響き渡り、その視線を一身に集める。

 だが、その姿は軍用のパイロットスーツではなく、それを着崩し、汗の染み込んだタンクトップ姿を晒すというものだった。

 汗で蒸れた肌に加え、大きめの胸と汗を吸って湿ったタンクトップ、そして肌理の細かい肌に張り付いた赤髪の存在が、周囲の男性の視線を強制的にその一点へと誘っていた。

 無論、それはアイビス小隊唯一の男性隊員であるレイフォードも例外ではなかった。


「Oh……操縦以外も、なんつーハイスペックだ」

「何を見てるの、この変態」


 レンの姿に釘付けになったレイフォードの脇腹に、シオンは鋭い拳を叩き込む。腹に激痛を訴えたレイフォードは悶えながらその場に倒れ込んだ。

 そんな二人を見ながら、シルヴィアは「やれやれ」と首を振っていた。

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