次世代機性能評価試験

第4話

 新たな任務を受領し、シオンたちエクイテス社アイビス小隊の面々は環太平洋同盟軍ニュー・サンディエゴ基地に降り立った。

 西海岸の突き刺さるような日差しの洗礼を受けつつ、一行は輸送機のハッチから顔を出し、タラップを降りていく。

 ニュー・サンディエゴは、隕石災害でクレーター化した旧サンディエゴ跡に建造された複合都市だ。クレーター湾を港湾施設化することで、アメリカ西海岸の海の交通の要として機能している。

 そして、サンディエゴ近辺に点在する複数のクレーター湾のうち、北端にある最大級のものを基地化したのが、ニュー・サンディエゴ基地という訳だ。


「流石西海岸の要衝なだけあって賑わってるわ」


 タラップから降り、シルヴィアは滑走路を行き交う人や輸送機を見ながら開口一番にそう言った。

 何より、この基地で一番賑わいでいる……というよりも騒がしいのは基地外周部、フェンスの外でプラカードを掲げている一団だ。

 皆一様に大声を出しているが、その主張は様々で一体感がない。


「何です、あれ」

「騒ぎたい奴らが集まってるだけだ。まあ、今ではこの基地の誰もあいつらの声を声と認識してないがな」


 シオンの言葉に、タラップの前に立つ同盟軍大尉が答える。

 左腕の義手に頬の傷。それだけで見る者に与えるインパクトは十二分に備えている、三十代半ばの男性。シオンはその男の姿を認め、思わず目を見開いた。


「……ウィル兄さん」

「お、知り合いか?」


 レイフォードがシオンの顔を覗き込んで尋ねるが、シオンは「別に」とそっぽを向いてタラップを降りた。


「エイブラハム・ウィリアムズ。試験部隊の隊長をやっている。よろしく……と言っても、見知った顔が居るようだがな」


 敬礼し、自己紹介を終えたエイブラハムが一歩、歩み寄る。


「ええ、久しぶりね、エイブラハム。だいぶ雰囲気変わったわね」

「ドルネクロネから五年だ。変わる奴は変わるさ、シルヴィア」


 そう言って、エイブラハムとシルヴィアはハグを交わす。

 シオンの後ろにいたレイフォードはその様子を見て思わず驚きを隠せない表情をするが、シオンは彼に「挨拶だから落ち着いて」とフォローした。

 そうして再びエイブラハムの方を見やると、シオンにひらひらと手を振っている。シオンはそっぽを向いて、その対応をスルーした。


「あれー、隊長、この人たちが僕らの今度の対戦相手?」


 エイブラハムの後ろから、赤髪をポニーテールに纏めた女性少尉が顔を出す。


「おう、レンか。エクイテスのアイビス小隊の方々だ。無礼のないように気を付けろよ」

「次世代試験部隊レンフィールド・シュルツ少尉です、よろしくお願いします」


 エイブラハムの言葉を受け、レンフィールド……レンは姿勢を正し、敬礼と共に所属と姓名、階級を告げた。


「シルヴィア・ワイズマンよ。こっちがシオンと、レイフォード」


 シルヴィアの紹介に、二人は「よろしく」と声を重ねた。

 今回のシオンたちの仕事は、次世代試験部隊が運用する新型試験機の運用試験。

 主な仕事の内容は、性能比較試験の比較対象。そして模擬戦における仮想敵アグレッサー

 性能比較試験は、その名の通り既存機種との性能差を測るのが目的であり、そのためにアイビス小隊にはタルボシュ以外にもう一機種、強襲機動骨格アサルト・フレームが配備されていた。


「あ、これが俺の乗るクドラクな」


 移動式ハンガーに乗せられて輸送機から搬出された、白とオレンジの塗料で装甲を彩られたクドラクを指差し、レイフォードはレンたちに言った。

 このクドラクは、戦場で鹵獲・修復した機体を、試験機との性能比較試験にかこつけたレイフォードが上申してアイビス小隊へ配備して貰ったものだ。


「浮かれてる場合じゃないわよ、レイフォード。無理言ってこの機体を譲ってもらったんだから、性能評価レポートはちゃんと提出するように、ね?」


 シルヴィアがレイフォードの背中をぽん、と叩く。

 敵を知るために敵の装備を研究する。古来から行われてきた戦の常套手段であり、レイフォードは個人的な興味から、鹵獲したクドラクでそれを行おうとしているのだ。

 そもそも、クドラク自体、闇市場を介して広範囲に出回っている機体だが、軍情報部の調査でも、その製造元は特定できずにいた。せめてこの試験で、その手がかりを掴めればとレイフォードなりに考えてはいるのだろう。

