88歳の男が異世界で最愛の妻と再会する話
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
第1話
「ふふ……。今日がお迎えの日のようだな……」
病室のベッドで男はそう呟いた。
男の名前は、佐藤重三郎。
88歳である。
彼は半年ほど前から、とある病院に入院しているのだ。
お迎えといっても、家族からの退院の迎えではない。
彼は、3年前に妻に先立たれていた。
子宝には恵まれず、彼は天涯孤独の身であった。
そして今年に入ってから、急に体調が悪くなり入院したのである。
彼の症状は癌だった。
「儂はもう十分に生きた……」
重三郎はそう思いながら目を閉じる。
未練がないと言えば嘘になる。
最愛の妻の知世(ともよ)を幸せにしてやれたのかどうか……。
子どもをもうけることができず、寂しい思いをさせた。
しかし、今さら悔いてもどうにもならないことだ。
妻の知世は彼より先にあの世へと旅立っているのだから。
「知世……。今、儂も逝くぞ……」
そして、重三郎は静かに息を引き取ったのだった。
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「む? ここはどこじゃ?」
目を覚ますと、重三郎は見知らぬ草原にいた。
周囲には木々や草花があり、空を見上げると太陽が見える。
「死後の世界かのう……?」
重三郎はそんなことを思った。
しかし、自分の体が透けていないことに気づき、少し驚く。
「どういうことじゃ?」
「お目覚めになりましたか」
「ぬっ!?」
突然背後から声をかけられて、重三郎は驚いた。
慌てて振り返るとそこには、1人の女性がいた。
美しい女性だ。
黒色の長い髪に、きれいな肌をしている。
年齢は10代後半くらいだろうか。
服装は白いワンピースを着ており、まるで女神か天使のような姿だった。
「ど、どちら様ですかな?」
重三郎は緊張しながら尋ねた。
「あら……。私のことをお忘れになったんですか?」
女性が悲しそうな表情をする。
その顔を見て、重三郎は心が痛んだ。
この女性が誰なのか分からないが、とても悪いことをしたような気分になる。
(うーむ……。どこかで会ったことがあるのじゃろうか?)
重三郎は必死に記憶をたどる。
そして、思い出したのはかつての妻の姿。
70年以上前、重三郎がまだ10代だった頃に出会った最愛の妻の姿だ。
「まさか……。そなたは……知世かえ?」
「はい! ようやく気づいてくださいましたね!」
女性は嬉しそうに微笑む。
それはまさしく彼女の笑顔であった。
「本当に知世なのかえ? なぜここにいるんじゃ?」
「あなたを迎えに来たのです」
「迎えじゃと?」
「はい」
「ということは、やはり死んだということかのう……」
「いいえ。あなたはまだ死んでいませんよ」
「なんと!?」
重三郎は自分の手を見たり、体を調べたりしたが、確かに体は健康そのもののようだ。
むしろ、若々しさしえ感じる。
死の直前の彼の体は、癌によってボロボロになっていたはずだ。
それが、今ではまったくそのような感じはない。
「どういうことじゃ?」
「神様が、私たちにやり直しの機会を与えてくれたのです」
「やり直す機会?」
「はい」
「よく分からんのう……」
「詳しい話は後ほどします。まずは私についてきてくださいませ」
「ついてくるってどこにじゃ?」
「もちろんあちらです」
彼女はそう言って指をさす。
その方向には家と畑があった。
「家があるではないか?」
「あれは私たちの家でございますよ」
「なんじゃと!? では、あの畑は……」
「はい。私たちのものですわ」
「なんじゃと!?」
重三郎は驚いてしまう。
「何でも、私たちには『ちーと』というものが授けられており、ここで『すろーらいふ』を送ることができるらしいのです」
「……」
重三郎は困惑していた。
いきなりこのような話をされても困るだけだ。
ただでさえ理解できない状況なのに、さらに謎が増えてしまったのだ。
しかし、目の前にいるのは間違いなく妻である。
なので、重三郎はその話を信じることにした。
「ふむ。よく分からんが、また知世と夫婦として暮らせるというわけじゃな?」
「はい。そういうことでございます」
「ならば問題ないわい!」
重三郎は妻の手を握りしめ、喜んだ。
こうして2人は、新しい人生を歩み始めるのであった。
88歳の男が異世界で最愛の妻と再会する話 猪木洋平@【コミカライズ連載中】 @inoki-yohei
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