第3話
○
戦闘を終えて数時間後。
エクイテス社の格納庫ではメカニックマンたちが忙しなく駆け回りながら、戦闘から戻った機体の整備を行っていた。
被弾箇所のダメージチェックと、それに合わせた修理補修作業、作業書類の作成、不足している部品の補填まで。
それこそ、彼らほど安息という言葉から縁遠い場所に居る人間はいない、と言っても差し支えないほどだ。
ほとんどの機体が多少の装甲の交換で整備を終える中、一機だけ装甲の殆どを外され、基礎構造体が剥き出しになっている機体があった。
先の戦闘で敵とともに転倒し、各部にダメージを負ったシオンのタルボシュだ。
身ぐるみを剥がされ裸同然となったタルボシュを見上げ、シオンは物思いにふけっていた。
細い身体に、サイズに見合わない軍用ジャケットが何処かアンバランスさを感じさせる少女の姿は、民間とは言え軍事施設の中では浮くものがあった。
キャットウォークの手摺りに身体を預けながら大きなため息を吐く彼女のテンションは今、最底辺にまで落ち込んでいる。
「はぁ……」
吐いた息と入れ違いで、汗と機械油の臭いが染み付いた空気が彼女の肺を満たしていく。
瓦礫の街での戦闘は、シルヴィアとレイフォードの腕もあってほぼ快勝と言ってもいいほど一方的な展開に終わった。
デブリーフィングではその戦果にご満悦といった様子だったクライアントの顔が、今でも目に浮かぶほどだ。
だが、シオンだけは勝利の美酒に酔いしれる気分ではなかった。なにせ機体を損傷させ、あまつさえ攻撃時のミスで転倒してしまったのだ。
兵器が被弾し、傷付くのはある意味当然の摂理なので仕方のないことだ。激しい戦闘の後では、機体をゾンビのような状態にしてまで帰ってくるパイロットもいるという逸話があるくらいだ。
だが、シオンは今回の戦闘の成果に納得できないでいた。自分にもっと操縦技術があり、足元の状況を把握していれば、あそこで転倒することもなく、
損失をほとんど出さないスマートな勝利ほど、実際の戦場では得ることは難しい。それを実現できるのはほんの一握りの人間だけだ。だからこそシオンは己の未熟さを実感し、その現実を直視する他なかった。
「おー、思った通り、湿気た顔してんな」
そう言いながら、レイフォードはシオンの頭をぽんぽん、と軽く叩いた。
一方のシオンは、頭の上に乗せられた手を払うと、あからさまに機嫌の悪そうな顔をしながらレイフォードの方を向き、彼の顔を睨みつけた。
「何するの」
シオンの普段から鋭い釣り眼が更に鋭くなったように感じ、レイフォードは思わず一歩後ずさる。
シオンはまだ片手で数えられる程度の実戦経験しか積んでいないが、ある意味不機嫌の極地に達している彼女の眼光には長く戦場で生きてきたレイフォードを怯ませるだけの「凄み」があった。
「いや、ヘマして始末書を書かされるんじゃないかと怯える新人を励まそうと思ってな」
「……反省文についてはそれほど苦ではないから。元々レポートの作成は得意なんで」
「じゃあ何で物思いにふけってるんだよ」
レイフォードの問いかけに、シオンは視線を足元に向け、再び深い溜息を吐く。
戦闘の仔細を振り返る報告書の作成は、確かに終わっている。だが、その過程であの苦い経験を再び思い起こさせられたのが、今の彼女には応えるのだ。
「いや、別に……」
シオンは少し考えた後、レイフォードにそう答えて今度はタルボシュの方を見やる。ちょうど、損傷の激しい左腕の交換作業が行われる所だった。
「ま、お前がヘマしたのは確かだ。だったら、その失敗は次に活かせばいいだろ」
そう言って、レイフォードはシオンの頭を小突いた。
「は、何言ってるの?」
そんなことは当たり前だ、と言いたげにシオンは再びレイフォードに視線を向ける。だが、頭を後ろに向けた時には、既にレイフォードの姿はなかった。
「そんなんだから、まだまだ半人前なんだよ」
さっきまで背後にいた男の姿を探し、声のする方向へ視線を向けると、手を振って格納庫を後にするレイフォードの姿があった。あのすばしっこさには、シオンも常に驚かされている。
「いつの間に……」
レイフォードの背中を見送った後、彼とは反対側の入り口からショートボブの女性が格納庫に入ってくるのを目にした。シオンたちが所属する「アイビス小隊」の隊長、シルヴィアだ。
タルボシュの足元をうろちょろして、誰かを探している様子だった。そんな彼女を見て、シオンは声をかけた。
「あ、シオン。レイフォードどこ行ったか分かる?」
「さっき出てきましたよ、あっちの方です」
シルヴィアの問いかけに、シオンは反対側の出入り口を指差して答えた。彼女の返答に、シルヴィアは「ありがと」と短く礼を述べる。
「ところで、何かあったんですか?」
「うん、次の仕事が決まったの。すぐにミーティングを始めるわ」
シルヴィアはそう返すと、レイフォードを追ってその場を立ち去った。
格納庫に取り残されたシオンは「休む暇もなしか」と愚痴をこぼし、ため息をついて天を仰いだ。
格納庫では、タルボシュから取り外された左腕から
○
環太平洋同盟軍ニュー・サンディエゴ基地。
夕日が太平洋に沈みかける最中、この基地は三機の輸送機を受け入れた。
滑走路に着陸した輸送機は早速カーゴのハッチを開き、運んでいた荷物……厳重にシーリングされたコンテナを運び出していく。
「ご苦労さん」
左腕に義手を着け、大尉の制服に袖を通した男が受け渡しの書類にサインをしつつ、輸送機のパイロットへ労いの言葉を送る。
「いえ、こちらも仕事ですからね。しかし……」
輸送機のパイロットは、言葉を濁しつつ愛機から運び出されるコンテナに目を向ける。
自分たちの運んできた荷物がただの荷物ではないことは、警備の厳重さを見れば明らかだ。
ニュー・サンディエゴは、北米大陸から太平洋東側を俯瞰する重要拠点だ。警備が厳重であるのに越したことはない。
だが、ここまで厳重すぎると、逆に何かあると勘付かれてしまうのではないか、と不安になる。
「ま、確かに物々しいよな」
義手の男はパイロットと同じ方を向き、彼の考えを肯定する。
視線の先には、銃を構えたタルボシュの姿。
「とは言え、あんたらはあんたらの任務を果たした。あとはこちらの仕事だ」
そして、そう言ってパイロットの背中をぽん、と叩く。硬い金属の感触が彼の背中に伝わる。
「わかりました。では、我々は燃料補給後に帰投します」
男の言葉に敬礼とともにそう答え、輸送機のパイロットはその場を後にした。
「さて……」
輸送機から搬出し終えたコンテナ群に視線を向け、大尉の階級章を持つ男は大きなため息を吐くと、上着のポケットにしまっていたロケットを取り出して、その中身を見やる。
ロケットには、若き日の男と、彼と肩を抱き合う白衣の女性の姿が写っていた。写真に写る男の左腕は、まだ生身の物だ。
「ようやくここまで来たぞ。あともう少しだ、ホタル……」
女性の名前を口にしながら、男は天を仰ぐ。赤道の軌道上には、幾百という小惑星が未だに浮かんでいた。
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