 同盟軍としても試験機がどれだけクドラクに対抗できるかという点に興味を持ち、レイフォードの背中を押した形だ。

 クドラクを乗せた移動式ハンガーは、そのまま小隊に充てがわれた格納庫へと運ばれていく。シオンとシルヴィアのタルボシュ、武器コンテナも、それに続く。


「それで、噂の新型は見せてくれるんでしょうね?」


 機体が全て搬出されたのを確認し、手渡された必要書類にサインをしながら、シルヴィアはエイブラハムに問うた。


「別に構わないが、動いてない機体を見ると少しがっかりするかもしれんぞ」


 そう言って、エイブラハムは試験機を見せる約束をシルヴィアと交わす。三人は基地司令へ着任の挨拶を済ませると、早速次世代試験部隊の格納庫へと向かった。

 だが、格納庫のハンガーにあったのは、四機のタルボシュ。他に目に付く物と言えば、規則正しく並べられたコンテナ群ぐらいだろう。


「あっれ?新型は?」


 そう言って、レイフォードは格納庫を見渡す。だが、そこに目新しい機体は見当たらない。


「多分、このタルボシュがその新型じゃない?」


 一方、シオンはハンガーに収められた赤いタルボシュこそがその試験機であると検討を付け、観察を始めた。


「何言ってんだよ、そもそもこいつら装甲ガワが赤い以外特に目立った違いは無いぞ?」

「違う、見るべきはフレーム。関節の構造が普通のタルボシュと決定的に違ってる」


 シオンは機体の関節を指差し、指摘する。

 眼前の機体は、タルボシュのフレーム構造と比較して大きく異なっていた。モーターがバージョンアップしており、関節構造が小型化しているのだ。


「確かに、装甲に隠れて見え辛いが、タルボシュとは違うな」


 シオンの指摘を受け、レイフォードとシルヴィアはじっくりと機体の関節を観察し始める。

 関節が小型化したぶん、その余剰スペースにデータ収集用の観測機器を埋め込み、コンディションチェックを行えるようにしているらしい。

 また、タルボシュはコクピットを振動から保護するためのショック・アブソーバーを搭載していたが、この機体にはそれが取り外されていた。露出した胸部フレームにはアブソーバーの代わりに円柱ドラム状のパーツが組み込まれており、それが外見上の一番の特徴となっている。


「構造がシンプルになった分、メカマンは喜びそうだけど、こんなんで長時間機体を支えられるのかしら?」

「……」


 一方、シオンは試験機の構造を見てから、口を閉ざし黙り込んでいる。その表情は、どこか怒りが込められているようにも感じられた。


「どうした?」

「いや、何でも」


 レイフォードの言葉に反応し、我に返る。シオンはニュー・サンディエゴに着いてから、どこか上の空になりがちだった。正確には、あのエイブラハムという大尉の顔を見てから、といった方がいいだろうか。


「見るべきは関節だけじゃないぞ」


 レイフォードとシオンの後ろでフライトジャケットを羽織った銀髪の少尉が、壁に背を預けて自慢げにそう嘯いた。

 ひょろ長い体格に、刃物のように鋭い目付き、乾いた笑みを浮かべるその姿に、どこか薄ら寒いものを感じる。


「それって、どう言う……」

「それは実際に戦ってみれば解るさ。そのためにお前たちはここに来たんだろう?」

「ええ、まあ……」


 多くは語らないまま、銀髪の少尉は視線をシオンに向ける。

 まずは先入観抜きで戦ってみろ。

 彼の言葉には、そのようなメッセージが込められているように、シオンには感じられた。


「グレイ・トランシルヴァ。少尉だ。ここでテストパイロットをさせてもらってる」

「シオン・ウェステンラです、よろしく」


 手を差し出され、シオンはグレイと握手を交わした。

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